第19話 その者、白き布地をまといて

 

 

「きゃああああああ!」

 

 突然沸き起こる悲鳴。

 そちらに目をやると、スカートを抑えて転がる女性冒険者達の姿が見えた。

 そうなった原因は明らかだ。女性冒険者のすぐ傍で、パンツが元気良く飛翔している。

 

 十夜は一目でパンツの状態を見抜いた。

 あれは、間違いなく脱ぎたてほやほやのぱんつだ。

 おぱんつソムリエたる十夜にかかれば、その程度の事を見抜くことなど造作も無い。十夜は、まるで手に取るように。鼻先でその芳しい香りを堪能するように、ぱんつの状態を把握する事ができた。

 生粋の変態だ。

 

「おや。仲間のパンツ共が減ったので、同胞を現地調達する事にしたようじゃの」

 

 そこら中で巻き起こる黄色い悲鳴。

 スカートというのはやはりパンツを脱がせやすいのか、まず標的になったのはうら若き女性達だった。

 

「な、なんで私のが……」

「コラァ、ふざけんな! 私のパンツを返せ!」

「不備無し。不足の事態に備え、予備のパンツを用意しておくのは当然……あ、予備のパンツも飛んでってる」

 

 自らのパンツが飛んで行くという異常事態に直面した女性達。

 こうして見ると、それぞれの個性がよく出ている。

 

 涙目でスカートの裾を抑え、その場に座り込む女の子。

 怒りに任せて自らのパンツを追いかける女の子。

 冷静に別のパンツを履こうとするが、そっちにも逃げられて呆然とする女の子。

 

 なぜだかわからないが、十夜は妙に興奮した。

 

「神よ……ここが理想郷アヴァロンか」

 

 十夜は涙した。

 人類の夢見た大地。

 それが、ここにある。

 

 

「うおおおおおお!? 俺のパンツが!?」

「なんてぇパワーだ。服の上からでもお構いなしかよ、やるじゃないの」

「畜生、持っていかれた……! (ズボンごと)」

 

 野太い悲鳴。いやな予感がしつつもそちらをチラリと見ると、そこには下半身丸出しのむさ苦しい男共が陳列されていた。

 目にするだけで暑苦しい匂いまで伝わってくるようなおぞましさ。体が震える。これが恐怖か。

 

「ジーザス……地獄だ。この世の終わりか」

 

 十夜は嗚咽した。

 人類の悪夢の結晶。

 それが、ここにある。

 

 

 周囲の状況をぼへーっと見渡していたニアが、なんだか妙に嬉しそうな声色で十夜に話しかけてきた。

 

「まずいぞ十夜よ。干渉力の低い連中の持ち物は敵に支配されてしまうようじゃ。このままでは、この町がノーパンタウンと化してしまう」

「お前って何かアレだよな。口ではまずいとか言っときつつ、絶対楽しんでるよな」

「すんごく楽しい」

「お前のパンツも太陽に向かって飛んでいけばいいのに」

 

 だがニアのパンツが飛んでいくという事はすなわち、ニアより弱い十夜のパンツも空の彼方へ旅立ってしまう事を意味する。この空の果てに答えはあるのか。遥かなる旅路の中で、はたして十夜のパンツはどのような解を得るのだろうか。

 うん、正直どうでもいい。

 

 

 

 十夜が死んだ魚のような目で大混乱の町中を見つめていると、突如として群集が真っ二つに割れた。

 それは、さながらモーゼの起こした奇跡の如し。割れた道筋から姿を現したのは、うさん臭い婆さん。

 そのうさん臭さは留まる所を知らない。乾ききった肌と色の抜け切った髪に、原色使いまくりの派手な衣装。その目は、不敵な笑みに彩られている。

 こいつぁは人の不幸でメシを食うタイプの人間。詐欺師の類だ。十夜はそう直感した。

 

 ババァを見た群集は、口々にババァに対する評価を述べる。

 

「ああっ、オババ様だ!」

「町の危機に、オババ様が来てくれたぞ!」

「いつも意味わかんない事言って危機感を煽ってくれるオババ様が来た!」

「なんの役に立つかはわからないけれど、オババ様が現れたぞ!」

「よせよせ、儂は隠匿の身。褒めても何もいい事などありゃせん」

 

 褒めてねぇ。

 ずいぶんと都合のいい耳をお持ちのババァだ。

 

 

 十夜は、ババァに視線を集中した。

 ババァに集中などしたくは無いが、一応念のためだ。

 

 

 名前:オババ

 種族:人類?

 職業:なんだかよくわからない

 レベル:63

 干渉力:1290

 

 

 ババァ強ぇ! さすがにクルカには遠く及ばないが、聖女様より強い。

 ていうか突っ込み所が多すぎる。名前とか、種族のクエスチョンマークとか、職業とか。

 もうお腹いっぱいだ。

 

 

 十夜が胃もたれしたかのような微妙な表情をしているうちに、ババァは群集たちの視線を一身に浴びることの出来る広場まで歩み出た。

 そして、大仰な身振り手振りで語り出す。

 

「伝承にある」

 

 スッと掲げた腕にあるのは、巻物。

 それが重力に引かれてぱらりと縦に開いていく。

 

 そこに書かれているのは、絵画だった。

 おぱんつの群れを従えるようにしてたたずむ、慈愛溢れる女性の姿が描かれた鮮やかな絵。

 シーン的にはひどいものだったが、絵自体は美しい。

 

「その者。白き布地をまといて、パンツの野に降り立つべし。失われた装着者との絆を結び、ついにパンツを不浄の股間から洗浄の地へと導かん」

 

 

 不浄の股間て。洗えよ。

 そうツッコミたい十夜だったが、関わり合いになりたくなかったのでスルーした。

 可愛い女の子ならともかく、頭のおかしいババァに自分から関わりに行くのはありえない。

 

 ババァは周囲を見回した後、懐から取り出した一枚のパンティを空中に広げた。

 純白のそれは、まるで自ら光を放つかのような輝きを放っていた。相当に名のある一品だろう。ぱんつソムリエたる十夜には手に取るようにわかる。

 

「そしてこれこそが、伝説のパンツ! これをまといし者は、パンツの声を聞くことが可能となる。この状況を救うには、これしか手はない!」

 

 純白のパンツを天に掲げた変態オババは、そんな戯言をのたまわった。頭おかしいのだろうか。イカレぽんちなのだろうか。

 

「パンツの声……」

「パンツの声ねぇ」

「まぁ、やってみればいいんじゃないか?」

「カーッ! 信じる者は救われる!!」

 

 周囲の者達の反応も鈍い。

 パンツの声とか言われたら、そりゃそんな反応にもなるだろう。

 パンツを懐から取り出し天に掲げたりするババァからそんな事を聞かされたら、冷めた視線の一つぐらいは投げてしまうだろう。

 

「伝承にある伝説のパンツの担い手……それはお主じゃ!」

 

 元気ハツラツ婆さんが、ピッと指を指す。

 その先にいるのは、クルカ。

 

「……えっ、私?」

「そうじゃ。この状況を救えるのはお主しかおらん!」

 

 ババァはウンウン頷きつつ、その皺だらけの頬を緩めた。顔が怖い。

 

「白き布地をまといし者。そやつは類稀たぐいまれなるパンツの紐のゆるさと、頭のネジのゆるさを兼ね備えた存在だったと言われておる。まさしくお主こそ、白き布地をまといし者に相違ない!」

「どうしよう。すごくぶん殴りたい」

 

 十夜も同感だった。

 だが、クルカのパンツの紐と頭のネジのゆるさを見抜くその眼力は確かなようだ。

 

 と、ニアが一歩前に出る。そして、オババと視線を交わした。

 どうやらオババに助け舟を出すようだ。うさん臭いババァ同士、通じるものがあったのだろうか。

 

「いや、試すだけならいいじゃろう? 確かにあのパンツからは力を感じる。パンツの声を聞く事も可能な可能性が無い事も無いような、やっぱり無いような」

「いや無いでしょ。ニアだってどう考えても無いと思ってるでしょ」

 

 ニアの言葉にキュピーンとインスピレーションを得た十夜は、それに便乗する事にした。

 乗るしかない、このビッグウェーブに!

 

 十夜はコホンと一つ咳払いをしたのち、キリッと表情を作ってクルカに詰め寄る。

 

「何を言っているんだクルカ! 頭のネジのゆるさでお前にかなう奴なんているもんか! この町を救えるのはお前だけだ。さぁ、はけ! はくんだ、伝説のパンツを!」

「ええー!?」

 

 ガクガクとクルカの肩を揺さぶるが、クルカが乗り気になる気配はない。

 当たり前である。

 

 十夜は悲壮感溢れる表情でがっくりうなだれ、地面に手を突き絶望した。

 

「なぜだ、なぜかたくなにパンツをはくのを拒絶するんだ……そこまでしてパンツをはきたくないのか。そんなにノーパンがいいのか」

「誰がノーパンだ。殺すぞ」

「でもこの前ロッカーの中でノーパンになっ……ぐえーっ!?」

 

 こめかみをグリグリされた。地味に痛い。

 クルカさん、本気で怒っていらっしゃる。

 

「何をするんだ、痛いじゃないか」

「あんたならこれくらい平気でしょ。これは警告よ。次は魔法を撃つ」

「すみませんっしたー!」

 

 十夜はジャンプ・イン・ザ・スカイ、空中を飛翔したのち地面へと頭を擦り付ける。

 見事なまでのジャンピング土下座だった。

 

 

 だが、十夜はまだ諦めない。

 勢いで乗り切るのが駄目なら、下から攻める。

 クルカはチョロイ。アホの子を言いくるめるなんて、赤子の手を捻るより簡単な事だ。

 

「でも事態を悪化させてしまった以上、手は尽くしてみるべきではないか?」

「うっ」

 

 効果はばつぐんだ!

 チョロイ、チョロすぎる。大丈夫かこいつ。

 

「むむむ、たしかにパンツに炎属性を付与してしまった責任が……そう言われると仕方ないか……? ち、ちょっと試すだけだからね? 駄目だったらすぐ脱ぐからね?」

 

 しばらくウンウン唸っていたクルカだが、やはりお馬鹿な方に流れて行った。

 馬鹿の考え休むに似たりとはよく言ったものだ。

 はくのはともかく、駄目だったら脱ぐというのはどういう発想なのか。ノーパン宣言なのか。

 やはりこの娘は変態だ。まったく、度し難い。

 

 

 

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