エピソード15 「僕と美少女はまるで新婚さんの様に買い物する」

7月最終週は「ライラック・オートモーティブ・テクノロジー社」の夏休みだった。


従業員はこの前後に一週間の有給休暇をくっ付けて フレキシブルに約二週間の休みをとるのが一般的だが、この7月最終週だけは一斉休業的な完全シャットダウンで、オフィスビルのメンテとか模様替えとかで業者が出入りする事になっていて、従業員は総務課の一部を除いて立ち入る事が出来ない。


と言う訳で、ライラックの会議室の一つをリエゾンオフィスとして間借りしている僕達は、否応無く立ち退きを余儀なくされる事となった。


僕達の夏休みは日本の久保田精機と同じ8月の第2週である。

岩城サンはかねてからの計画通り、このタイミングで日本の本社に戻り、特に忙しくも無い僕はと言うと、名ばかりの宿題(ウォーターポンプ仕様図面の英訳チェック)を言い渡されてアパートで仕事をする事になっていた。


問題は…、




翔五:「暑い…」


オフィスならエアコンが効いているのだが、イギリスの一般家庭にはそう言う家電がデフォルトで存在しない。


イギリスの夏は驚くほど短いらしく、数日を我慢すれば後は日陰とそよ風でそこそこ快適に過ごせると言う事らしいのだが、


とは言え今年の今日は未だ未だ暑く、外の日差しはゆうに30℃を超えていた。



僕はリビングでパソコンをネットにつなぎ、とりあえず日本と連絡が取れるように準備した処までで、力尽きる。



翔五:「暑い…」





何を考えたのかエマは水風呂に浸かっていた、

いや、至極正常な行動だと言えなくも無い。


問題は…、

何故ウチの部屋の風呂に入っているのか…という事である。



岩城サンが居なくなってからと言うもの、エマはずっとこの部屋に入り浸っているのだ。





涼しげに水をむ音が、開け放たれたままのバスルームのドアから聞こえて来る、



…覗いたら怒るかな、

…怒るだろうな、



はっきり言ってエマは可愛い。


白くて綺麗な肌…

小柄で華奢な体つき…

細くて長い脚…

目鼻立ちのはっきりした顔立ち…

大きくて深い瞳…

柔らかそうな金髪…

ツインテール風に束ねたうなじ

そして子猫だか赤ん坊だかミタイナ甘い匂いがする…


もしかすると万人受けはしないかも知れないけれど、明らかに僕のツボに嵌(はま)った「完璧妹キャラ」である事は否定出来ない。



京橋朋花きょうばしほのかが「和製×グラマラス×アイドル」だとすれば、

磐船いわふねエマは「北欧×無防備×禁断のロリかナニか 」と言ったところだろうか。


そんな魅力的なエマの肢体が、すぐ手の届く所にあらわなのである。




…だってドアを開けっ放しにしているのだから、偶然前を通りかかったら 止むを得ず、不可抗力的に一部が見えてしまっても仕方ないじゃないか。


…それは僕の所為せいなのか? 僕が悪いのか?



僕は暑さの所為で諸々大切な事物ことものを見失いながら、

フラフラと席を立ちかける、



翔五:「うぅ…、」


…いかん、いかん、


エマは瑞穂が送り込んだ僕の監視係なのだ。

その行動は一見「無害×無垢」な様に見えて、実体は僕を洗脳する為の「緻密な罠」だと言えなくも無い。


実際、既にかなりのレベル迄術中にはまっていると言っても過言ではなかった。



僕はギリギリの処で冷静さを取り戻し、誘惑から目を逸らして…いや背けて、大きく深呼吸しながらパソコンの前に座り直す。


僕には「宿題」の他にも真剣に考えないといけない事があるのだ。







再来週、お盆休みで芽衣がイギリスに来た時に、どうやって御希望の場所に連れて行けば良い? こんな急に言われても、夏休みシーズンに二週間前でツアーなんて取れる訳がない!


…かと言って、車も持っていないし、

…エジンバラ、ネス湖、



翔五:「イギリスの上の端っこじゃないか!?」



まあ、しかし 全く当てが無い訳でもなかった。



翔五:「朋花ほのかさん、…聞いてるんでしょ。」


天井がドンと一回鳴る。


僕の首筋には朋花に注射インジェクションされた盗聴器が埋納インプラントされており、全ての会話その他諸々の音声は 上の階に住む朋花に余す処なく監視されているのであった。


これは朋花が所属する特殊警察だか何だかの囮捜査の一環で、僕は瑞穂達の行動を逐一ちくいち朋花に伝える様、協力を強要されていた。


だから当然、運転手付きで車を手配してくれる位の事を頼んたって…罰は当たらない筈である。



翔五:「車持ってる?」

天井:「シーン、」


翔五:「再来週のお盆休みに、日本から「知り合い」が来るんだけど、…車で観光地に連れて行ってくれないかなぁ?」


天井:「シーン、」


…「友達」と言い切れない自分が…切ない。



翔五:「どうせ、勝手に行っても付いて来るんでしょ? 丁度いいじゃん。」


天井:「シーン、」



…意外とケチ? なのかな、





ふと目を前に向けると、

びしょ濡れの、エマが目の前に立っていた。



翔五:「…、」


当然、

何も身に付けていない、



翔五:「おま、…何、」


ポタポタとしずくまとわり付くその芸術的な造形に、

僕は、思わず、しばらく、見蕩みとれてしまう。



エマ:「タオル…」


それからやっと、呼吸しなくちゃいけないって事を思い出して、

震えながら30cmの距離でエマと繋がる空気を…

鼻腔奥深くに取り入れる …


甘い、水の匂いがした。



…見ちゃった、



翔五:「あっ、ちょ、っと待ってて!」


僕は急いで立ち上がり、

真っ直ぐ僕の視線に立ち向かう「神聖なる創造物」から、ようやくのこと目を背けて…いや逸らして、


初心うぶな娘ミタイに真っ赤になりながらベッドルームの衣装ケースの前に逃げ込んだ。



…結構、フサフサなんだナ、







岩城サンが残して行った食材で、エマが昼飯を作ってくれる事になった。


僕には料理なんてコテンパンに無理だから、これは助かる。

しかもエマの手料理は、思いの外に美味い。


所謂、イギリスチックな素材第一の薄味ではなく、大陸仕込みのじっくり下味にこだわった味付けである。


それは良いのだが、



…何故に半裸?


というか、スポーツブラにパンツしか履いてない。



…いや、暑いのは判るよ。

…でも、僕も一応、男なんですけど、


…何かな、エマはもしかして誘っているのだろうか?


いやいや、改めて思い返す、

彼女達は、所詮は僕を「細菌兵器」の運び屋としてしか考えていない

冷血非道なテロリスト集団なのである。


君子危うきに近寄らず!

下手に手を出したら、これ以上どんな事をされるか判った物ではない。




と言うか、本心は…

これ以上「淡い期待」を打ち砕かれて心が傷つく事には、耐えられそうに無かったのだ。


最初から手に入れたりしなければ、失う事は無いのだから。







エマはひとしきり冷蔵庫を物色した後、



エマ:「買い物行く。」


そう言い出した。

エマが一日にこんなに喋るのを聞いたのは初めてである。



翔五:「何作るの?」

エマ:「お好み焼き。」


翔五:「えっ、本当に作れんの?」


僕は嬉しい驚きで目を丸くして、

エマは得意げに鼻を高くする、


何だか、エマ的に今日はノリノリらしい。







大手スーパーの食品売場。

二人で並んでカートを押して歩く。


広い野菜売場の前でエマは何やら物色する。



翔五:「何探してんの?」

エマ:「キャベツ。」

翔五:「コレじゃない?」


僕は「お手柄」を期待する犬の様に「まん丸で少し小振りなキャベツ」を持って来る。


エマは…そのまま僕が持って来たキャベツを棚に戻す。



翔五:「だって、ホワイトキャベツって書いてあるぞ。 ほら。」


エマは、代わりに2つ隣に並べられた奇妙な形のキャベツを一個拾い上げる。


それは、円錐上の「キャベツっぽいナニか」、

名前は…スプリングキャベツと書いてある。



翔五:「何、これ変なキャベツ。 美味しいの?」


エマは「ヤレヤレこれだから翔五は」…と呆れた風に首を横に振る。





やがてエマは果物コーナーで立ち止まる。


マンゴー、桃、葡萄、ずらっと並んだ瑞瑞みずみずしい果肉は、見ているだけで口の中に甘酸っぱい唾液が広がって行く。


どうやらエマは桃を選んでいるらしかった。

コレ迄の行動から察するに、エマは甘い果物には目がないと思われる。



翔五:「どう、これ、色がピンク色で、美味しそうだよ。」


僕は再び「お手柄」を期待する犬の様に「生毛うぶげの立った殆ど赤く熟した桃の実」をそっと持ち上げる。


エマは…そのまま僕が取った桃を棚に返す。



翔五:「これ駄目なの? 前に桃は赤い方が甘いって聞いたよ。」


エマは、その隣に並んだへちゃむくれの「桃っぽいナニか」を摘み上げる。


名前は…フラットピーチと書いてある。



翔五:「ナニ、これ?? 不良品?」


エマは「ヤレヤレこれだから翔五は」…と呆れた風な顔で首を横に振る。





最後に僕はビール売場でDuvelの小瓶を3本、カゴに入れる。

エマは…しょうが無い子だね、と軽蔑の眼差しで唇を尖らせる。



翔五:「何だよ〜。 お好み焼きにはビールが合うんだって。」

翔五:「エマにも飲ませてあげるよ。」


エマは冷たい眼差しで僕を睨みつけて、

それから少し唇をトンガラからせて…「ベーっ」と舌を出した。





翔五:「でもなんかさ、こうしてスーパーで買い物してると僕らってまるで新婚さんみたいだな。」


別に、他意が有った訳ではなく、

ただ何となく、その場で思った事を口にしただけだったのだけれど…



翔五:「あれっ…」


と、気がつくと、カートを押していた筈のエマの姿が消えている??



翔五:「エマ…?」


振り返ると、エマは、数歩手前で立ち止まったまま、


真っ赤な顔で僕の事を見つめて…


硬直。。。。



翔五:「エマ? …ど、したの?」







果たして、

エマの作ってくれたお好み焼きは、予想以上に美味しかった訳で…

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