第5話 ゆけっ、暴れゴリラ! 火炎放射だ!(ウガー!)

 

 

「む」

 

 クルカが手を挙げ、十夜に合図する。何かあったようだ。

 

「策敵魔法に引っかかった。多いわね……12名、か。こちらを囲むように動いている。偶然町の人間と遭遇したわけでもなさそう」

「……え、マジで? ゴリラを襲おうとする人がいるなんて考え辛いけど」

 

 信じられないと思いつつも、十夜は念話でニアを呼び戻す。

 曲者がニアと激突したら、周辺の地形が変わる。洒落にならない。

 

 

 

 五分ほどして。

 曲者達が十夜の前に姿を現した。

 曲者達は、いかにも曲者ですといった装いだった。

 モヒカンに肩パットとか、正気だろうか。

 

 先頭のモヒカンが下卑た笑みを浮かべながら、こちらに話しかけてくる。

 

「ゲヒヒヒ。深窓のご令嬢には、俺たちみたいな盗賊がさぞ恐ろしく見えることだろうなぁ?」

「お前らにはこのゴリラが深窓のご令嬢に見えるの? お前らの目は節穴なの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

 

 全員レベルは10以下、干渉力100程度のチンピラ達だ。十夜達の敵ではない。

 十夜は普段通りリラックスした様子で、チンピラ達に罵声を浴びせかけた。

 だが、どうやら連中と十夜の間に致命的な認識の齟齬があったようだ。

 

「あぁ? 何言ってんだお前。ゴリラなんてどうでもいい。俺たちの狙いは、そこのお嬢様さ!」

 

 モヒカン肩パットが指差した先にいるのは、クルカだった。

 きょとんとした顔で自分の顔を指差し、目をぱちくりさせるクルカ。

 

「……えっ、私? また?」

「ああそうだ。黙っていても漂ってくるこの圧迫感。まちがいねぇ、セレブって奴だぁ!」

「お前らセレブを何だと思ってるんだ」

 

 十夜は思わず突っ込みを入れる。

 その圧迫感とやらは、チワワがライオンを前にした時に感じる物と同種ではないだろうか。

 アホの子極まりないクルカだが、その実力は本物。世界で一、二を争う大魔道師。クルカは、ゴリラをも凌駕するパワフルウーマンなのだ。

 

 十夜に失礼な事を考えられているとは露知らず、クルカは頬を手に当てて照れていた。体をくねらせていた。

 

「えへへ、セレブだって。私ってなんていうかこう、高貴さ……みたいなものがにじみ出ちゃってるのかしら」

「どちらかと言えば、クルカからにじみ出てるのは金の臭いだと思う」

 

 守銭奴的な意味で。

 

「金……やはりセレブっぽいのね、私は」

「ん、うーん……そうかもしれないな」

 

 十夜は投げ槍になった。

 正直どうでもいい。

 

「伯爵家の娘を人質にとりゃ、親馬鹿で有名な伯爵はたんまりと金をだすだろうぜ!」

「親馬鹿で有名なのではなく、バカで有名なのです。頭に栄養が行っていないのです。ハゲます」

「お前ちょっと黙ってろ」

 

 盗賊と会話を始めた糞メイドの首根っこを掴み、ポイッと後ろに放り投げる。

 これ以上話をややこしくされたらたまらない。

 

 だが糞メイドは空中でくるりと回転。華麗に地面に降り立つとすぐに戻ってきた。

 心底うっとおしいメイドだった。殴りたい。

 

「何をするのですか冒険者殿。ここは私の出番です。一応メイドなので、お嬢様のピンチには駆けつけるのです」

「そうか。一応メイドだもんな」

 

 そうだよな、メイドだもんな。仕事はきっちりするよな。

 ゴリラのメイドの仕事が何かは不明だが。

 そんな事を考えている間に、クールな暴言メイドさんはゴリラの斜め前に歩み出る。

 そして、襲撃者達を指差しこう言った。

 

「ゴー、お嬢様。やっておしまいなさい」

「ウガー!」

 

 メイドにけしかけられたお嬢様が、憤怒の声を上げながら襲撃者達に襲い掛かった。

 十夜は信じられないものを見るような目を糞メイドに向ける。

 すると、糞メイドは無表情のままで眼鏡をクイッと上げつつこう言った。

 

「私の役目は、お嬢様の手綱を握る事です。一言でいえば、ポケモ……アニマルトレーナーです。ゆけっ、暴れゴリラ! 火炎放射!」

「いや無理だろ! ゴリラが火炎放射とかできるわけないだろ!」

「ゴアー! 火炎放射!」

「おおー、火を噴いたのじゃ」

「嘘だろお……ちょっと待て。今、このゴリラ喋らなかったか?」

「何を言っているのですか、ゴリラが喋るわけがないでしょう。常識でモノを考えてください」

「俺は今、無性にお前の鼻の穴に指をつっこんで奥歯をガタガタ言わせてやりたい気持ちに駆られている。静まれ俺の左腕」

 

 十夜達がそんなお馬鹿な会話を繰り広げている間にも、容赦なくゴリラの火炎放射が襲撃者達を襲う。

 襲撃者達はけっこうピンチだ。命の危機と言っていい。ゴリラ強い。

 

「この世界のゴリラは、火を噴いたり喋ったりできるのか……」

「いえ、そんなはずは無いんだけど……」

 

 遠い目をして呟く十夜の声にクルカが応答する。

 こんな状況にも関わらず、クルカは普段どおりの態度だった。

 こいつは意外と大物なのかもしれない。

 

「とりあえず、これ。私達いらないよね?」

「いえ、あなたたちの仕事はこれからです。お嬢様が不浄な物を口にしないようにするのです」

「あいつ人食うの!?」

 

 驚きである。

 ゴリラは雑食なので肉を食ってもおかしくは無いのかもしれないが。

 というか、強大な腕力を誇り、火を噴き、人を食う。

 それって下手な魔物より危険なのではないだろうか?

 

「安心して下さい、空腹でなければ大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃねぇよ。安心できねぇよ」

「お嬢様、お食事です! ……さ、あなたたちは今の内に連中の排除を」

 

 バナナをぽいっと放り投げるメイド。

 ゴリラはそちらに注意を惹かれ、皮をむいて必死にむしゃぶりつく。

 その隙をつき、十夜達は襲撃者を縛り上げて木の陰に隠した。

 

「なんか、あれ思い出すな……死体を片づけるアルバイト」

「十夜はそういうバイトやったことあるのかの?」

「無いけど、きっとこんな感じなんだろう」

「……一応、生きてるけど。かろうじて」

「この後、警備隊にしょっぴかれるじゃろ。そうなればどちらにしろ」

「わー、わー! ちょっと止めてよ、考えないようにしてたんだから」

「……え、打ち首なの? 森でゴリラ襲って返り討ちにあった連中が?」

「そう言われると、情状酌量の余地がありそうに聞こえるのが不思議じゃ」

 

 

 こうしてゴリラ護衛の任務は幕を閉じた。

 報酬は、銀貨三十枚。十日分の生活費にはなるだろう。

 散歩ルートの下見と当日の護衛、合計六時間程度でこれなら割のいい仕事ではある。

 だが、なんかもうやりたくないと十夜は思った。

 

「そういやクルカ。お前、護衛の真髄を叩き込んでやるとか言ってなかったっけ?」

「忘れて」

 

 ぶっきらぼうに言い放つクルカ。

 ドヤ顔ででかい口を叩いたのが恥ずかしいのだろう。

 クルカがドヤ顔をする時は、大抵いい結果は得られない。

 

 十夜は無言のまま、すごくイラッとする笑みを浮かべながらクルカの顔を覗き込む。

 クルカは、己の全身全霊をかけて十夜のこめかみにグリグリ攻撃を仕掛けた。

 

 

 

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