エピソード10 「僕は美少女が召喚したモノを目撃する」

何も無い空間から「何か」が出現するのを…

僕は初めて目撃していた。


いや、テレビや映画の「特殊効果」でなら何度も見た事が在る。

背景に「擬態」して透明に見せかけていた「魔法使い」や「エイリアン」が、動く度に屈折率の関係で微妙に背景とズレて見える…まさに、あんな感じだ。



エマが力強く延ばした細くて綺麗な指の先には、

陽炎かげろうの様な空気の「揺らめき」が在って、


まるで急激に色を変える海中のタコの様に「それ」は 目に見える色素を沈着し始めていた。





そして「天使の姿に似た何か」は、バリバキと破壊音を立てながら…

後退する。



見ると、陽炎から「擬態」を解いた「何か」が、長い首?を延ばして…

天使の片方の翼に噛み付いていた。





それは…、

体長5mは有るかと思われる、巨大な蛇? いや、亀??


さながら怪獣映画の着ぐるみの様に、

その巨大な亀が、後ろ足で立って、…歩いている???



その全身の「肉」はクラゲの様な半透明のゲル状で、まるで墨汁の様に濃い赤橙色の体内骨格が丸見えになっていた。 どうやら、内臓らしき物は無いらしい、


やがてはっきりして来るその輪郭は何処となく「マタマタ」に似ていなくも無い。 実際には水族館でしか見た事は無いのだが、多分…そんな感じだ。




翔五:「これを、エマが操っているのか …。」


…どっからどう見ても、悪役怪獣にしか見えないのだが。




見た目はかくとして、


エマの作り出した「影炎かげろう」から出現した体長5mの「マタマタ」は、その長い首を延ばして天使の片方の翼に食らい付き…、


食い千切った。



噛み千切られた翼は、

大理石の様?に鈍い音を立てて地面に堕ち…、見る見る内にドロドロに溶けて…、例の気味の悪い「エクトプラズム」に戻ると…、


しぼんで、地面のシミになってしまった 。





エマは、

ゆっくりと…、静かに…、深く…、長い…、呼吸を続けていた。


エマの脊椎に配座する「チャクラ」に沿って、時折シナプスの様な発光反応が「周天」する。





右の翼を千切られてバランスを失った「美しい天使像」は…、ゆらゆらと数歩後退する。(どうやら「血」みたいな物は出ないらしい、)


が、一瞬で体勢を立て直して急接近すると…、力任せにその左手を…、「凶悪そうなマタマタ」の右肩口に…、


突き刺した!




エマ:「うっ!」


殆ど同時、まるでシンクロする様に エマの身体が後ろにずり下がる…


前に差し出していた右腕が、だらりと垂れ堕ちる。

細い膝が、がたがたと震えている。





半透明の「マタマタ」の右腕に「天使像」の左手首が食い込んでいるのが見えた。


「天使像」は尚も「マタマタ」の肩の奥に その手刀を「ずぶずぶ」と食い込ませ…、その肩の骨を…、力任せに…、


握り潰す。




エマ:「ああぁ!…!」


ぐらりと体勢を崩して、エマが意気をこぼす。

「マタマタ」が攻撃された右肩を抑えて…、今にも倒れそうに萎縮している。



翔五:「エマ!」


僕は、

尚もおびえ切って 腑抜ふぬけた身体でエマに 膝行いざり寄る…


しかしエマは、

尚も「天使像」を見据えて…、歯を食いしばり…、立ち向かおうとする。



エマの意思に応える様に、「マタマタ」は呻き声を上げながら…、長い首を回転させて…、今にも右肩の骨を粉砕しようとしている「天使像」の腕目掛けて…


両顎を噛み絞めた!





ところが「天使像」は もう一方の腕で「マタマタ」の首を押さえつけ…、噛み付き攻撃をギリギリの所で防いでいた…、それから…、残った方の翼が展開し…、発せられた「影」が…「マタマタ」の身体を照らす。




「翼の影」に触れられた「マタマタ」の身体は、さざ波だって…、ぼろぼろに千切れ崩れながら…、次々に空中へと吹き飛ばされて行く!


その身体を構成する99.99 9999 9999 9999 9999 9999 9999 9999 9999 9999 9999 9999 9999 9999 9999%(作者注:不純物1000那由他分の1、、の筈?)の「水」を失い、「エクトプラズム」の骨格だけになった「マタマタ」は…、「翼の影」から逃れる為に、…「天使像」に掴まれたままの 自分の肩を…、


食い千切った!



体長5mの「マタマタ」の骨格は 反動でひっくり返り…、驚く程の俊敏さで後退し…、地面に伏して…、沈黙する。


切り落とされて吹き飛ばされた右腕は…、アーケードの天蓋に激突して…、オレンジ色のシミになっていた。





「天使像」は息も絶え絶えな「マタマタ」に近づき…、観察する。


「マタマタ」の身体には、再び大気中から集められた「水」が寄り添って…、半透明なゲル状の肉を再生し始めている。 しかし、内蔵するエクトプラズムの骨格を千切られた右腕は…、再生しないらしい。


そして、その巨体は…、ぴくりとも動かない。




エマ:「あがっ…、」


エマは、

地面に膝を付き…、そのまま…、崩れ落ちた。


僕は、

なんとか「初めての痛み」に 気を失いかけた少女の身体を…、抱きとめる。



痛みに堪え兼ねて エマの呼吸は乱れ…、

形態を維持していられなくなった「エマの聖霊」の身体は…、ノイズを放って元の「影炎」に擬態し始める。




片翼の天使像は、

力を失いつつ有る「エマの聖霊」から目を逸らし…、


空を仰ぎ見て大きく口を開き、ソプラノの高音を叫びながら…、

再び僕達に向かって近づいて来た。



残った翼が展開し…、

そこから発せられた「影」が辺りを照らす。


途端に、僕らの身体は一切のしがらみを失って…、


宇宙に取り残された。







一瞬で、数百メーターを昇った?


いや、人間の身体はそんな急加速には耐えられない。

もしも慣性の法則が働いていれば、元の運動状態に留まろうとする血と肉の質量が、急激な容れ物の移動に付いて行けずに…、人体は崩壊する。


この感覚は違う。

自分達だけが、移動せずに元の場所に留まり、取り残されて、

自分達以外の全てが、地球と宇宙が、離れて行く。


とても奇妙な、それでいて 何時か何処かで体験した事が有る様にも思える。


…そうだ、誰にも構われずに独ぼっちで取り残されるって、ちょうどこんな感じだったな。





幸いな事に、

どうやら この奇妙な現象は、それ程長時間は続かないらしい。


ほんの一瞬の後、大地の重力が再び僕らを捕まえてくれた。




僕は、自分達の身体が、「何か」に包まれている事に、

ようや此処ここで気がついた。



翔五:「氷?」


完全な透明で、一切の冷たさすら感じない程「完璧な氷晶」の「コクーン」が、僕達を護る様に包み込んでいた。



秒速数十kmで激突した筈の「アーケードの天蓋」と、隕石の大気圏突入時よりも遥かに速い速度で衝突し続ける「大気の粒」は、全て…この氷のコクーンによって受け止められていたのだ。



フラフラと木の葉の様に舞い堕ちるコクーンの中で、

僕は迫り来るロンドンの街を見つめる。


…バンジー・ジャンプって、こんな感じなのかな、





エマが、不意に僕の首に腕を回す。


少女は僕の膝に頭を抱えられながら じっと僕の事を見つめていた。


そして、何かを覚悟したかの様に微笑んで、


僕の顔を引き寄せ、…接吻キスをした。




ほんの少しだけ…、唇の隙間から…、

彼女の弱音が伝わって来る。



僕は、何故だか判らないけれど 無性にこの少女が愛おしくなって…、その華奢な身体を抱きしめる。


そして相変わらず僕達は…、自由落下を続ける。







1秒の内に

エマの呼吸が整い、

額のチャクラが 再び輝きを取り戻す。


…これは、一体何の冗談なんだろう?

人体が光るなんて事、聞いた事も無い、でも、何だか悪く無い、綺麗な、安らかな、輝きだ、




数秒の後に

何の衝撃も無く、

僕達は 鉄道の高架の上に着地していた。


瞬間的に発生した小さな氷山程も在る「霜柱」が、僕達を乗せたコクーンの落下を優しく受け止めていた。 さながら衝撃吸収ポリマーが 卵の落下衝撃を熱エネルギーに変換するのと同じ様にだ…




そしてコクーンは弾け飛び…、開いた繭からエマが立ち上がる。


突き破られたアーケードの天蓋の隙間から…、片翼の天使が浮かび上がっていた。 

恐らく、仕留め損ねた獲物にトドメを刺しに来たのだろう。




エマは、

先程迄のおそれなど「一瞬の気の迷い」だったかの様に、

穏やかに、冷酷に、「天使像」を見据えていた。


「天使像」は再び急接近し…、三度その凶悪な翼を展開する。



「天使像」に向けて差し出されたエマの掌が 再び空中に「影炎」を浮かび上がらせる。


「影炎」はエマのチャクラの輝きに呼応して「門」を開き…、開いた「門」から天使像に目掛けて、あたかもレーザービームの様に…、


「黄金色の雫」がほとばしった。



それは「翼の影」が僕達に到達するよりも一瞬早く…、「天使像」の腹部に到達する。




この世のあらゆる物質を溶解できる「黄金の雫」は、「天使像」を形作っている諸々の物質的・霊的 分子結合を乗っ取って…、たったの数滴の「雫」の中に 全ての「エクトプラズム」を溶かし込み始める。



「天使像」は腹部から溶け始め…、急速に力を失って…、ゆっくりと降下する、


しかし、溶かされながらも再度体勢を立て直すと…、



空を仰ぎ見て大きく口を開き…、ソプラノの高音を叫びながら…、

もう一度、その無情な「翼」の照準を 僕達に向けた。



翼から発せられた「影」が辺りを照らし…、

鉄道の線路に置き去りにされていた諸々の「デブリ」達が…、一斉に空中へと舞い上がり始める!




そして…

「マタマタ」が「天使像」の背後からしがみ付き…、その首筋に噛み付いて…、


残っていたもう一方の翼を引き千切った!



バキバキと音を立てて噛み砕き…、咀嚼し…、咽下えんかして…

欠損した自らの「エクトプラズム」を補充する。



やがて、両翼を失った「天使像」は、鉄道のレールの上に正座する格好で項垂うなだれて…、炎天下に置いた氷の彫像がそうする様に、見る見る内に形を失い…、


とうとう大気へと蒸発してしまった。




エマは、何てことは無い…という感じに右腕の具合を確かめる。

それから、僕の傍に戻って来て…、今更ながら照れた仕草で上目遣いしながら…、


僕の服の裾をチョコんと摘む。




「マタマタ」はと言うと、

もともと そんな物は何処にも存在しなかったかの様に…、


何時の間にか霧散していた。

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