エピソード11 「こうして僕は眠れる美少女と巡り会う」

オックスフォード・サーカス


表通りを2つ引っ込んだ所にある、コジンマリした一画に

寂れて客足もない一軒の美容室があった



僕と、エマは

この妖しい美容室を訪れ、薄暗く落ち着いた店内で、主がキッチンから戻ってくるのを待っていた。


テレビが、ボロー・マーケット付近で起きた土曜日の惨劇を報道していた。

テロリストが自爆テロを実行した、ということになっているらしい。



瑞穂:「大変な事になったわね。」

瑞穂:「それで、…紅茶にする? それとも暑いからレモンジュースの方が良かったかな?」


濡烏の髪の美女が、

優しく微笑みながら、お茶をセットする。



翔五:「何でも良いよ。毒の入ってない奴なら…」

瑞穂:「あら、美味しい物には何でも毒が入っているものよ。」


翔五:「じゃあ、悪意の入ってない奴、」

瑞穂:「まあ、同じ事ね。」




大き目のカップに、薫りの良い紅茶が注がれる。







瑞穂:「それで、…「聖霊」について知りたくて来てくれたのかな?」


翔五:「それもあるけど…」

翔五:「でも、一番知りたいのは、アリアの事だ。」


翔五:「アリアは、僕の何なんだ?」


翔五:「僕は、アリアの事を覚えていない。」

翔五:「でも、アリアが僕に取って「かけがえの無い何か」だって言う事を …僕は「知っている」。」


翔五:「これは、どう言う事なんだ。」

翔五:「彼女に合わせて欲しい。」




瑞穂は、まくし立てる僕に苦笑いしながら、…もう一度紅茶を勧めてくれた。


瑞穂:「良いわよ。 …でも、今、眠っているわ。」








ベッドで眠る絶世の美少女


傷一つ無い端正な小顔は透き通る様に白く、長い睫毛に大きくて深い瞳、ウェーブした艶やかな髪、 そして潤った唇。 まるで造り物の様に一点の欠陥も無い美少女。




翔五:「どこか具合が悪いの?」


瑞穂:「いいえ、原因は判らないけど、…彼女は日の出ている内は起きられないの。 どんな刺激を与えても、目覚めないわ。」


瑞穂:「もしも眠っているうちにエッチな悪戯をしようと思っているのなら、止めないけれど、きっと後で怒ると思うわよ…」


濡烏の美女は悪戯そうにクスリと微笑む、




翔五:「そんなんじゃ無い。」


翔五:「アリアって、…一体何者なんだ。」

翔五:「どうして、僕は、こんなにアリアの事が気になってしまうんだ? どうして、僕は、アリアの事を考えると、こんなに居ても立ってもいられなくなってしまうんだ?」



瑞穂は、呆れた風に小さく溜息をく。


瑞穂:「そう言う事は、起きてる時に本人に言って上げなさい。」




瑞穂:「真面目な話、私達に取ってアリアは研究対象よ。」

瑞穂:「少なくとも、私は、アリアの言っている事を 未だ全て信用した訳ではないわ。  「データ」も「論拠」も不十分…。」



翔五:「研究?」



瑞穂:「いいわ、教えて上げる。」


瑞穂:「貴方が信じるか信じないかは貴方次第。 今から伝える事が 貴方の思考や記憶に少なからず影響を与えるだろう事は懸念しているわ。」


瑞穂:「でも、この「物語」を貴方に伝える事は「上からの命令」だから、」


そう言うと、瑞穂は暫く頭を整理する様に目を閉じて、

それからゆっくりと話始めた。




瑞穂:「これは、あくまでもアリアが語った「物語」よ、」


瑞穂:「もう、随分昔の事になるらしいけれど、貴方とアリアは恋人同士だった。 …もしかすると夫婦だったかもね。」


瑞穂:「貴方達はある日、「神様」と出会った。 ちょうどその時、「神様」は何回目かの「世界の終末」を計画していたらしいわ。」


瑞穂:「貴方達は、「世界」を終わらせないで欲しいと「神様」を説得した。」


瑞穂:「そこで「神様」は「世界の物語」の「最後の章」を貴方達に任せる事にした。」


瑞穂:「同時に「神様」は、上手く行かなかった時の為に 貴方に「世界を終わらせる呪文」を授けた。」


瑞穂:「そして、この大切な「呪文」を管理する者が死んでしまわない様に、「転生の呪い」を与えた。 世界を終わらせる「呪文」と転生の「呪い」を与えられたのはどうやら貴方だけらしい。」


瑞穂:「一方でアリアは、貴方が何度「転生」してもその「全ての物語の行程」を「覚えて」いられる「力」を授かった。」


瑞穂:「要するに、…貴方が「転生した先の世界」のアリアは、「転生して来る前の世界」のアリアと「知識や記憶」を共有しているって事らしいわ。」




瑞穂:「処で「転生」ってどういうモノ何だか 考えた事在るかしら?」


瑞穂は、部屋の隅に置かれたアンティークな椅子に腰を下ろして、…複雑怪奇な「解説」を続ける。



瑞穂:「貴方は、「過去」にタイムトラベルしているの?」

瑞穂:「それとも、全く「別の世界」に飛び移って来たの?」

瑞穂:「その「呪文」だか「呪い」だかを持って?」



瑞穂:「貴方が「移ってくる前の世界」では、「貴方」はどうなってしまったの? いいえ「世界」はどうなってしまったの?」


瑞穂:「貴方が「移って来た世界」にも、元々「貴方」はいた筈よ、「もと居た貴方」はどうなってしまったの?」



瑞穂:「はっきり言って判らない事だらけだわ、矛盾の羅列られつで一冊の本が書けそうな位。 こんな妖しいモノに「世界統一政府」が耳を傾けるって言うのは、一体どう言う理由かしら?」




瑞穂:「それは…、つまりアリアが「未来に起きる事を知っている」からなの。」


瑞穂:「アリアによれば、貴方達は「過去?」に一度「今から10年先の時間」まで進んだ事があるらしいわ。」


瑞穂:「彼女はその「これから 10年分の未来の記憶」を共有している。」



瑞穂:「未だに、証明する為のデータは不十分だけれど、アリアの「未来の記憶」は かなりの確率で「実際に起こった現実」と一致しているわ。」


瑞穂:「だからもしも、アリアが言っている事が本当だったとしたら、」


瑞穂:「貴方はとても危険な存在よ。」

瑞穂:「私達人類の生き死にを握っている。」


濡烏の美女は「特別」なモノを「観察」する様に、僕をめ付けた。




瑞穂:「これが、私達が貴方を特別扱いする理由よ。」

瑞穂:「 一人の少女の物語に、企業を買収したり、上限なしのクレジットカードを用意したりする理由。」


瑞穂:「どうかな、判ってくれたかな?」




翔五:「いや、判らない…。」


僕は、そんなに頭の良い方ではない。

でも、今聞いた話が「現実には有り得ない」事くらいは判っている。


それに、「世界統一政府」って何なんだ?


…やっぱり、この連中は怪しい。




瑞穂:「そうよね、私だって判らないで「聞いた話」を ただ喋ってるだけだもの。」


瑞穂:「良いわ、もう少し別の「たとえ話」をしましょう。」


瑞穂:「貴方、「ロール・プレイング・ゲーム」って…やった事在るかしら?」


行成り、美女の話は卑近ひきんな話題へとシフトする…?




翔五:「…はあ、」


本当のトコロは、殆どやった事が無い。

最近のRPGは大抵オンラインで繋がっていて、友達同士でやるモノだ。 友達の居ないプレイヤーにゲームクリアは困難なのである。


現実世界で友達が居なくても、ネットの世界でなら友達が出来る…かと言うと、決してそんな事は無い。 結局、ネットでも友達付き合いが下手な人間は、独ぼっちで居続けるからだ。



瑞穂:「勇者になって、敵を倒して、最後に魔王を倒すって奴。」

瑞穂:「あれで、途中でやられてHP全損したとするじゃない。…その時はどうするの?」


翔五:「「転生」して、やり直しですね。」


瑞穂:「そう、…今のRPGは大体オンラインで沢山の人と同時プレイするから、ゲームの時間軸は現実の時間と関連付けられて「運営」に管理されている。 リトライするには「転生」してやり直しするのが一般的。」


瑞穂:「でも一昔前の「一人でやるゲーム」の場合は、もう少し融通が利いたのよ。」


瑞穂:「以前のセーブポイントに戻れるの。」




…知っている。 

むしろ、こっちの方が馴染みがあったりする。


「ギャルゲー」とか「乙女ゲー」とか、今でもそんな感じだ。

「フラグの立て忘れ」、いては「イベントの回収忘れ」を防ぐ為にも小忠実こまめなセーブは重要である。 



瑞穂:「つまり、以前ゼーブした「時間」迄 戻ってやり直すんだけど、…それで「やり直したゲーム」と「やり直す前のゲーム」は、同じ「世界」だと言えるかしら?」




翔五:「よく分からないけれど、つまり僕の「転生」ってそういう事だって言うんですか?」



瑞穂:「そうね、

貴方とアリアは実際にパソコンの前に座っている「プレイヤー」、だから何回失敗してやり直しても、「繰り返し」×「やり直し」の記憶を持っている。 「リアル時間」の進行は「ゲーム内の時間進行」とは別次元だから。」


瑞穂:「コレを現実の世界に置き換えてみると、

「ゲーム内の時間進行」が「現実の時間次元」と言う事になって、「プレイヤー」である貴方達は、「現実の時間次元」とは異なる「もう一つの次元軸」に従って居ると言う事になるわ。」



瑞穂:「私達はコレを仮に「A.D. (Alternative Dimension)」と呼んでいる。 …便宜上ね。」


瑞穂:「「A.D.」に従っている貴方達は「現実の時間軸」上は何度でもやり直しが可能と言う訳。」


瑞穂:「それで、「A.D.軸」上で「過去」の貴方達は一度「現実の時間軸」上、つまり貴方達に取っての「ゲーム時間進行」上 今よりも10年後くらい「未来」迄ゲームを進めた事が在る、と言う事らしいの。」


瑞穂:「その後、また大きく「ゲーム時間進行」上の「昔」のセーブポイントに戻った、つまり「現実世界」での「過去」に遡って、その後も色々あって 今に至るのだけれど、「A.D.軸」上で「過去」に体験した「現実時間軸」上の約10年後までの「情報」というか「記憶」を、持っていると言う訳。 少なくともアリアはね。」


瑞穂:「お分かりかな?」




翔五:「…やっぱり判りません。」


翔五:「僕は、覚えてないし。

普通、そんな事は有り得ないでしょ。 …「神様」とか、「転生」とか、ゲームとかアニメの世界では良く在る話だけど、実際にはそんなモノは「人間の空想」が作り上げたモノに過ぎない 。」



瑞穂の瞳が、…冷たくわらっていた。



瑞穂:「そうね、

「ゾロアスターはカク語りキって」って、私もニーチェは好きよ。」


瑞穂:「別に信じろと言ってる訳じゃないわ、決まりだから伝えただけ。」




瑞穂:「でも、何かを「感じた」からワザワザ此処に来たんでしょ。」


瑞穂:「身の危険もかえりみずに…」


瑞穂がアリアの髪を手でいてやる、




翔五:「判らない。

だから確かめたかった、確かめなきゃイケナイ、そんな気がしたんだ。」


翔五:「どうして僕は「僕がアリアを愛してる」事を知っているんですか?」




瑞穂:「恋愛なんて、みんなそんなもん何じゃないの?」

瑞穂:「誰だって「運命」を感じるんでしょ? 私には経験無いけど。」


アリアは、穏やかな寝息を立てていた。







木で出来た螺旋階段を昇って、

グランドフロア(日本で言う1階、イギリスの1st Floorは日本では2階)に戻ると、エマが妖しげな顔で紅茶のカップに顔を埋めていた。


ちょっと、エマの様子が…変??



もしかして…、それって…、僕の飲みかけの紅茶?



エマは、

自分が口を付けた、というか縁を舐め回した? カップをそーっと僕に差し出す。 

それで、真っ赤になって …モジモジと僕の事を上目遣いに見つめる?



エマ:「あの…、おいしいよ…、」


蚊の泣く様な小さな声で、

…僕は、エマが口をきくのを始めて聞いた?




翔五:「あ、りがとう…。」



瑞穂は

我関せずでスルーする。




瑞穂:「そう言えば、覚えてる? 貴方、この美容室で私に斬られたの。」


瑞穂:「あの時、あなた、私に 26回 殺されたらしいわ、…余程「心臓」が好きだったのね。」


瑞穂:「26回 脳みそをえぐられて、その度に「転生」して、同じ分岐を繰り返し続けた。 でも、もともとは生き残る為の分岐を選びなおすのが貴方の「転生」の目的らしいから、過去に影響を与えて、とうとう27回目には脱出できたっていう訳ね。」



瑞穂:「その全ての「物語」を アリアは語ってくれたわ…、一度は「半年位前」迄、時間を遡ったらしいわよ。」


瑞穂:「貴方達、本当は「何歳」って事になるのかしら?」



瑞穂:「でも、あの晩 持ち込んだ「57種類の計測器」は、どれ一つとして「A.D.」を証明するデータを観測出来なかった。」


瑞穂:「勿論、私にだってそんな「記憶」はない、ただ一寸ちょっとだけ、おでこを傷つけた事は覚えてるけど…。」



…いや、チョットじゃないだろう、


未だに僕のおでこには絆創膏が貼られたままだ。



瑞穂:「とにかく、「A.D.」が本当に実在するのか、物理や数学の仮定や証明の中だけの物なのかは未だに不明のままだわ。」


瑞穂:「私がこの奇妙な活動に関わっているのは、…それを知りたいから。」







テレビでは相変わらずロンドン・ブリッジ駅近辺の「爆破事件」についての報道が続けられていた。



翔五:「ところで、「あれ」は 一体何だったんですか?」


瑞穂:「「聖霊」、私達はそう呼んでいるわ。…貴方を殺す存在。」


瑞穂:「「世界」はっくの昔に「終末」を迎える予定だったらしい。 それを貴方が先延ばしにしている。」


瑞穂:「差詰さしづめ、「世界の終末」の為に準備されていたRPGのモンスターって言った所かしら。 NPC(No Player Character)的な…」


瑞穂:「…つまり、あれは「世界そのもの」よ、

出番を失ったNPCが、「呪文」に引かれたんだか、「呪い」に引かれたんだか、貴方をこの「世界」から排除しようと奮闘している訳。 別に悪意ではないわ。」


瑞穂:「ゲームで言えば、雑魚キャラってところかしら。」



翔五:「雑魚キャラって…、」


TVには犠牲となった被害者の氏名が映し出されていた。

少なくとも80名以上は居る。…もしかしたら100名以上かも、



瑞穂:「ねえ、もし貴方が死んで、あの惨劇が「無かった事」になるとしたら、貴方はどうしたい?」


瑞穂:「どうせ死んでも 貴方は「また生き返るん」でしょう?」




翔五:「…僕は、死ぬべきだったと?」



瑞穂は、意地悪く微笑んでみせた。


瑞穂:「ゴメン、聞いてみただけ、」




瑞穂:「今日はもう十分ね、

「現実」にはもう少し時間の余裕があるわ、此処から先の話は、また別の機会にしましょう。」



瑞穂:「アリアが起きる迄に、私は夕食の支度をするわ。

…勿論、食べて行くでしょう?」



翔五:「毒が、入ってなければ…」




濡烏の美女は、意味ありげな満面の笑みを浮かべる…。

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