エピソード13 「そしてもう一人の美女が到着する」

僕は、

フローリングの床に「正座」していた。

彼此かれこれ1時間だから、結構 すねが痛い。


事の顛末てんまつはこうだ…



昨日、ボロー・マーケットに買い物に出かけた僕達は、アーケードの中で別行動になって、それから直ぐに「例の事件」が起きた。


合計86人の犠牲者が出て、未だに行方の見つからない人が8人いる。


…僕とエマは、その内の2人だった。




あの日「翼の生えた天使像」に吹き飛ばされた僕とエマは、鉄道の高架の上に着地して、…そこでエマの「聖霊」の力で「天使像」を沈黙させた。


「天使像」と接触する事で「アリアの記憶の断片」を取り戻し、アリアの事が頭から離れなくなった僕は、…そのままその足で オックスフォード・サーカスの「例の美容室」を訪ねる事になる。


それから「色々」あって、そのまま一晩を過ごした僕は…


日曜日の昼過ぎになってから、何喰わぬ顔でボンド・ストリートのフラット(=アパート)に戻って来た訳だが…



そこには、

瀕死の形相で狼狽うろたえる…岩城サンが待っていた。


それで、…今に至る。




岩城:「どうして連絡くれなかったんだ?」

岩城:「どれだけ心配したと思ってるんだ?」


今日は、ナカナカゆるしてもらえないらしい。

…もう、同じ台詞を6回は繰り返している。


つまり、それ位 心配をかけた…と言う事だ。




しかし、

流石に叱るのにも、疲れたのだろう。

7回目でとうとう、岩城サンは 肩を下ろして…深く溜息を吐いた。



岩城:「本当に…」


岩城:「無事で良かった。」



恐る恐る目を上げると、

…岩城サンの顔は半泣きになっていた。



翔五:「スミマセン。」





玄関のベルが鳴る。

…在る意味、救いのベルだった。



女:「Hello、スミマセン、」


しかも、日本語だ、



岩城:「…はい、」


岩城サンが応対する。

僕は、正座を続ける。



女:「私、今度上の部屋に引っ越して来た 京橋朋花きょうばしほのかです。 同じ建物に日本人の方が居るって聞いて、ご挨拶にと思いまして…」


岩城:「はあ、これはご丁寧に…。」


女:「これ、少ないですけど日本のお菓子です。「かみなりおこし」ってご存知ですか?」


岩城:「いえ、おせんべいですか?」


女:「家の祖母が、大阪に住んでいまして…」



なんだか、長そうだな。

…僕は、やれやれと足を崩しかける。



エマ:「あーっ!」


見張り役?のエマが、僕を指差して注意する。



翔五:「何だよ、エマだって同罪だろ?」


エマは、「私は朝帰りしてませんから…」という顔で憤慨ふんがいする。





岩城:「まあ、こんな所で話するのも何ですし、もし宜しければ中で お茶でも如何ですか?」


朋花:「うわー、良いんですか、じゃあ チョットだけお邪魔しちゃおうかな。」


…まあ、岩城サンがモテるのは仕方が無い。




でも、

僕にも彼女が出来た…と、言って言えなく無くも無い。

(…どっちだ?)


多少「得体の知れない」ところが難点だが、紛れも無く僕の「生まれて初めての彼女」である。


それに、

何と言っても「凄い美少女」なのだ。 何しろ村木先輩が「イギリス赴任を僕に譲って迄」会いたがっていた張本人である。(恐らく、瑞穂が裏で手を回していたに違いないのだが…)


そんな美少女から熱烈に愛を告白されている「今の僕」には、何一つ羨ましいモノ等…無かった。


ただ、

理由は不明だが、「彼女」は普通の人には「見えない」だか「遭えない」だかで、きっと誰かに自慢しても「バーチャル」か「幻覚」か「妄想」の類いだとしか思われないであろう…と言うのが難点だった。





朋花:「こんにちは、お邪魔します。」


はたして、登場したのは、

…グラビアモデルの様な容貌のグラマラス美人だった。


身長は、170cmくらいだろうか、 確実に僕よりも高そうだ。

メリハリの在るモデル体型とは裏腹に、少し頼りなさそうなアイドル顔と

ショートカットの柔らかスィートボム、…色香と可憐が同居している。



僕は思わず「ぽーっ」と赤くなる。



…胸は、推定88くらい、

…つい、アリアと比較してしまうが、

…いや、ちっとも羨ましくなんか!



岩城:「翔五、こちら 上の部屋に引っ越して来られた京橋さん。 彼は、同じ会社の同僚の星田翔五クンです。」



朋花:「宜しくね。」

翔五:「宜しくお願いします。」



エマが、岩城サンの袖を摘む…。

自分の事も紹介しろ…という事の様だ。



岩城:「あっ、ごめん。 彼女は、隣の部屋に住んでいるエマ。 今、ちょっとした事情が有ってウチで預かっているんです。」


岩城:「Emma, she is Honoka Kyobashi. She has just moved this flat at above floor.(エマ、彼女は上の階に越して来たホノカ・キョウバシさん…)」



エマが、チョコんとお行儀良くお辞儀する。



朋花:「今日わ、エマ…ちゃん。」


岩城:「彼女、すごい照れ屋さんで、滅多な事で喋らないんだ。」

朋花:「へー、そうなんですかぁ。」

朋花:「とっても可愛い子ですね〜。」


朋花の目が、まるで「子猫を見る女の子ミタイ」にキラキラ輝いて、…エマをロックオンする。


エマは、野生の勘?で危険を察知して、…僕の影に隠れる。




岩城:「京橋サンは、お仕事でロンドンに?」


朋花:「ええ、半分は勉強を兼ねて、…駄目元ダメモトで申し込んでたワーキングビザが抽選で当たったんで、「行くなら今しかない」…って感じですね。」




岩城サンが彼女にテーブルの椅子を勧めた。


彼女が 何気なく椅子に腰掛け…、


床に正座したままの僕の視線は、丁度 目の高さに出現した彼女の膝頭ひざがしら辺りの隙間すきま付近を、…ゆらゆらと彷徨さまよう、



エマ:「っ!」


エマが目聡めざとく それに気付いて、…僕の目の前に立ちふさがる。




穂佳:「あの、どうして、翔五クンは そんな所で正座を…」


岩城:「翔五、…もう良いよ。」



岩城サンが苦笑にがわらいする。


僕は、漸く痺れた足を放り出す。




岩城:「エマ、お茶の用意を手伝ってくれるかな。」


エマは「良い子ぶって」岩城サンの傍に駆け寄って行く。


最近、僕に対する態度と岩城サンに対する態度に大きな不公平感ギャップを感じてしまうのは、…考え過ぎだろうか。



テーブルの斜交はすかいに腰掛けた僕に、

アイドル顔の美人が微笑みかける。


何だか、容姿のヒエラルキーをあわれまれているミタイで、

…ちょっと卑屈になる。



朋花:「翔五さん達は、どんなお仕事をなさってるんですか?」


翔五:「自動車用の部品の製造、販売です。」


朋花:「そう、エンジニアなんですね。凄〜い。」


岩城:「彼は将来有望なうちのホープなんです。 …僕は唯のセールスマンだけど。」


ちょっと、そんな風に「不意に褒められる」と…照れてしまう。




エマが、紅茶セットをお盆の載せて運んで来る。

そっと、みんなの前にセットして。


岩城サンが沸騰したお湯を、ポットに注ぐ。


それから、頂いたお菓子を開けて、大皿に飾り付ける。



岩城:「京橋サンは、」


朋花:「あの、…朋花ほのかで良いですよ。 

…京橋って名前 何だか重々しくって、ちょっと苦手なんで、」


2人して、苦笑い…



岩城:「それじゃ、朋花サンは どういうお仕事をされてるんですか?」


朋花:「まだ、見習いですけどね。 ヘアメイク・アーティストです。 週に2日、契約先の美容院に入って、他の日は英語の学校と、バイトです。」


岩城:「そりゃ、大変そうだ。 ゆっくりできる時間が無いですね。」




僕は、そろりと「雷おこし」なるものに手を伸ばす。


ぴっちりと紙で包装された掌サイズの直方体。

紙を剥がすと、意外とペタペタする。


何やら、胡麻ごまあわあめで固めたモノ?…らしい


一口、かじってみる…



翔五:「固い、」





朋花:「へー、岩城サンも歌好きなんですか。」


岩城:「ええ、古い歌ばかりですけど、この間も会社の人と2時間位 熱唱しちゃいました。」


朋花:「どんな歌、歌うんですか? 聞きたーい。」


岩城:「そんなに上手く無いですよ。」



何だか、2人の会話は良い感じに進展していたらしい。


実際の所「爽やか兄さん」の熱唱は、残念な事に「爽やか」と言うよりは「少し暑苦しい 」のだが、…まあ、無理に話に割り込んで 雰囲気壊さない方が良いだろう。


僕はストレートの紅茶をすすりながら、…雷おこしを噛み砕く。



翔五:「結構、美味しいじゃん。」


エマが、物欲しそうに見ている。



翔五:「食べてみれば? 意外と美味しいよ。」


エマ、僕が食べてる奴を指差す。



翔五:「コレが欲しいの?」


何だろう…どうやらエマは、こういう事に余り頓着とんちゃくが無いらしい。


無粋な僕は、ついつい「間接キッス」とか考えてしまう。


考えてしまいつつも…不純な僕は、言われた通りに「食べかけの岩おこし」をエマに手渡す。




エマも、真似して齧ってみる…


エマ:「…、」


エマ、再度齧ってみる…


エマ:「…、」


エマ、チューチュー吸ってみる…


エマ:「…、」


エマ、 断念して、 僕に 返す。



僕は、

ちょっとだけ躊躇ちゅうちょしながら…

エマの唾液で少し表面のふやけたそれを、バリバリ齧る。




岩城:「翔五、 朋花サンって、ピカデリー・サーカスの「カラオケクラブ」でバイトしてるんだそうだ。 今日が初出勤だって言うんで、川中サンも誘って飲みに行かないか?」


…クラブ? …カラオケ? ああ、お酒飲む店の事か、



翔五:「良いですね、」


…正直を言うと、

カラオケに行っても僕は歌えないので、どちらかと言えば「盛り上げ係」みたいなモノだから余りメリットを感じない。 


更に、女の人が付いてくれて、色々話かけてくれたりするのだけれど、女の人に免疫の無い僕は緊張するばかりで会話が続かないし、それこそ相手は「仕事」でこんな「ツマラナイ僕」なんかの相手をしてくれている訳だから 、益々申し訳ない気分で恐縮してしまう。



でも、まあ岩城サンには心配かけた手前もあるし、

…まさか 嫌とは言えないだろう。


それに岩城サンには昇進の噂も有るから、前祝いと言えない事も無い。




問題は、

24時間365日、僕に張り付いて居なければならない「エマ」がどうするか…と言う事である。


まさか、お店のホステスになって登場するとか?

いや、有り得ない話ではない。…というか彼女達ならば、やりかねない


しかし中学生(Year8)の女子に 夜のカラオケクラブに出入りさせるのは、どう考えても無理が有るだろう。


いや、むしろ、逆に、

一体どんな風に潜入してくるのか …一寸見てみたい気もするナ。



僕は、少し意地悪なニヤケ顔で…エマを見る。

エマは、少し唇をトンガラからせて…それから「ベーっ」と舌を出した。







…という流れで辿り着いた、ピカデリー・サーカスのカラオケクラブ。


極普通のレストランの脇からベースメントに降りて行くと…、

薄暗い店内には 既に「ボリューム一杯の昭和ソング」が鳴り響いていた。


…当然、川中サンだ。


…この人、余程ストレスが溜まっているに違いない。



辺りを見回すが、

今の処「エマ」の姿は見当たらない様だった。


最終的に、諦めたのだろうか?


もしかして この場に「聖霊」が現れたら…と考えると、多少の不安は否めないのだが、瑞穂達が「其処ら辺」をしくじるとも思えない。


恐らく何処か近くで待機してくれているのだろう。



僕は、歌の合間にトイレに立つ。




ちょっと、ふらふらする。

昨日は「徹夜」だったし、そもそも「ウィスキー」は苦手なのだ。


僕は「用事」を済ませながら、鏡に映った自分の顔を確かめる。


…目が死んでる、

…それにちょっと白い、





行成いきなり、

鍵をかけた筈の個室に、…「誰か」が入って来た。



翔五:「あっ、入ってます。」


って、大きい方でなくて良かった。


いや、良く無い。

女性? 朋花サン? …ここ男子トイレですよ!




朋花:「お願い、騒がないで。」


朋花は、後ろ手にドアの鍵を閉めて、

まだ用を足している最中の僕に密着すると、声を出せない様に僕の口を掌できつく押さえつける。


柔らかでボリュームの在る胸の感触が、…背中に、



そして、


彼女は、僕の首筋に…何かを、刺した?



翔五:「ううぅ!」

朋花:「静かに、」


いや、だって、諸々可笑しいでしょ?

出しっ放しだし…



当然、縮こまって…すっかり止まってしまっているけれど。


朋花は、

注射器の様な物を 僕の首から引き抜いて、


…何?空気注射??



今度は、もっと物騒なモノに持ち変える。


…拳銃?



朋花:「お願い、黙って私の言う事を聞いて、」


僕は、Yesと言う代わりにコクリと頷く。



朋花:「貴方は、今、とても危険な状態に居るの。」


…よく、判っています。

…何か注射されて、拳銃で脅されている。



朋花:「私は、貴方を救い出す為に、此処に来た。」


…いや、そう言われても、この状況では信じられない、



朋花:「今、貴方の襟首に「インプラント」したモノは「発信器」と「チョットした仕掛け」。 この「機械」で貴方の会話を24時間365日、監視します。 貴方に危険が迫ったら直ぐに対応出来るし、もしも貴方が私の正体の事を少しでもばらそうとしたら、その時はクスリで貴方を眠らせる事も出来る。」


…とても、「救い出しに来た人」がやる事とは思えない、

…それに、なんで皆「24時間365日」が好きなんだ?



朋花:「私は「とある組織」の「特殊捜査官」です。 鴫野瑞穂と名乗る女を追っています。 貴方は、鴫野と彼女が所属するグループに狙われている。」


…なんか、知っている様な 、無い様な 。



朋花:「彼女を信用しては駄目。」


…言われなくても、よく分かってます。



朋花:「今から、この手を離すけれど、…絶対に騒がないでね。」



朋花が、僕の口から手を離し、一歩下がって…僕を開放する。

僕は、急いで一物をしまい、…一応、水を流す。




翔五:「でも、 どうして僕が 貴方を信用できるって言うんだ? そんな拳銃モノを突きつけられて、無理矢理言う事聞かさせられて、」



彼女は、…日本の警察手帳を僕に見せた。



朋花:「お願い、私を信じて…。」

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