第二章 コメディ「トラップカードを場に伏せ、ターンエンドだ!」 シリアス「パス」 コメディ「えっ」

第1話 昔を思い出すとアンニュイな気分になるのでござる

 

 

「奴の思考回路がわからん。ニア、同じアホの子仲間として何か意見はあるか」

「十夜よ。殴られたいのなら素直に言うがよかろう」

 

 翌日。

 クルカを待つ二人は、ベッドに腰掛けて話し合う。

 

 クルカは「仲間なら同じ宿に泊まった方がいいよね」と、なんだか妙に嬉しそうに言いつつ去って行った。昨日の夜の事だ。自分の宿に荷物を取りに行き、今日の昼食前にはこちらに来ることになっている。

 ちなみにニアはずっと熟睡していた。一日の半分ぐらいは寝てる気がする。なんなの、猫か何かなのこいつは。

 

 

「思い当たるような事はないのか?」

「わからん。フラグを立てたような記憶はない」

「あれだけ一緒におってそのセリフか」

「一緒にいたっつっても、まだ一週間ちょいだぞ? 毎日会ってた訳でも無い……あれ、ほとんど毎日会ってる?」

 

 思い返してみれば、娼館に行った日以外は一日一回は会ってる気がする。

 なんだこの遭遇率。もしかして、ヤンデレ系の人ではあるまいか。

 

「無いな」

 

 十夜はすぐさま否定した。

 あのアホに演技ができるとは思えない。すぐボロを出すのだ。

 一緒にいると嬉しそうな気配は感じるが、色恋沙汰の気配はない。しいて言うなら、犬に懐かれたみたいな感覚か。

 

「お主はやはり外道じゃの。普通、自分に懐いておる女子おなごを犬呼ばわりはせんぞ」

「や、だって犬っぽいし……」

「ま、ええわい。それがお主じゃしな。一度ひねくれた性根はそう簡単に戻るまい……さて、クルカについてじゃが。儂の目から見ても特に変わった事は無かった。逆に言うなら、変わった事しかなかった。そも、初対面であの人見知りな雰囲気を漂わせてる娘が絡んできた事自体がおかしい。この話は、最初からおかしかったのだ」

「え、あのアホの子が人見知り?」

「違うのか? 儂は、あやつが儂や十夜以外と親しげに話しておるのを見た事が無いぞ。殺すとか殴るとかは言ってるが」

「言われてみれば、そうか」

 

 衝撃の事実である。

 アホの子は人見知りだった。

 いや、ぼっちなのはわかっていたが。

 

「余計に訳がわからなくなったぞ。なんで俺は絡まれたんだ」

「知らぬ」

 

 適当に生きてきたツケがとうとう回ってきてしまったらしい。

 他人に興味を抱かぬツケ。

 

 興味を抱かないというよりは、抱かないようにしていたと言ったほうが正しいかもしれない。

 心の奥底にあるのは恐怖だ。

 また、自分を一人置き去りにして居なくなってしまうのではないかと。

 ニアみたいな超人ババァならそんな心配も無いのだろうが、人というものは簡単に死んでしまう。

 

 少しの不注意で。

 ほんの一瞬、目を離しただけでも。

 掴んだはずの手は、離れていってしまう。

 

 

 うんうん唸る十夜を見かねたニアは、大きく一つ溜息をついた。

 

「迷える子羊、長月十夜よ聞くが良い」

 

 そして腕を組んでベッドの上に仁王立ちし、そんな事を述べ始める。

 おそらく、高尚なお言葉を十夜に授けるべく立ち上がったのだろう。

 神託という奴だ、ありがたい。

 

「昔の偉い人は言いました。インディアンなら次に何をするかわかるが、女は何をするかわからない」

「いや、それ偉い人の言葉じゃないから」

 

 やっぱりこいつはアホの子だった。

 というか、少々古すぎやしないか。

 第二次大戦よりも前の話だ。著作権法すらぶっちぎっている。

 ジェネレーションギャップとかいうレベルではない。

 

「まぁどっちでもええわい。儂は、いくら考えても答えの出ない問いに思考を割くのは嫌いじゃ」

「またドストレートな」

「もっと直球で言うと、儂は面倒が嫌いじゃ。考えた所で、お主はどうせ何もせぬじゃろう? なら考えても無駄な事。それで気が収まらぬというならば、お主がゴールを設定するがよかろう。昔の偉い人は言いました。『目指す港がないような航海では、どんな風が吹いても助けにはならぬ』。目的地に向かって進まねば、決して辿り着くことなどない。目指す港がわからぬ他者の考えを気にするより、自分の想いを大切にせよ。そのほうが有意義じゃ」

「想い、ねぇ」

 

 自分がどうしたいか。

 あまり考えた事はなかった。

 

「お主は、クルカが仲間になる事に賛成か。それとも反対か。どちらでも良いという解答は不許可とする」

「それは」

 

 少し考える。

 アホの子だが、一緒にいて楽しい奴ではある。なら、答えは簡単だ。

 

「賛成だ」

「なら、ひとまずは良かろう……本当はこんな限定的な質問などしたくはないが、お主はてきとーに世を生きておるからの。今後はもう少し、自らの意思を大切にするといい。そうすれば、自分がどう行動すべきかもおのずと決まってくる」

「なるほどねぇ」

 

 半ば説法じみた講義を受けながら、十夜は己の過去を振り返った。

 自分の半身。長年連れ添った幼馴染が生きていた頃は、確かに自分の意思で行動していた気がする。

 

 それが元で、彼女を死なせてしまうはめになったが。

 

 

 ――それが、原因だろうか?

 こうも、自分の意識が希薄に感じるのは。

 ただ流されるままに行動してしまうのは。

 

 どんなに誤魔化そうとしても。振る舞いを変えたとしても。

 自分の心を騙す事なんて、できやしない。

 

 

 今でも夢に見る。

 握り締めた手。

 冷たくなっていく彼女の体。

 自分を見つめる、その表情。

 色を失い、崩壊していく世界。

 

 たとえ世界がどうなろうと、どんなに絶望的であろうと。

 それまで、十夜が生きる力を失う事は無かった。

 十夜にとっての世界が崩壊したのは。

 間違いなく、あの日。あの時。あの瞬間。

 

 

 夢も希望も、持つものではない。

 そんな物を持ってもどうせ叶いやしない。

 おまけに望みが叶わなかった時は絶望感をプレゼントしてくれる素敵仕様だ。

 最初から何も望まなければ、心にダメージを負う事もない。

 そうしなければ、歩く事すらできなかった。

 踏み出す足が重すぎて。一人で進み続けるには、荒野はあまりに広すぎる。

 「生きて欲しい」という、彼女の願いを。守る事も。

 

 

 ……ああ、そうだ。

 自分がひたすら荒野を彷徨ってわずかばかりの食料を得ていたのは。

 最初の想いは、彼女の願いを叶える為だった。

 

 今の今まですっかり忘れていたのは、心が擦り切れてしまっていたからだろうか?

 生きるのに疲れていたのかもしれない。それを目にする事の無いよう、心の奥底に沈めて蓋をした。

 その願いに込められた本当の意味からも、目を逸らして。

 

 

 何も想わず。何も願わず、ただ生きる。

 そんなものが、彼女の願いであったはずがないのに。

 

 

 

 十夜は笑った。

 暗い感情に支配されそうになるのを、頭を振って無理やり振り払う。

 どれだけしつこく纏わり付いてこようが、構う事はない。

 十夜は強く念じる。大丈夫だ。今の自分は、大丈夫だと。

 

 あまり昔に想いを馳せるべきではない。心を囚われてしまうべきではない。

 今考えるべきは、クルカをどう迎えるべきかだろう。

 考える事は単純。クルカの喜びそうな事は、何か。

 

「歓迎会でもするか? あいつは金にがめついだけでなく食い意地も張ってるから、美味いものを用意したら喜ぶぞ。働き詰めだからか人に聞けないからなのか、この辺にどんな店があるかもほとんど知らないようだったし」

「ふむ、それはいいな! 店選びなら儂に任せろ。この辺の美味い店はあらかた制覇した」

「お前暇人なの?」

「暇を持て余した神々がやる事など、食うか寝るか。あるいは、余計な事をしでかすかしかないわい」

「いや、余計な事はすんなよ」

 

 そんな会話を繰り広げながら、十夜達は歓迎会の計画を練っていった。

 十夜もニアも、ずいぶんと楽しそうだった。

 

 

 心の奥底に何が眠っていようと。

 精一杯、これからの事を考える。

 

 楽しむ気持ちを、忘れないように。

 生きる意味を、見失わないように。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「らっしゃいらっしゃい! この町の名物、ぱんつ饅頭はいらんかねぇ! ぱんつの飛来した町、ぱんつ饅頭だよ!」

「なんだこれ……」

 

 クルカはげんなりした顔で大通りの屋台を見回した。

 いつのまにか、大通りはぱんつの話題で持ちきりだった。町の売りにするつもりか、ぱんつ饅頭なんてものまで売っている。頭おかしいとしか思えない。温泉饅頭はどうした、温泉饅頭は。

 こいつら、馬鹿なんだろうか。うるさいし、死んでしまえばいいのに。

 

 クルカがそんなやさぐれた気配を放ってしまうのも、仕方の無い事だった。

 町で話題のぱんつ饅頭。それには、デフォルメしたクルカの姿が描かれているのだ。

 正確に言うなら、空飛ぶパンツを従えたクルカの絵姿。

 このデザインを考えた奴を炎であぶって「上手に焼けましたー!」したとしても、許されるのではないだろうか。

 

「見よ、この絵巻物! ぱんつ饅頭のデザインを考えたオババ直筆の、ハイパーリアル絵巻物だよ! さぁ買った買った!」

「エンシェントフレイム」

「ああああああ、丸一日かけて描いた儂の力作がぁぁぁぁぁ!!」

 

 クルカがパンチラしている絵を売りさばこうとしてたオババ。クルカは、容赦なくその絵巻物を焼き尽くした。

 考える前に口が動いて魔法を発動していたのだ。怒りで一瞬意識が飛んでいたのかもしれない。脳みそが沸騰しそうだ。

 

「というかこの絵柄って、あれよね。伝承がどうとか言ってたときに出した巻物と一緒よね」

「そりゃそうじゃ。あれは昔儂が描いたのを引っ張り出してきただけ。伝承など嘘っぱちだわい」

「殺すわ」

「あああああ、やめよ! 老人はいたわるものじゃぞ!」

「なら、いたわりたいと思うような行動を取って欲しい」

「ひどい奴じゃ……一応ぱんつの力は本物じゃったじゃろうに」

「うるさい。今すぐ不快なものを町から消し去れ。でなければ、代わりにお前がこの町から消える事になるだろう」

「びゃああああああ!」

 

 クルカの脅しを受けたオババは絵巻物を放り出し、新たなぱんつ饅頭のデザインを考え始めた。

 どうやら、ぱんつ饅頭を売らないという選択指はないらしい。

 だが、クルカの絵が消えるなら別に問題はない。

 

 

 

 余計な事に時間を取られたが、クルカは荷物をまとめて十夜達のいる宿に戻る。

 体より大きい荷物を抱えての移動だったが、初歩の初歩と言える重力軽減魔法で重さを六分の一程度に抑えられるため、それほど苦労は無かった。

 もちろん、動きづらいというのはあるが。

 

 

 クルカが大荷物を抱えて宿に戻ると、十夜達が歓迎会を開いてくれた。

 近場の美味い店を予約し、おすすめ料理をたらふく食う。

 美味しい物は好きだ。心がほんわかする。

 おまけに、初めてできた仲間との食事だ。これで美味しくなかったら嘘だろう。

 特に、イチゴのケーキが良かった。デザートとして出てきたのだが、なぜ自分の好物がばれているのだろうか。

 疑問に思ったクルカが聞いてみると、ニアの眼力によりばれてしまったらしい。

 なにそれ怖い。

 

 十夜もそうだが、ニアも謎だ。何者なんだろう。

 自分より強力な魔法を使える奴なんて見たことがない。

 そんな奴、これまでは物語の中にしか存在しなかったのだ。

 

 強大な魔法を使うことで知られている者といえば、かつての魔王だろうか?

 もう、ニアが元魔王だと言われても信じるぞ。

 

 

 

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