第4話 任務了解。これよりゴリラを護衛する

 

 

「お待たせしました、冒険者殿」

 

 豪華絢爛な待合室にて全力でだらけていると、なんか微妙によどんだ空気を放つメイドさんが扉を開けて現れた。

 今回十夜が受けた依頼は、伯爵令嬢の護衛だ。

 令嬢なら自前の護衛がいそうな気もするが、町の外を散歩するという事で冒険者も連れて行く事にしたらしい。

 

「さ、行くわよ十夜。護衛の真髄をその身に叩き込んであげるわ」

「なんだろう。お前に自信満々でいられると、すごく不安になる」

「それはどういう意味かしら」

 

 あいも変わらず、クルカは無駄にやる気満々マキシマムだ。嫌な予感しかしない。

 ちなみに、ニアはメイドさん達に出されたケーキを頬張っている。

 さすがは貴族、クソ高そうなケーキも紅茶もいくらでも用意してくれた。

 とは言っても、ニアのように何個も追加で頼む気にはなれないが。

 

 遠慮は美徳とか言うつもりはない。

 十夜は、貰える物は容赦なく貰うのがジャスティスであると信じる者。

 しかし四つはさすがに食いすぎだろう。

 見ているだけで胸焼けしそうだ。

 

「美味いのぅ、このケーキ……あっ待て、まだ食べ終わっておらん!」

「さーいくぞ腹ペコ幼女よ。四つも食えば十分だろう」

 

 メイドさん達に可愛がられていたニアの首根っこを掴みつつ、よどみメガネメイドさんの案内で屋敷の中を歩く十夜達。

 目的の部屋に着くまでの間、メイドさんから護衛対象についての話を聞いた。

 

「お嬢様は少々いかついお方なので、驚かぬよう心の準備だけはしておいて下さい」

「少々いかついぐらいじゃ驚かねぇよ。冒険者の中にはゴリラみたいな奴だっていっぱいいるし」

「おそらく冒険者殿が想定している以上だと思って下さい。人間とゴリラどっちに近いかと問われれば、私は迷わずゴリラと答えるでしょう。もうほぼゴリラです」

「いくらなんでも雇い主の娘に対して失礼すぎじゃないですかねぇ?」

 

 失礼さが天元突破しているメイドさんに突っ込みつつ、十夜はイメージを固めた。

 お嬢様は、驚天動地なムキマッチョである。

 とは言っても、所詮は人間の女性。しかも令嬢だ。

 むさ苦しい冒険者には及ばない事だろう。

 十夜はそう結論づけた。

 

「ここがお嬢様のお部屋です」

「……ここが?」

 

 十夜は怪訝な表情を浮かべ、メイドさんが指差した部屋を見つめた。

 分厚い扉に、なんだか薄暗い雰囲気。

 

「鉄格子がはまってるんだけど」

「安全でございましょう?」

「なんか獣臭いんだけど」

 

 と、鉄格子越しに人影が見えた。あれがお嬢様だろうか。

 そう思った十夜は鉄格子に顔を近づけ、部屋の中を覗き込む。

 すると視界に入ったのは、筋骨隆々なボディ。長い手足。全身を覆う黒い体毛。野生溢れるエネルギー。

 

 まごうことなき、ローランドゴリラだった。

 

(想定以上にゴリラだったぁ~!?)

 

 十夜は声にならない叫び声を上げる。

 驚きすぎて、声も出ない。

 こちらに気づいたゴリラが「ウガー!」と声を上げた。威嚇だろうか。

 

「ふむ、確かに人間というよりゴリラじゃの」

「や、ていうかこれゴリラだよね。人間じゃなくてゴリラだよね。ほぼゴリラっていうより、ゴリラそのものだよね」

「主様は、ペットの畜生にも家族の愛情を向けるキチガ……奇特な方なのです。自分の娘呼ばわりして可愛がっているのです」

「今、なんか不適切な発言がどっさりあったような気がするけど」

「気のせいでございましょう」

 

 メイドさんはさらりと十夜のツッコミを受け流す。

 クールビューティだった。

 

「お嬢様は定期的に森で散歩をしなければストレスがマッハになるのです。ハゲます」

「まぁ、ゴリラだしなぁ」

「ゴリラに護衛って必要なのかしら……」

「目を離すと野生に帰られてしまう恐れがありますので」

「ゴリラだしなぁ」

 

 十夜は投げ槍になった。

 もうこの糞メイドには突っ込まないと心に誓う。

 

「冒険者殿の役目は、護衛というよりむしろお嬢様に町の住人を近づけない事がメインとなります。お嬢様は神よりローランドゴリラ並のパワーを授かっていますので、並大抵の相手では返り討ちでしょう」

「いやローランドゴリラ並っていうか、ローランドゴリラだよね」

 

 誓いは十秒で打ち破られた。

 戦前降伏、無血開城なレベルである。

 

「神よりの贈り物なのです。繊維質の強い植物を好み、バナナや蟻を好物とするその食生活が強力なパワーを生むのです」

「それローランドゴリラそのものだよね。ウガンダで絶滅の危機にある類の種族だよね?」

「あれは、ウガンダよりもう少し西に生息していた種類のゴリラじゃの」

「細かい事はどうでもいいよ」

 

 十夜は溜息をついた。それを見たニアがなんだか嬉しそうだ。

 なぜかはわからないが、おそらくろくな理由ではないだろう。人の不幸でメシが美味いとか、きっとそんな理由だ。このロリババァは糞野郎なのだ。ウンコヤローなのだ。

 

「お嬢様のライバルはオラウータ……妹君のウータン様です。両雄が合い討つ時、屋敷の平和は虚無の彼方へと消え去ります」

「そりゃ家の中でローランドゴリラとオラウータンが暴れ回ったらそうなるだろうよ。なんなの? お前んとこの主人はアホなの? マゾなの?」

「頭おかしいんじゃないかこのハゲと思うことはありますが、基本的にはハゲてます」

「ハゲ関係ねーだろ」

「失礼、頭がおかしいということが言いたかったのです。不自然すぎるカツラは周りの視線を一身に集めてしまうのです。頭隠してハゲ隠さず」

「本当に失礼だなお前!?」

 

 息を荒げる十夜。

 この糞メイドは身なりこそきっちりしているが、主人に対する敬意も何も持ち合わせてはいない。

 十夜のメイドに対する幻想は、完膚なきまでに打ち砕かれた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 二時間後。

 十夜達は森の中をうろうろしていた。

 気まぐれなお嬢様ゴリラに振り回され、疲労困憊であった。

 ゴリラの機動力について行くなど、常人には不可能であった事だろう。

 これは、チートな力を持つ十夜とゴリラ以上のパワフルさを持つクルカだからこそできた事だ。

 

「なんか失礼な事考えてない?」

「いえ滅相も無い。ただ、ゴリラについていけるクルカはゴリラより凄いな、と」

「ああ?」

 

 クルカは荒んだ声を漏らしつつ、こめかみをグリグリしてくる。地味に痛い。

 ただ、ヘッドロックされてのグリグリ攻撃は痛みとは別の感情も呼び起こす。

 ナイスおっぱい。

 

 そんなやり取りを繰り返しながらも、二人はゴリラにしっかりついて行った。

 ちなみに、ゴリラのステータスは以下のとおりだ。

 

 

 名前:エリザベス

 種族:ゴリラ

 職業:ペット

 レベル:6

 干渉力:1282

 

 

 ゴリラ強い。聖女様より強い。オババ並みだ。

 聖女様とは一体……うごご。

 

 あと名前おかしい。

 ヅラの伯爵様は、自分が攘夷志士にでもなったつもりなのだろうか。

 それとも、ズラじゃないとでも言いたいのだろうか。

 どう見てもカツラらしいが。

 

 

 そんなどうでもいい事を考えながら、草むらをかき分けつつ歩き続ける。結構ハードな道のりだ。

 ゴリラの周辺に残っているのは、十夜とクルカ。そして不敬なメイドさんだけだ。

 他の護衛連中はリタイアした。なんのためについて来たのだろう。

 あと、ニアは蝶を追いかけてどっか行った。

 

「あんた、体力すごいな……」

「メイドですので」

「メイドらしさの欠片も無いけど、すごいな」

 

 十夜は汗一つかかない糞メイドに目を向けた。

 そして、二人の会話を横目でじっと見つめるクルカ。

 

 しばらく歩いていると、クルカが枝に頭をぶつけた。

 余所見をしながら歩けるほど森は優しくない。

 花粉が舞い、クルカの鼻腔に侵入する。

 

「げっ、ちょ。花粉苦手なん……くちゅんっ! ゴホッ、ゴホッ」

 

 吸い込んだ細かい花粉がクルカの粘膜を刺激した。くしゃみと咳が止まらない。

 涙目になったクルカは荷物から水筒を取り出し、顔を洗う。

 最後に水を飲み、咳き込んで残った花粉を排除。

 

 と。ゴホッゴホッと強く咳をするクルカに向かい、糞メイドは無礼千万な言葉を投げ掛ける。

 

「失礼ですよ、ゴリラの物真似をするなんて。ショックを受けたお嬢様が野性に返ってしまったらどうしてくれるのですか」

「お前の方が失礼だわ」

 

 十夜は糞メイドの評価を下方修正する。

 こいつは糞だ。間違いない。

 

 

 

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