第18話 ぱんつの飛来した町

 

 

 その日、人類は思い出した。

 どんなに飾り立てても堂々と表舞台に立つ事のできない、パンツの屈辱を。

 

「パンツの大群がこの町に迫ってきております。冒険者の皆さんは迎撃をお願いします」

「ふざけてんのか」

 

 ざわめきで支配されている冒険者ギルドにて、十夜は半眼で呻く。

 突如として空に現れたいやらしい雲……パンツの大群により、町は混乱のるつぼに叩き落とされていた。いやらしい雲と表現したが、パンツは老若男女のブツを問わず飛翔している。むさ苦しいおっさん、しかも長期間洗っていないであろうパンツに襲われるなど恐怖以外の何者でもない。

 冷や汗が出るのを隠せない冒険者達に向けて、冒険者ギルド受付嬢が声を張り上げる。

 

「隣の町は既に襲われ、甚大な被害を出したそうです。パンツは道行く人々に襲い掛かり、自身をその頭部に無理やり装着させたとの事。そしてしばらく寄生したのち、その者のパンツと共に再び空へと去って行ったと……あ、一つだけ補足情報を挙げます。被害者より。とても臭かった。以上です」

 

 そんな要らない情報を貰った後、冒険者達は各々の武器を手に町の外壁へと向かって行った。戸惑いつつも意外と冷静な行動である。もしかして、パンツが襲ってくるのなんて日常茶飯事なんだろうか。

 

「デンジャーだぜ、異世界……おぱんつまで群れをつくり人を襲うか」

「私も初めて聞くけど」

 

 例によっていつの間にか現れたクルカ。

 最近やたら会う気がする。偶然だろうか、必然だろうか。

 

 とりあえず、おパンティについては彼女も知らないらしい。しかしこいつは基本アホの子なので信用できない。

 十夜はちらりとニアに目線を向けた。このババァなら何か知っているだろう。十夜の視線に気づいたニアは、少し考えた後に返答を返す。

 

「付喪神の類じゃろうな。基本的に悪い奴ではないが、怨念が込められた物が集まるとこうして暴走する事がある。今回はパンツに取り憑いた奴が暴走したようじゃ」

「なんか色々とひどい」

「ああー、付喪神か……確かにポルターガイストみたいな事を起こすことはたまにあるけど、なんでパンツなのかしら」

 

 クルカは少し考え込むが、考えても仕方ないとばかりにバッサリ思考を切り捨てた。

 考えたってしょうがない。脳筋なのでしょうがない。

 

「ま、いいわ。町へ襲撃してきた輩の始末は報奨金が出るし、とにかく数が多いみたいだから金にはなる。けっこう美味しいかもしれない」

「確かに金にはなるの。それに十夜よ。お主、パンツを集めるのは得意じゃろ? いつもの調子でパパっと集めてしまえ」

「とんだ風評被害だよ。俺がいつパンツを集めた」

「この前、付録にパンツが付いた悟りの書を」

「よしパンツの事なら俺にまかせろ」

「えっ、何? 悟りの書って、賢者になれるっていうあの伝説の?」

「いくぞニア! 最も多くのパンツを狩るのは俺達だ! 守銭奴なんかに負けてたまるか!」

「おおー」

「ちょっと待って。すんごい気になるんだけど!? あと守銭奴呼ばわりはやめて!」

 

 十夜は、クルカを放置して駆け出した。

 狙いはパンツだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「住民のみなさーん! 今、この町の郊外に万を越えるパンツが飛来しています。万翼ばんよくのパンツは住民を襲い、その頭部に謎の染みと臭いを付着させて回っているようです! 危険ですので戸締りをしっかりして、ぜっっったいに外に出ないようにしてくださーい!!」

 

 冒険者ギルドの職員が、住民に危険を訴えている。住民の慣れたもので、露天を開いていた連中も手早く商品を片付けると家の中に入り、扉にかんぬきを掛けた。

 そんな光景を背にしながら、多数の冒険者達が町の防壁付近で隊列を組む。十夜達もその中に並んだ。ちゃっかりクルカもいたりする。いつの間に。

 

「万翼のパンツ。なんだか、かっこいい響きかも。装備したらステータスがアップしそうな」

「むしろ呪いのアイテムっぽいが。無理やり寄生したあげく、パンツを奪って去っていくそうだし」

「パンツを奪われるのは嫌ね……全部焼き尽くさないと」

 

 ふんす、と鼻息を漏らしたクルカが燃えている。

 比喩表現ではなく、魔法の炎で体を覆っているのだ。パンツ対策らしい。

 

「いいなそれ。俺にも掛けてくれよ」

「残念ながら、体の表面を覆う魔力を常に変換し続けているだけだから人には掛けられないわ。抱き合うような姿勢を取り続けているなら、できなくもないけど」

 

 十夜はロッカー小便事件を思い出した。それでもいいからやってくれと言ったら本当にやりそうだ。こいつの距離間は意味がわからない。パーソナルスペースというものを理解していない節がある。

 こいつ、公衆の面前で高笑い上げたりできるくせに実は人付き合いが苦手なのだろうか。それとも変態なのだろうか。

 たぶん変態だ。

 

 

 

 と、そんな事を考えているうちに万翼のパンツ軍団はすぐそこまで迫ってきていた。

 パンツは羽ばたくようにその両翼をわきわきさせながら突撃してくる。意外と速い。十夜の目には、その一枚一枚の特徴すら見て取れるほどの距離だ。

 

 男性物のトランクス。女性者のショーツ。

 何故か一部に穴の開いたパンツ。くまさんぱんつ。縞々ストライプぱんつ。

 ふんどし。赤い。

 謎の黄ばんだ染みのついたパンツもある。

 ラスボスっぽいのもいた。後ろ側の染みの意味は考えたくない。あいつぁ強敵だ。敵に回すのは避けるべきだろう。

 

 

 そして、聞こえてくるのはパンツの鳴き声。

 パンツの鳴き声とか意味がわからないが、鳴いているのだから仕方が無い。

 このパンツ、泣いています。

 

「黄ばみー黄ばみー」

「蒸れが群れ群れー」

「縞パンー」

「はにほー」

「私の女子力は五十三万です」

 

「ちょっと待って。最後の方、なんか違うの混ざってなかった?」

「気にするでない。別に混ぜてしまっても問題はなかろう?」

「あるよ。問題あるよ」

 

 危険性を感じた十夜が、ニアに詰めかかる。

 ニアに詰めよってもしょうがない話なのだろう。だが何故だか、こういう類の問題は全部ニアが原因な気がする十夜だった。

 

 そんなやりとりをする二人を差し置いて、クルカが杖を構えて力を集中する。

 そしてドヤ顔でこう言った。

 

「ふふ、こういう相手は私の独壇場ね。ニアはともかく、十夜の馬鹿力は発揮されない。勝利は私のものだー!」

 

 馬鹿に馬鹿と言われたでござる。

 なんだか腑に落ちない感情を持て余す十夜。

 

 クルカはドヤ顔を維持したまま、抑揚の無い声で呪文の詠唱を開始した。

 光の粒子がクルカの周囲で不規則に踊り始める。揺れる光に照らされたクルカの横顔は、黙っていれば凄い可愛い。黙ってさえいれば。

 

「力を振るうは黒き者。全てを切り裂き、その身で焦がせ。うつわは破滅の酒で満たされた――レーヴァテイン」

 

 杖を真横に振りぬく。

 一拍遅れて、空が割れた。横一直線に広がる黒い炎。

 それは滲むように、湖の中に絵の具を垂らしたように。じんわりと空を侵食し、やがて空の半ばまでをも覆いつくした。

 当然、空に群れるぱんつ軍団も炎に巻き込まれる。

 

 さすがにニアのヴァーミリオン・フレア程ではないが、それでも尋常ではない威力。アホの子に持たせるには危険すぎる力だ。

 

「おおー、よく燃えておる」

「ま、布だしなぁ……一気に半分ぐらい燃えたんじゃないか?」

 

 パンツは業火に包まれ、消し炭と化していく。

 数は多いが、一匹一匹はただの空飛ぶおぱんつである。炎に包まれれば一分と持たない。

 

 

「あっ」

 

 三人が炎に包まれた汚い花火を見上げていると、クルカが変な声を上げた。

 一呼吸遅れて十夜も気づく。

 

 あ、ダメだこれ。

 

 

 

 空が落ちてくる。

 炎に包まれたパンツの群れが、落ちてくる。

 町に飛来したパンツ軍団は、炎の雨へと姿を変え町を襲撃。

 町は炎に包まれた。

 

「おおおおおお!?」

「うわー! うわー! うわー!」

 

 十夜とクルカは悲鳴を上げつつ、降り注ぐ雨から身を守った。

 二人は一息で数百のパンツを打ち落としたが、さすがに町中をカバーする事などできやしない。

 恐る恐る町のほうを振り返った二人が見たのは、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 

 

 

「どおおおおおお!? 熱いぃぃぃぃぃ!?」

「かかか火事だぁぁぁぁぁ!!」

「この魔法を使った奴は誰だぁ!」

「馬鹿じゃねぇの!? パンツ頭にかぶるほうがマシだぞ!」

 

 慌てて出てきた町の住人達が道にあふれ出し、必死に消火作業にあたっている。幸いレンガ造りの建物は燃えはしないようだが、物置やら家畜小屋やらは木製。火は致命的だ。

 狭い路地などは、あふれた人や崩れた荷物のせいでろくに身動きも取れない。つまりは、援軍が駆けつける事もできない。

 仮に道が空いていたとしても、冒険者達の方も襲い来るパンツ(炎属性)に手一杯だったため、救助はできなかったかもしれないが。

 そして混乱の中、冒険者の防衛ラインを飛び越えた第二波おぱんつ軍団が町の住人達へと襲い掛かる。

 

「うわっ、パンツだ。パンツが来たぞ!」

「ちょ、やめ……くさっ!? めっちゃ臭い!?」

「お前。その茶色い染みは、まさか……く、くるな。来るんじゃない! ぐわぁぁぁぁぁぁっっ!?」

「ギャァァァァァム!!」

 

 

 

「あわわわわわ……!?」

「地獄だ……この世界は、地獄になってしまった」

 

 ガクガク震える体を抱え、十夜は目に絶望の色を浮かべる。

 やはりアホの子に強力な力を与えるのは危険だ。ニアもクルカも、その力を振るって良い結果が出たためしがない。

 自らが斬り落とした山に潰されかけた男、十夜は自分の事を棚に上げてそんな事を思った。

 

「目を逸らすな十夜よ、前を見るのじゃ。これがこの世界の真実――今こそ話そう、お主をこの時代に復活させた理由を。お前は」

「小芝居はいいから、こっち手伝ってー!」

「いや小芝居ではなく、儂は真面目な話をしようとしておったのじゃが」

「え、この流れで?」

 

 涙目で水魔法を広範囲に散布しているクルカ。しかし襲い来る炎のパンツを必死に回避しているため、遅々として作業が進まない。

 ていうか、パンツの脅威度が上がっている。ただ臭いだけのパンツの方がマシだ。

 

 十夜はクルカの元まで駆けつけると、襲い来るおぱんつの群れを手にした剣で斬り刻んだ。素人まるだしの剣術。しかしスピードが並ではないため、それなりに様になっている。

 

「またつまらぬものを斬ってしまった……」

 

 いや、本当に。

 十夜は溜息をついた。

 

 脅威から解放されたクルカは、町全体に雨を降らせてパンツを鎮火する。

 なんだかんだで凄い魔法だ。扱うのがアホの子でなければ、素直に感嘆の声を漏らしただろう。

 アホの子が使った場合、溜息しか出ない。

 

 

 

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