第3話 し、死んでる……

 

 

 ポメラに首輪をつけて市中引き回しの刑(散歩とも言う)を敢行していると、クルカとばったり出会った。

 その手には、一抱えほどもある荷物が収まっている。

 さすがはクルカ、ゴリラ並みのパワーだ。

 

「よぉクルカ。なんだその荷物」

「ローブとかマントの替えよ、すぐ傷むから数を用意しておくの。服にも防御シールドを張っていればいいのだろうけど、効率が悪いから私はしない」

「あーなるほど。そりゃ魔物の攻撃うけたらひとたまりもないか。言ってくれりゃ、荷物持ちぐらいならしたのに」

 

 女の買い物に付き合うのは御免だと常々思っている十夜だったが、クルカは別だ。

 なんせ、サイズと素材の具合だけ確かめた後「これと同じのを十着頂戴」とか平気で言うのである。服を選ぶのに五分と掛からない。益荒男ますらおと呼ぶべき豪快さだ。

 

「人のぱんつを頭にかぶる男に、自分の服を預けようとは思わない」

「あれは誤解だとあれほど」

 

 と、クルカの視線がポメラへと向かった。

 不思議なものでも見たかのような表情。なんだか鼻がヒクヒクしている。

 

「これは……犬? 犬なんか捕まえてどうしたの?」

「人の子よ、我は犬ではない。崇高なる野生の暴君、ポメラ・ニャーン」

「いや、犬だ」

「犬じゃな」

「喋る犬……ああ、そうか。ペットショップに売るのね? それとも研究所? 確かに高く売れそう」

「怖い! この娘、ナチュラルに発想が怖い!」

「クルカは守銭奴だからな……いたたたたた!」

 

 理不尽な暴力が十夜を襲う!

 クルカは荷物を放り投げ、十夜の頭をがっちりホールドしてグリグリ攻撃を炸裂させた。

 ちなみに理不尽と感じるのは十夜の主観だ。はたから見てどう見えるかは不明。人の嫌がる事を薦んでしなさいと言われて育った十夜にとって、暴言を吐くぐらいは日常風景なのだ。ちなみに、人の嫌がる事の定義が間違っている事に十夜は気づいていない。

 

「ちなみに、こ奴がおぱんつ騒動の主犯じゃ。こうして捕まえて、悪さができぬようにしておる」

「――は? こいつが、あのパンツ事件の黒幕なの?」

 

 二人のじゃれあいを生暖かい目で見ていたニアが、そこに爆弾を放りこむ。というか、導火線に火を着けて起爆する。こいつは最悪だ。

 クルカは、おぱんつ騒動の黒幕と聞いてポメラを睨みつけた。

 怒りの炎はまだ沈下していなかったらしい。目が怖い。

 

「黒幕とは聞こえが悪い。何を隠すことがあろうか? あれは我の仕業である」

 

 堂々とした名乗り。

 クルカは再び荷物をその場にゴシャリと落とし(何か不適切な効果音な気がするが)、怖い顔をしたままポメラに詰め寄った。

 ゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうな迫力。いつスタンド的なパワーが発現してもおかしくない。

 

「ねぇ? あの件で私、ずいぶん酷い辱めを受けたの。この怒りを発散するのに協力して欲しいんだけど、どうするのがいいと思う?」

「顔が怖いのだ。自重しろ、白き布地をまといし頭のネジの緩みきった娘よ……ギャァァァァム!」

「なんで知ってるのよ!」

 

 クルカのデコピンを喰らったポメラは、器用にも手で額を押さえてその場に崩れ落ちた。

 さすがのクルカも、小型犬をぶん殴るつもりは無いらしい。

 ニアは容赦なく殴るけど……あれは、正体を知っているからだと信じたい。

 ポメラが本気を出せば、山をも切り裂く十夜よりはるかに強いのだ。

 

「はぁ……犬だとぶん殴るのはかわいそうだし、どうしたものかしらね。私のこの怒りを静めるためには、どうすればいいかしら? ねぇ、喋れるなら貴方も何か良いアイデアを……あれ?」

 

 

 クルカはポメラの体に手をあてて脈をとり、呆然とした表情で呟いた。

 

 

「し、死んでる……」

 

 

 ……ええー?

 

 

 

「クルカ……やっちまったな、お前」

「動物虐待、か。あまり聞こえが良いものでは無いの」

「え? え? ちょっと待って。デコピンしただけなんだけど!?」

 

 十夜とニアはクルカの両サイドに立ち、やれやれだぜといった表情を浮かべてその肩にポンと手を置く。

 クルカはマジで焦っていた。マジ焦りだった。

 テンパっているクルカを尻目に、十夜とニアはポメラの体をがっちりと押さえ込む。もう逃げられない。

 

「かわいそうに……この犬は丁寧に弔ってやろう」

「そうじゃな。丁重に、骨まで焼き尽くした上で灰を海に流してやろう」

(おいちょっと待て、ちょっとしたジョークではないか……あっ、あっ、やめよ!)

 

 起きあがろうとするポメラだが、十夜の撫で撫でテクニックにより身もだえし起き上がる事ができない。

 げに恐ろしきは十夜の撫でテクニックと、犬の矜持よ。

 

「……あれ。なんか今、その犬動かなかった?」

「気のせいじゃろう。死者が蘇る事などありえん」

「ワーハハハハ! 残念、死んだふりでした! ぷぷ、びっくりした? ねぇびっくりした? 人の子の反応というのは面白いものであるな。プギャー! ……あつっ、あっつぅ!? おいこら、マイボディを炎であぶるのはやめよ」

「死者が蘇る事はない。もし蘇ったとしたら、それは幻覚なのじゃ」

「おーい。こんなに生き生きとした幻覚がいてもいいんですかー?」

 

 炎であぶられても結構平気そうなポメラ。

 それを見たクルカは、ヒクヒクと頬を震わせる。

 

「どうしよう、超イライラする。魔法撃ってもいいのかしら」

「すまん悪かったよ。ケーキ奢るから勘弁してくれ」

「……この前の店のケーキを一緒に食べてくれるなら、許す」

 

 気安く肩に手を置いてくる十夜に対し、クルカはふいっと視線を逸らし、帽子の鍔を下げてそう答えた。

 

 

 

 

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