第2話 この姿を見て生き残ったものは、あんまりいない!

 

 

「さて、この辺りかの」

 

 ニアの探し物に付き合い、十夜は町外れの廃墟に赴いていた。

 ニアの行動はいつも突然だ。まるで電波指令をビビビと受けとったかのように、唐突に動き始める。

 もしかすると、本当に何か電波的なものを受信しているのかもしれない。

 ちなみにクルカは買い物に行っている。クルカがいなくなったタイミングを見計らうあたり、なにか事情がありそうではあるが。

 

「結局、ニアは何を探してるんだ?」

「この前のおぱんつ騒動の黒幕、地獄の野獣よ。おそらくこの辺りに……お、見つけた」

「え、ちょっと待って。それってヤバイ奴なの?」

「かなり危険な奴じゃ。噛み付かれると死ぬから注意せよ」

「ちょ、待って、待って! 心の準備が!」

「そおおおおおおいっっ!」

「待てっつってんだろクソババァー!?」

 

 ニアが空を引っ張るように手を動かすと、空間が軋みを上げて歪んでいく。

 腹に響くのは、ゆがみが発生する重低音か。

 それとも、歪みから出てくる何かが十夜にプレッシャーを与えているのだろうか?

 

 地獄の野獣。

 相当にやばそうな相手だ。

 

 頬を冷や汗が伝う。

 ゾワリと毛が逆立つ。

 心臓の鼓動がうるさい。

 血液が体中を巡っているというのに、体がしびれているような感覚。

 なにか、とんでもない奴が現れようとしていると。十夜は確信した。

 

 

 ポンッという音と共に煙が発生し、歪みから何かが地上に産み落とされた。

 煙の隙間から覗く影は思いのほか小さい。四足歩行の生物のようだ。

 

 やがて、視界を覆っていたものが完全に晴れる。

 そこには、強烈な印象を放つ獣が地面に座っていた。

 一度目にした者は、その姿を忘れる事がないだろう。それほどまでに鮮烈な姿。

 

 つぶらな瞳。長い体毛。丸っこい体に小さな手足。

 体長は30cmにも及ぶだろうか。ぴょこんと突き出た鼻と耳は、鋭い嗅覚と聴覚を持っている事を伺わせた。

 その口は、ハッハッハと短い呼吸を繰り返している。

 

 

 っていうか、犬だった。

 

 

「にゃーん!」

「もうどこから突っ込めばいいかさっぱりだよ!」

 

 犬の鳴き声(?)を聞いた十夜は叫んだ。

 ふざけろ。

 

「なんだよこれ、犬じゃねーか。どこら辺に危険があって、どこを指して地獄の野獣と呼称するんだよ。俺の緊張感を返せ」

「確かに犬そのものじゃなぁ」

 

 二人の会話を聞いた犬が浮かべたのは、納得いかぬという表情。憤慨極まりないといった様子だ。

 しかし犬にそんな感情を抱かれても、正直十夜にはほとんどわからない。

 

「人の子よ、あとついでに若作りの過ぎるババァぐべぇニア様よ。我は犬ではない」

 

 思いのほか渋くていい声をしている。そのバリトンボイスは、まるでオペラ歌手のよう。十夜はなぜかイラッとした。

 ちなみに途中でカエルが潰れたような声を上げたのは、ババァ呼ばわりされたニアのパンチを喰らったためである。

 

「我は、誇り高き地獄の野獣。ポメラ・ニャーンだ!」

「やっぱポメラニアンじゃねぇか」

 

 大人から子供にまで大人気、かわいさの代名詞のような犬だ。

 いくら尊大な態度で話したって無駄である。近所の子供に見つかったら、心神喪失するまで延々と撫で回されてしまう事は間違いない。

 

「ポメラニアンではない。仮にポメラニアンだとしても、敬われ崇められる存在だ。人は我の威光に平伏し、この身を撫でずにはおれんだろう」

「それ、普通のポメラニアンと何が違うの……」

 

 十夜は溜息を吐きつつも一応視線を集中し、ポメラのステータスを覗き見る。

 

 

 名前:ポメラ

 種族:リンクス

 職業:犬

 レベル:3

 干渉力:8

 

 

 弱っ!? めっちゃ弱い!

 あと、職業が犬ってなんなの?

 

 

「さて、こうしてお主を呼び出したのは他でもない。先日のおぱんつ騒動についてじゃ」

「ああ、我の求む寝床用おぱんつ選別の儀式か。あれがどうした?」

「怒りの幼女パンチ!」

「ぺぷしっ!?」

 

 強烈な暴力パンチを喰らったポメラが吹き飛んだ。

 子供には見せられない。

 

「寝床とはどういう意味かの?」

「話を聞く気があるのならば、とりあえず殴るのをやめたほうがいいと思うのだ……では説明しよう。おぱんつというのは保温性・保湿性に優れ、肌触りがいい。おまけに若い女性用下着に包まれているとなんだか興奮してくるというおまけ作用もある。となれば、寝床におぱんつを敷き詰めない理由はあるまい?」

「幼女ぱんち!」

「ぺぷしぃっ!?」

 

 この犬も変態だった。

 変態は幼女の手により駆逐される。

 良い事だ。世界が平和になる。

 

「人の世を混乱に陥れる変態め、儂が悪さできぬように封印してやろう。ほれ、そこになおれ」

「ば、馬鹿な事を言うな! 変態というのは人の基準であろう? 犬……げふんげふん、地獄の野獣である我にその基準を当てはめるのはどうかと思うのだ」

 

 あんた、さっき女性用下着に興奮するとか言ってましたやん。

 十夜は心の中でつっこんだ。

 

「聞く耳持たんな。おとなしく封印されるが良かろう」

「くっ、この我が大人しく封印されると思うな! 見せてやろう、我の偉大なる力を――」

「お手」

「ワンッ! ……はっ、体が勝手に!? 人の子よ。お前、さては相当な高レベルの魔獣使いだな!」

「いや、昔犬を飼ってたことがあるだけだが。おかわり」

「ニャンッ! ……くっ、この俺がこんな屈辱を受けるとは……悔しいっ、だが尻尾を振ってしまうっ! ビクンビクンッ!」

「ようやった十夜。そのまま敵の動きを止めておれよ、悪さができんように力を封印してやる」

「ま、待て! この俺の真骨頂はハイパー化した時に発揮されるのだ! ハァァァァァッ!!」

 

 ポメラが雄叫びを上げる。

 すると、なんとその毛がシャキーンとそそり立った。

 まるでハリネズミのようだ。

 

「ワーハハハハ! こうなってしまった我は優しくないぞ。この姿を見て生き残ったものは、あんまりいない!」

「お座り」

「わふんっ!」

「前と変わらねーじゃねぇか。よーしよしよしよし」

 

 十夜は、至福の撫で撫で攻撃に耐え切れず地面にごろんと転がったポメラの腹を撫で回した。ポメラはごろんごろんと地面に背中をこすり付けつつ、へっへっへっと激しい呼吸を繰り返す。

 もう、ただの犬だった。若干猫っぽい雰囲気もあるかもしれない。

 

「くっ、おのれ。この俺の野生の本能をこうも巧みに利用するとは……恐ろしい奴」

「野生の欠片も見えねーよ」

 

 撫で回しつつも、一応十夜はもう一度ポメラに視線を集中させる。

 ただの犬にしか見えないが、あのおぱんつ騒動を引き起こした張本人だというからには何か力を隠しているのに間違いは無い。警戒はしておくべきだろう。ただ毛が逆立っただけにしか見えないが……。

 

 

 名前:ポメラ

 種族:リンクス

 職業:犬

 レベル:1305

 干渉力:22008

 

 

 めっちゃ変わってるー!?

 なんだこいつ、ニアの次に強い。

 

「グラビティ・シール」

「オアアー!」

 

 と、ニアから放たれた光に晒されたポメラは断末魔の叫びを上げた。

 見る見るうちにレベルと干渉力が下がっていく。

 もはやただの犬になり下がった。最初っからただの犬だったような気もするが。

 

「これでよし、と。もうパンツの群れを空に飛び立たせる事はできんであろう」

「ひ、ひどい……我の唯一の楽しみを……」

「お主、自分が何のためにここに送り込まれたと……いや、いい。お主は以前からそんな感じであったな。そのままで生きろ」

 

 さめざめと涙するポメラの泣き言をバッサリ切り捨てるニア。

 ニアに泣き落としなど通用しない。十夜の渾身の演技力を込めた嘘泣きですらパーフェクトガードされたのだ。

 この幼女、最強。

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る