エピソード16 「やっぱり僕は美少女達との関係を諦められない」

開け放した窓から、涼しい夜風が吹き込んで来る。


日本では考えられない事だが、イギリスには余り「蟲」が居ない。 居たとしても、時折 脚の長いスパイダーか、気の弱そうな大蚊ががんぼがトロトロと低空をただよっている位である。


と言う訳で、寝苦しい夜は大抵窓を開けっ放しで眠るのだが、何だか今晩は無性に喉が渇いて…目を覚ましてしまった。




背中に柔らかな抵抗と熱を感じて、ふと寝返りを打ってみると…

何時の間にか、僕のベッドに「エマ」が潜り込んでいた。



翔五:「……?」


不意に、子猫の様な赤ん坊の様な甘い匂いが 僕の胸元へと溢れ出して来る。




エマは…

お気に入りのヌイグルミを抱いて、すやすやと寝息を立てていた。



僕は…

にわかには現実とは信じられなくて、

そっと…少女の指先に触れてみる。


柔らかでなめらかな感触が、コノ子が「現実のモノ」である事を証明していた。



僕は…

横になったまま頬杖をついて、自然とニヤニヤ笑いしてしまう。



翔五:「おっきな赤ん坊みたいだな…」


コノ子は一体、僕の事を「何」だと思っているのだろう?



僕の事を「異性」とか「恋愛対象」としては考えていないとか、

そう言う事の遥か以前に、


彼女達にとって僕は、本当に「細菌兵器」の「運び屋」でしかなくて、彼女はその安全を守る為の「監視役」に過ぎないのだろうか。


エマは、本当に僕を騙しているのだろうか?



僕は…

未練たらしく「一縷いちるの望み」を捨てきれないでいた。


どちらかと言えば、

あくまでもどちらかと言えばだが、

京橋朋花きょうばしほのかの言っている事の方が余程よっぽどまともである。


でも…

僕がこの一ヶ月の間に体験して来た事は、聖霊達から僕を護ってくれたあの一連のエマの活躍は、…本当に僕を信用させる為だけのお芝居、手の込んだトリック、あるいはクスリで見せられた幻覚の類だったのだろうか?


でも…

考えれば考える程、

そんな行為自体が…無意味にも思えて来る。



難しい論拠ワラントとか、事実データとか、

手の込んだ説明などは、何一つ必要なく、何一つ説得力も無く、


ただ何時迄も、コノ子の「甘い匂い」を嗅いでいたい。



肉体的な生理現象と同じ位に理由も無く、


コノ子が愛おしく思う。

抱きしめたいと思う。

信じたいと思う。


シンプルに、ただソレだけの事なのだ。




僕は…

眠っているエマの頬に、そっと触れてみる。


ほんの少し、鬱陶うっとおしそうにエマの眉が歪んだ。








エマを起こしてしまわない様に そっと布団を抜け出して、

暗いリビングへと向かう。


冷蔵庫からメリハリの利いたがらのカフェイン入り炭酸飲料を取り出して、プルトップを開ける。



翔五:「これって一日に何本以上飲んだらいけないんだっけか?」



冷たい炭酸で火照ほてった臓腑ぞうふを冷やしなら、リビングのソファに深く腰を沈める。


時計は、夜の1時を少し回った所だった。




気がつくと、直ぐ傍に「アリア」が立っていた。



腰迄かかる長くて豊かなウェイブ、

まるで造り物の様に一点の欠陥も無い白い肌、

この手に抱きしめれば壊れてしまいそうな華奢で中性的な肢体、


およすべての者物ものモノを魅了するであろう深い眼差しが、

おそれを持って切なげに ただ僕だけを見つめている。




翔五:「お前は、本当に実在しているのか?」


アリア:「貴方が望むのなら、私は何処にでも実在するわ。」




僕は…

こんな所に居る筈も無い「愛しい幻影」に問いかける。



翔五:「お前は、本当に僕の事を…愛しているのか?」


アリア:「貴方が命じるなら、私は…

どんなに醜い姿になったとしても、生きさばろう事が出来るし、

今直ぐ此処で心臓を取り出して、炎の中に投げ入れる事も出来る。」




僕は…

夜よりも深く、重く、冷たく、切ない「大いなる時間の底」へと沈んで行く。



翔五:「これは、夢なんだろう。」


アリア:「夢と現実になんの違いが有ると言うの?」


今、この一歩を踏み出して

この幻影の美少女に身を委ねてしまったら、

もう二度と、マトモな人間に戻る事は出来なくなる様な気がする。



翔五:「僕は…何を信じれば良いんだ?」


アリア:「貴方の信じたモノが、貴方の世界になるの。

他の誰かの真実と同じでなければならない理由なんて、何処にもないわ。」


「常識」や「正常」と決別する瞬間はコレ迄にも幾つも有った。

今迄、そのどれにも手を差し伸ばさなかったのは何故だろう?



アリア:「翔五、貴方はどうしたいの。」


これまで、狂人とか中二病ミタイナ「自分の世界に浸りっきった廃人」にならずに来たのは何故だろう? 幻覚とも妄想とも脳内麻薬の副産物とも知れぬ、怪しげな安寧に身を委ねなかったのは何故だろう?



翔五:「僕は…、」


そんなの決まってる。

簡単だ。



翔五:「僕は…、お前と一緒にいたい。」

翔五:「騙されていても良い、殺されても構わない。」

翔五:「その刻がくるまで、僕はお前を信じていたい。」



アリアが居てくれる。 それだけで、

コレ迄の全ての「痛み」は価値の有るモノだったのだと…報われる。



翔五:「何故だか解らないけれど、ずっと昔から知ってるんだ。」




僕は…

幻影の美少女と口付けを交わす。



アリア:「とても良い夜よ。 出かけましょう。」







僕は…

テムズ川沿いのベンチで目を覚ました。


既に陽は高く、目の前の遊歩道は行き交う人で溢れている。



目の前には、タワーブリッジが見える。

どうやら、ロンドン塔の直ぐ傍らしい、


時間は…



翔五:「時計、忘れた。」


誰かが、行成いきなり隣に 腰掛けて来た。

両手には「コスタ」のグランデカップを1つずつ、



朋花:「目が覚めた?」


メリハリの在るモデル体型×少し頼りなさそうなアイドル顔に

ショートカットの柔らかスィートボム、…色香と可憐が同居している。


その日は、濃いカーキ色のバーバリーのシャツに、目の冴える様な青のピタピタジーンズ…という出立ちだった。


まあ、美人は何を着ても様になる…、



朋花ほのかは僕にコーヒーを一つ手渡した。



翔五:「ぼく、今迄…何を?」


朋花:「解らない、…夕べ午前1時過ぎに通信機の電波が途絶えて、次に見つけた時にはもう此処に居たわ。 今から1時間半くらい前かな。」



翔五:「今、何時なんですか?」

朋花:「朝の7時過ぎよ。」


朋花:「何があったのか、教えてくれるかな?」


朋花は別に責めるでも無く、ただ心配そうに僕の顔を覗き込む。



翔五:「僕にも、解りません。」


記憶が飛んでいる?

何か、とても大切な事が有った様な、そんな気がするのだが。





突然、着信音がして、

朋花は「携帯」では無く、「無線機」で応答する。


朋花:「はい、京橋です…どうぞ、」




僕は、熱いアメリカーノを 口に含む。



朋花:「午前4時頃、リバプール・ストリートの駅から一人で此処迄歩いて来る翔五クンの姿がビルの監視カメラに録画されていたわ。」


朋花は…、

タブレット端末を取り出して、夜の街を一人で徘徊する不審な日本人の姿を再生して見せる。



朋花:「本当に、何も覚えていないの?」


翔五:「夢の中で、アリアと会っていた様な…、」


朋花:「アリア…?」







突然、


悲鳴:「Ahhhhhhh!…」


女の悲鳴が、辺りに響き渡った。


見ると、

ロンドン塔の堀の傍で、誰かが倒れている。


初老の、紳士?



辺りに居た人々が、倒れている紳士の傍に集まって来る。


介抱するも、…どうやら反応が無いらしい。




と、


テムズ川沿いの遊歩道をマラソンしていた若者が…

行成いきなり昏倒した。



悲鳴:「Eeeeeeeeeee!…」


別の女が叫ぶ、

にわかに辺りが騒がしくなる。



朋花:「ナニか…、」


朋花がベンチから立ち上がる。



男:「Ow!」


今度は、歩いていた太った女性がうつぶせに倒れる。



朋花:「…変だ。」


朋花は辺りを警戒しながら、僕を立ち上がらせる。



また一人、近くに居た出勤途上の会社員が、

無言のまま、足を絡ませて…転倒する。


口から泡を…吹いている?





突然、

直ぐ傍の木陰から、体格の良い二人の男が現れた。


薄いブルーの半袖シャツに紺のパンツ、

アクション映画で見た事が有る様な防弾ベスト?を身に付けて、

腰には「拳銃」を携帯している。



隊員1:「毒ガス(化学兵器)が使用された可能性があります。」


朋花:「翔五クン、今直ぐに此処から離れるわよ。」


雰囲気から察するに、

この日本語を話す体格の良い男達は、朋花の知り合い? 仲間?らしい。



歩き出した遊歩道の前方で、


今度は、数人の子供達が…

突然意識を失って、その場にしゃがみ込む様に…倒れた。



翔五:「何が、起こってるんだ?」


朋花:「こっちへ!」


朋花は、僕の手を引っ張って、道の反対側へ小走りする。



辺りは、既にパニックになっていた。

あちこちで叫び声が上がり、バタバタと人間が倒れ続けている。


突然気を失った飼い主の傍で…、

毛並みの良いイタリアン・グレーハウンドが狼狽うろたえている。


訳の解らない危険から逃げ惑う人々の流れの中で…、

突然、朋花が…


立ち止まった。




タワーブリッジの欄干から、一人の女が僕達を見下ろしている。


瑠璃色がかった濡烏ぬれがらすの髪、 華奢スレンダーで黄金比なスタイル。 


神の贔屓ひいきとしか思えない美貌…

さらっと、テッドベイカーのラフなプリント・ドレスを着こなしている。



翔五:「瑞穂…、」


防弾ベストの二人の男が僕と朋花の壁になってに立ちはだかり、

濡烏の女に向けて…「SIG SAUER P226」の照準をめる 。



隊員2:「発砲許可願います。」


一人が、イヤホンマイクに向かって指示を請う。



隊員2:「無線が使えません。」

隊員1:「強力な電磁波が、通信妨害している様です。」



朋花:「鴫野! 一体、自分が何をしているか解っているの?」


瑞穂は…、

涼しげに微笑みながら、さらさらした長い髪をで上げる。



男1:「撃ちます。」

翔五:「待って!」


僕は、咄嗟とっさに男達の前に出る。



瑞穂:「翔五サン、…しばらくぶりね。」


濡烏の美女は、冷たい目で僕を見つめて…静かにわらった。




翔五:「瑞穂! 僕を騙してたって、…本当なのか?」


瑞穂:「あら、私は一度だって「私を信じて」…なんて、頼んだ覚えはないわよ。」


瑞穂の表情は、何故だか悪戯そうに、

どこかこの異常な状況を楽しんでいる様にさえ…見える。



翔五:「僕の身体に、マイクロカプセルを注射したって、…本当なの?」


瑞穂は…、

堪えきれず「にやけ顏」になって、思わず苦笑をもらした、



瑞穂:「本当だって言ったら、…どうする?」





そして僕は…、

空気の塊が目の前を移動して行くのを、目撃する。


それは、陽炎の揺らめきの様な…



翔五:「何? 今の?」


銃を構えていた隊員の一人が、その場に昏倒する…

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