第二章

エピソード14 「その美女は僕にもう一つの粗筋を語る」

常に海外旅行人気ランキングのベスト10に名を連ねるイギリス。


その首都ロンドンには毎年多くの観光客や留学生達が訪れて来る。


ファッション・アートの街としても有名で、パトロンとなる多くの有力者達が才能あふれる若者達に成功・出世へのチャンスを与え続けている。


沢山の劇場では質の高い演劇や交響楽団の公演を体験する事が出来、無料の美術館・博物館では世界中から集められた美術品・文化遺産を見学する事が出来る。


モダンなカフェでお喋りしたり、チョット背伸びしてアフタヌーンティーを楽しんだり、幾つも有る超高級デパートやブランドが軒を連ねるリージェント通りでショッピングしたり…


そもそも戦火を被らなかったこの街自体が貴重な文化遺産の塊であり、ウォーター・ルーやリバプール・ストリートの最新建造物達がこれに不思議な違和感で共存している。





そんなロンドンの目抜き通りであるピカデリー・サーカスは、深夜23時を過ぎても多くの人々で賑わっていた。


SOHOに程近く、少し辻を奥に入った処に有るカラオケクラブの店内では…、




昭和のオジ様:「自分達は日本語全然喋れない癖に、変な英語使った位で人の事馬鹿にした様な顔すんじゃねえ!!!」


爽やか兄さん:「そうだそうだ!!!」

嬌声:「キャー!キャー!」


昭和のオジ様:「一時間の英語の会議のボイスレコーダーを全部文字起こししろなんて非効率な事言ってんじゃねえ!!!!」


爽やか兄さん:「そうだそうだ、もっと言ってやって下さい!!!」

嬌声:「キャー!キャー!」



…日頃のストレスを晴らすオジ様達の美声がとどろき渡っている。







そして僕(この物語の主人公)はと言うと…

このクラブのトイレの個室に、何故だかホステスと一緒に立てこもっていた。



彼女の名前は京橋朋花きょうばしほのか

メリハリの在るグラマラスなモデル体型に、少し頼りなさそうなアイドル顔とショートカットの柔らかスィートボム、…色香と可憐が同居している。 


もしも街で彼女にすれ違ったら、恐らく10人中9人がチラ見して 少なくとも4人は足を止めて振り返るだろう。 そんな感じの美人だ。



僕の名前は星田翔五ほしだしょうご

もともと背も160cmあるかないかで長身と言う程でもないし、どちらかと言えばメタボ体型、運動神経には全く自信が無いし、顔も平面で一重のつり目。


お世辞にも格好良いとは言えない。




そんな見事な迄に「不釣り合いな二人」の「奇妙な緊張」の高まりに合わせて…狭い個室の酸素は急激に失われつつあり、代わりにアルコール混じりの二人の吐息が充満していく。


僕は彼女の顔を直視する事が出来なくて、さっき迄僕の背中に押し当てられていた「ふくよかで張りの有る柔らかな胸元」ばかりを見つめていた。


そして彼女の白い掌には、黒くて固い…

拳銃が握られている。



9mmパラベラム弾が装填された全長186mm×重量700gの「グロック17」の銃口は、不幸な事に僕の鳩尾みぞおち辺りに向けられていた。


そしてもう一方の手には、…日本の警察手帳。 …何故だ?





翔五:「僕が、一体何をしたって言うんです。」


朋花:「武器の密輸に関与、いえ…恐らく貴方は知らずに手伝わされていた可能性があります。」


朋花:「貴方は、日本からイギリスに入国する際に、あるモノを運ばされたの。」


翔五:「えっ、一体何の事?」


僕は、行成いきなりの展開に着いて行けなくて目を白黒させる。



朋花:「貴方、イギリス渡航前に破傷風のワクチンを打ったでしょう。 あれは、実は全く別のものだったの。」


朋花:「マイクロカプセルに格納された生物兵器。」

朋花:「鴫野瑞穂しぎのみずほは生物兵器を開発した科学者の一人。」


朋花:「時期が来れば、彼女達は貴方を殺して、貴方の血液内からマイクロカプセルを回収し、細菌テロに使用する。 そう言う計画なの、」



翔五:「まさか、」


僕は、そんなに頭の良い方ではない。

でも、今聞いた話が「現実に有り得るかも知れない」とは思える。


でも、「生物兵器」って何なんだ?


…って、こんな感じの問答を以前にも何処かでやった事が有る様な無い様な?



翔五:「なんで僕が?」


朋花:「解らないけど、恐らく偶偶たまたまでしょう。」

朋花:「全く関連性のない人間だったからこそ、運び屋として使われた。」


でも、だとすると瑞穂が言っていた事は?

エマが僕を護っているという話は?

アリアが僕の恋人だと言うのは?



翔五:「嘘…」


朋花:「貴方が、鴫野瑞穂からどんな事を聞かされていたかは知らないけれど、彼女が言っている事は全て出鱈目でたらめ、信用しては駄目よ。」


無人のオックスフォード・ストリートでのデートも、

あの美容院で 26回殺されて転生したって言う話も、

ボロー・マーケットに出現した怪物も、



翔五:「だって、僕は確かに、」

翔五:「実際に、あの怪物を見たんだ。 大理石の天使像みたいな怪物が、ボロー・マーケットで人を殺すのを。」


朋花:「あの事件はカルト教団による無差別爆弾テロよ。 そう報道されているわ。」


朋花:「どんな仕掛けで思い込まされたのかは解らないけれど、麻薬を使えば在る程度思い通りの「幻覚」を見せて「記憶をでっち上げる」事も可能なの。」


朋花:「本当に貴方が言う様な荒唐無稽な事が起こっているのだとしたら、もっと大騒ぎになっていても良い筈じゃない? だってあの場には大勢の目撃者が居たのだから。」


朋花:「貴方は、騙されているのよ。」



世界統一政府とか、

上限の無いクレジットカードとか、

世界を滅ぼす呪文とか、

普通の人間には遭えない美少女とか、



翔五:「全部、嘘だって言うのか? 幻覚? 妄想だって言うのか?」


アリアの事も?



翔五:「だって、」


彼女は、僕の事を…好きだって言ったんだ。

それが、全部出鱈目だったって言うのか?


そうなのか?



翔五:「…そうだよな、」


だって、僕の事を好きだなんて言う美少女が 居る訳ない…

こんな僕に彼女が出来たなんて、ちょっと考えれば「有り得ない」事くらい、判る筈なのに…







非道ひどいや…

騙すなら、もっと別の奴にすれば良いじゃないか…




僕は、とうとう観念したかの様に おびえた上目遣いで彼女の顔を見る。



翔五:「僕は、どうなるんですか、…逮捕されるとか、」

翔五:「それとも、…何処かの施設に隔離されて、それから、病気が発症して、死ぬんですか?」


朋花は拳銃をポーチにしまうと、代わりに絆創膏を取り出して…

僕の首筋の傷口に貼る。


一瞬、柑橘かんきつ系の香水が僕の首に回した彼女の手首から匂い立つ。



朋花:「貴方に注射された「マイクロカプセル」はそう簡単には壊れない。

簡単には血液中から回収出来ないけれど、今のままでも直ぐに命に別状があるというモノではないわ。」


朋花:「翔五君には、協力してもらいたいの。」



朋花:「いずれ彼女達は、組織の運び屋と合流する筈。」

朋花:「その時に、運び屋ごと、彼女達を掴まえる。」


朋花:「翔五クンにはこれまでと変わらぬ振りをして、彼女達と接触を続けて欲しいの。」



彼女は、申し訳無さそうに、…少しだけ微笑んだ。







時計は月曜日の朝5時を指していた。


結局昨晩は一睡も出来なかった。

首筋の傷が、じくじくと 膿んだミタイに痛い。


この痛みは、瑞穂達を裏切った事への後悔なのだろうか。

それとも、瑞穂達が僕を騙していた事への悔しさなのだろうか。



結局僕は誰も信用出来なかったのだ。

脳細胞が、新しい痛みの記憶を じくじくと連結させて行く。


荒唐無稽な瑞穂の話も。

胡散臭い朋花の話も。



やっぱり、「勘違い」だった訳だ…全部、

土台どだいこの僕が ちやほやもてはやされる事自体 有り得ない事だったのだ。


NPC(Non Player Character)と大差ない、モブキャラみたいなこの僕が、コレくらい悲惨な出番が貰えただけでも 有り難く思わなきゃならないのかも知れない。


綺麗なお姉さんや可愛い女の子達と、

友達みたいに喋ったり、

恋人みたいに触れ合ったり、



翔五:「あ〜あ、」


…残念だったな。



やっぱりこの痛みは、失恋の傷に違いないのだ。





突然、

スマホにメールの着信を告げる振動が鳴り響いた。


…誰だろう、こんなに朝早く、


充電中のコードを抜いて、手元に引き寄せてみる。



スマホの通知センター:「メール;芽衣」

翔五:「日本は、もうお昼過ぎか…」



僕は新着メールを開いてみる。


----------------

元気? (*゜▽゜)/

ちょっと大変なのです! \( ̄Д ̄;)/

会社の役員体勢が変わって、アンタの行ってるリエゾンオフィスも見直しの可能性出て来たの!! σ゜ロ゜)σ


つまり、アンタがロンドンに居られる期間はそう長く無いかも知れないって言う事!!!( `◇´)


と言う訳でアンタがいるこの夏休みの内にそっちに遊びに行くから宜しく (@゜ー゜@)ノ


行きたい所は下記の通りだから、下準備抜からないでねっ! 。('-'。)(。'-')。


ロンドンブリッジ

ロンドン塔

ロンドンアイ

ハロッズ

ビッグベン

ブルックレン・マーケット

バイブリー

バース

ストーンヘンジ

湖水地方

エジンバラ

ミリタリータトー

ネス湖


じゃあね、宜しく〜 ヾ(*'-'*)



愛しの芽衣ちゃんより、

キャ〜!!! ヘ(≧▽≦ヘ) 




----------------


翔五:「芽衣、」

翔五:「こんなにいっぺんに、行ける訳無いじゃん…」


僕は、それでも苦笑いする。



…相変わらず、顔文字ばっかりだ。

…相変わらず、人の事をパシリ扱いして。



それで、

何故だか、


何時の間にか涙がこぼれていた 。



…芽衣に、会いたいな。

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