第20話 仲間にいれて下さい

 

 

 クルカは大衆監視の下でオババからパンツを受け取ると、こそこそと物影に隠れておぱんつをはきかえた。

 しばらくして、クロスチェンジを終えたのか。物影から元気一杯、やけくそ気味に飛び出してくるアホの子の姿が!

 

「ふっはははは、はいたぞ。どうだ見たか!」

「いや、見てねぇよ」

 

 見て欲しかったのだろうか。

 こいつぁ変態だ。間違いない。

 

「んで、どうじゃ? パンツの声は聞こえるかの?」

「ん? うーん、パンツの声ねぇ」

 

 クルカは目を閉じ、耳を澄ませた。

 炎が広がったせいか、生温い風が通り過ぎていく。

 風になびいた髪が頬を撫で、ややこそばゆい。

 

 

「黄ばみー黄ばみー」

「蒸れが群れ群れー」

「縞パンー」

「はにほー」

 

 

「あっ、聞こえる! 私にも聞こえるぞ、パンツの声が!」

「いや、それは俺にも聞こえてる」

 

 考えてみれば、パンツの声など最初から聞こえていた。

 クルカの頑張りは無駄だったようだ。

 

「ちょ、お婆さん! 何よこれ、ぱんつはきかえた意味ないじゃない!」

 

 憤慨のクルカがオババに詰め寄り、その襟首を掴んでガクガクと揺する。

 激しく頭をシェイクされたオババは青い顔をした。

 気持ちはわかる。だがやめろ、今にもゲロがリバースしてきそうだ。これ以上地獄を増やすんじゃない。

 

「ま、待て。揺らすな! まだそのぱんつの力は解放されておらん。解放するには、ある行為が必要なのじゃ!」

「ある行為……?」

「それを今からお見せしよう。儂と同じ動作を……いや、待て。ここは騙まし討ちの方が?」

「騙まし討ちって何? 何なの?」

 

 クルカの声を無視し、オババはおもむろに両手を天にかざしてブツブツと呪文を唱え始めた。

 風が渦巻く。まるで、町中の風がオババに集まっているような。

 

「風じゃ! 風よ吹けー!」

 

 オババの祈祷により、激しい風が巻き起こる。

 ぱんつ達は風に巻き込まれ吹き飛んだ。もうこの魔法で騒動解決できるんじゃねーと十夜は思ったが、どうなのだろうか。

 

「うわー! うわー! うわー!」

 

 そして、オババのすぐ傍にいたクルカは盛大に風に巻き込まれた。

 必死にスカートを押さえるが、無駄な努力だ。いやらしい風はクルカのスカートを巻き上げ、伝説のぱんつをこの場に集まった冒険者達全員にご開帳。卑猥極まりない。

 

「おお!」

「神の恵みだ」

「守銭奴だが、外見はかわいいからな」

「ガルパンはいいぞ」

 

 周囲からの熱い声援を一身に浴びたクルカは、周囲に対し暴力的なまでの鋭い視線を送る。

 きっと守銭奴呼ばわりした奴を「後で殺すリスト」にでも登録しているのだろう。今すぐ守銭奴呼ばわりをやめなければ、「今殺すリスト」に繰り上げ当選してもおかしくない。

 

 と、衆目に晒され続ける伝説のぱんつが徐々にその身に輝きを宿し始めた。

 

「我が姿を衆目に晒してまで、力を求めるか。頭のネジのゆるい魔道の王よ」

 

 そして、腹に響く重苦しい声が響き渡る。

 その声の発生源は、まぎれも無くクルカのぱんつ。

 ぱんつに人格があるのだろうか。十夜は、生まれ変わるならパンツになって美少女達の股間を渡り歩くのもいいなと思った。

 空を舞い旅をするぱんつの気持ちが、少しだけわかった十夜なのであった。

 

「ならば、くれてやろう。受け取れ、我が力を」

「へ? あ、ちょ」

 

 ぺかー!

 そんな擬音が相応しいほどの輝きが、クルカのぱんつから発せられた。

 スカートの影になりわずかにしか見えなかったその全容があらわとなる。

 

「ちょ、何? 何なのこれ? 私、怒っていいよね?」

「皆の者、見よ! これこそが伝説のパンツの力じゃ!」

「見なくていい、見なくていいから!」

 

 最後に一際強い光を発したぱんつは、役目を終えたかのように消え去る。

 そして十夜の目に映ったのは。

 

「ヘルファイヤー・ウォール!」

「ぎゃあああ!」

 

 クルカの周囲に、火の壁が吹き上がった。

 炎は周囲の視線からクルカの姿を覆い隠す。

 最後の瞬間、ぱんつはカメラのフラッシュ以上の強い光を放っていた。

 きっとその瞬間を視界に納められた奴などいないだろう。

 神の手により視力が超強化されているような奴でもない限り、クルカのパンツが消え去っている事にも気づかないはずだ。

 

「うむ、眼福。苦しゅうない」

「うーむ、儂はここまでやられると若干引くのぉ。というか、オババは自分のぱんつを衆目に晒す気じゃったのか……?」

 

 恐ろしい事をのたまうニア。

 思い返してみれば、オババは自分の行動を真似るようクルカに言っていた。

 それを考え直した結果取った行動が、クルカのぱんつを衆目に晒す行為である。

 

「――あっぶねぇ。危うく生体兵器の攻撃を喰らう所だったのか」

 

 危機一髪。

 あやうく、この周辺に集まった冒険者たちが全滅する所だった。

 特に視覚が超強化されている十夜には致命傷になりかねない。神の眷属をも殺す一撃。これが、人の強さか。

 

 ちなみに、当のオババは炎に巻き込まれて大ダメージを受けていた。先ほどの悲鳴はオババのものだ。

 が、誰もそんな事気にしていない。オババだし、すぐに復活するのであろう。

 

「どうじゃークルカ! 何か変わったかの?」

「パンツの声は聞こえないけど、確かになんか出来そうな気がする……えいっ」

 

 ニアの呼びかけに答えたクルカが、くいっと指を曲げる。すると、空を舞うパンツ達の動きに変化が現れた。しばらく無秩序に動いていたように見えたパンツだが、やがて徐々に秩序が生まれ、一列に。それを見た冒険者たちの盛大な歓声が町に響いた。

 

「おお、パンツが!」

「パンツが一列に並んで洗濯場に並び始めたぞ!」

「ブラボー! ブゥラボォォォー!」

「パンツを操ってやがる……へへっ。さしずめ、グランドおぱんつマスターって所か」

「その名で私を呼んだ奴は殺す。あと、守銭奴呼ばわりした奴は殴る」

 

 クルカは微妙に内股になりスカートの端を押さえつつ、底冷えするような恐ろしい声で冒険者達を脅しつけた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 騒動が治まって。

 十夜とニアは宿に戻り、一息ついていた。

 ちなみにクルカも一緒だ。宿が遠いため、少し休ませて欲しいとの事らしい。

 クルカはニアと一緒にベッドに入り、仮眠を取っている。

 

 こうして見ると、こいつは可愛い。

 初対面、しかも顔が見えない状況だったにも関わらずハートにビビビと来たのだ。

 アホの子でなければ。あるいは、元相棒がいなければ。本気で惚れていたかもしれない。

 

 そんな事を考えながら、うつらうつらと船を漕ぐ。

 まどろみの中、十夜は昔の夢を見た。それは、とても幸せな夢だった。

 

 

 

「……うん?」

 

 ごそごそと物をあさるような音が聞こえ、十夜の意識が覚醒する。

 物取りかと思ったが、部屋には相変わらず間抜けで可愛い寝顔をした二人のアホしかいない。

 だが、確実に鞄からゴソゴソと音がするのだ。

 

 音の発生源を確認しようと十夜が腰を上げた瞬間、それは鞄から飛び出してきた。

 出てきたのは、ぱんつだ。クルカのぱんつだった。

 

「ちっ、まだ動く奴が残ってたか!」

 

 十夜はぱんつをその手に掴もうとするが、ぱんつは華麗にひらりと身をかわし、十夜の顔面にパーフェクト・ジャスト・フィット。十夜の頭はパンツに覆われた。

 鼻腔をくすぐる布地の香り。おそらく洗濯済みなのだろうが、なぜだか興奮する。それがぱんつの力。ぱんつの持つ魔性の魅力。

 

「ふぉぉぉぉぉぉ!」

 

 十夜は絶叫した。

 変態の仮面的な何かが、覚醒してしまいそうな。

 そんな予感。

 

 

「――んー? うるさい……ちょっと静かに……あ」

「あっ」

 

 目尻を擦りながら起き上がったクルカと目が合う。

 

 クルカの心境はいかほどか。

 なにしろ、目を覚ましたら目の前には咆哮を上げる変態ぱんつ男。そしてその身に装着されているのは、自分のぱんつ。

 

 十夜は溜息をつき、手を横に上げて「フゥー? やれやれだぜ」とジェスチャーをした。

 クルカに伝わったかどうかは、不明だ。

 

「待て、誤解なんだ。だってそうだろう? おぱんつは、女の子がはいてこそ価値がある。はいてないパンツに、一体なんの価値があろうか。いや無い!」

「――ほう。私のパンツに価値がないと」

「俺にとってはそうだ」

「……なんだろうこれ。私はどう返せばいいのかしら。誰か教えてくれないかしら」

 

 その答えを持っている奴なんていないだろう。いたら教えて欲しい。

 十夜はそんな事を考えながら弁明を繰り返す。

 

 普段の十夜ならアホの子を丸め込むぐらいは容易いが、さすがにこの状況だ。弁明が難しい上に、頭部の装備品がやたらと十夜の理性をかき乱す。付加効果として、装備者に混乱のバッドステータスを付与する魔法のアイテムだ。

 なんでもするから許してくれと言うと、少しだけクルカの目の色に変化があったように感じた。

 

「……なんでも?」

「ああ。俺にできる事ならなんでもしよう」

「誤解だと言うなら、別に何もしなくても許すけど……そうね、せっかくだしお願いしようかな」

 

 

 そう言って立ち上がったクルカ。

 少しだけ緊張しているように見受けられる。

 息を長く吐いたのは、呼吸を整えるためか。体に込められた力を抜くためか。

 

 彼女は服装の乱れを直したあと、深々と頭を下げながらこう言った。

 

 

「私を仲間に入れて下さい」

 

 

 ……。

 

 

「――えっ?」

 

 

 この流れで?

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る