第17話 良いこと思いついた。お前、ロッカーの中で小便しろ

 

 

 十分後。

 

 十夜とクルカは体を絡ませ、べっとりとした互いの汗の感蝕に包まれていた。

 

(……暑い。暑いぞ)

(ちょっと、あんまり動かないで。さすがにそろそろどっか行くでしょ)

 

 ロッカーの上に腰を落ち着けている男は、いまだ鼻歌を歌いながら今後の予定を立てている。

 だが、確かにそろそろどこかに行きそうな雰囲気だ。

 若干残念な気持ちもあるような、無いような。

 

 扉側を床に接触させている状態のロッカーは、一切の光が入ってこない。二人は闇に包まれている。

 十夜の体中にいろいろ柔らかい感蝕が走っているが、当然何がどうなっているかはわからない。

 クルカの方も同様だろう。先ほどからおっぱいやお尻に手を添えてその感蝕を楽しんでいるが、特に何も言ってこないのがその証拠だ。

 

 ここは天国なのか、それとも地獄なのか。

 それとも、天国と地獄は紙一重の存在なのか。

 なぜ、人類には腕が二本しかないのか。

 おっぱいが二つなのは、人類の腕が二本だからなのか。

 

 

 と、十夜に体を乗っけていたクルカが急にもじもじとしはじめる。

 急にどうしたのだろうか。

 

(あっ、くぅ……やばい、漏れそう)

(……えっ?)

 

 何だそれ。

 もしかして自分のセクハラ行為に気づきつつも受け入れており、興奮で「もうらめぇぇぇ」な状態になっているのだろうか。ヘブン状態になっているのだろうか。

 

 そんな事を十夜は思うが、それは当然十夜の勘違いである。

 十夜の思い描くお花畑な現実など、この世のどこを探したって見つかりはしないのだ。

 

(トイレ。トイレが! やばい!)

(ちょ、お前!? やめろ、今お前に噴水をぶちまけられたら下にいる俺がピンチだ)

(出さない、出さないから! ……あ、やっぱ駄目かも。限界が近い)

(おいぃぃぃぃ!? 諦めるなよ、信じろよ! 自らの膀胱の力を!)

(もう駄目。無理。信じる心は永遠に失われた)

(ふざけろ、てめぇ牛乳飲みすぎなんだよ! なんなの? 大きくなりたかったのこのちびっ子は? なんで一リットルパック飲み干してんだよ! 牛乳飲んだら背が伸びるとか迷信だから! 都市伝説だから!)

(べ、別におっきくなりたかったわけじゃないし! それしか置いてなかったのよ!)

 

 切なげな吐息を、十夜の耳元で漏らすクルカ。

 内容が「今からお前の上で小便漏らす」でなければ、十夜も嬉しかった。

 

(安心して。空間魔法を使えば排泄物を別の場所に飛ばせる。一人で長時間張り込みをするようなぼっちには必須のスキルよ。大丈夫。何も問題は、ない)

(問題しかねぇよ! あと、この世界のぼっちはみんな空間魔法を習得してるの? レベル高すぎだろ!)

 

 本当にやばいのか、焦った様子でごそごそと何事かするクルカ。

 たぶん、パンツを脱いでいるのだろう。

 慌しく動く足が十夜の股間を刺激する。

 

(あっ、待て。それ以上の刺激を与えてはいけない)

(待てない! もう我慢できないの! 出す、出すからぁ!)

(うっ!?)

 

 最後の一息か。おそらく脚からパンツを引き抜いたであろう動き。

 太腿が十夜の体に激しく擦り付けられる。

 もうだめだ。こんなの絶対おかしいよ。神よ、我が迷える魂を救いたもう。

 

(あ、はぁぁぁ)

 

 クルカの熱い声。

 わずかにチョロチョロという水音が聞こえてくる。

 

(ふぅぅぅぅ……)

 

 水音は勢いを増していく。

 しゃあああという排泄音を聞きながら、十夜はこの世の無常について思案していた。

 それは、さながら悟りを開いた賢者のごときたたずまい。

 世界には、どうしてこんなにも愛が足りないのだろう。

 十夜は、一周回って冷静になっていた。

 

(なんだこれ……どんなプレイだよ……)

 

 十夜は溜息をついた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おっと、一服しすぎたか。そろそろ行かねぇと」

 

 十夜達が隠れているロッカーに座り一服していた窃盗団の頭領は、慌てて立ち上がる。

 彼の部下は基本的にお馬鹿だ。脳筋だ。指示を出し続けてやらねば、余計な事をしでかすに決まっているのだ。

 いったん脱いでいた覆面を再び被ろうとしたが、ふと思いつき後ろを振り返る。

 

「しかし、ロッカーって意外と椅子に向いてるかもな。集合場所に椅子がないの、気になってたんだよなぁー。全員ずっと立たせてるのも何だし、これ持ってくか……あれ、なんか重」

 

 と、腐った床がメキメキと音をたてて陥没し、ロッカーが転がった。

 開いた扉から出てきたのは、汗びっしょりで赤い顔をした若い男女。もうべっとべとだ。

 女の方はなぜかパンツを手にしており、男の方は悟りを開いた菩薩のごとき表情をしていた。

 

 突然の状況に、窃盗団の男も目を白黒させて停止する。

 なんだこれ。どんな状況だ。

 

「……あ、窃盗団の頭領?」

 

 ぱんつ女にそう声を掛けられ、思わず素直に頷いてしまう。

 すると少女は立ち上がり、キメポーズを取りながらこう言った。

 

「ふっははははは、見つけたぞ! 窃盗団の頭領よ。この私に見つかったからには、お前の悪逆非道な行いもここまでだ! 大人しくお縄に……あ、ちょっと待って。パンツはくから」

「あ、はい」

「新鮮な空気ってのは、美味しいもんだなぁ」

 

 いそいそとパンツをはく少女と、あぐらをかいてボーっと空を眺める少年。

 もうわけがわからない。

 

 やがて、ぱんつをはき終えた少女が再びポーズをとり、ビシィっと頭領の方を指差す。

 

「とにかく……人が隠れてるロッカーの上で散々いかがわしい性癖を暴露してくれた変態め。この私が成敗してくれる!」

「え、ええー?」

 

 頭領は、何か言いたげな目を少女に向けた。

 その目は、「変態に変態呼ばわりされたでござる」と如実に語っていた。

 

「天知る、地知る、人ぞ知る。当然私も知っている! この世に悪の栄えた試しなし! 喰らえ、ドリルブレイク!」

「ぐべぇっ」

 

 こうして頭領は、変態共に襲われお縄に付いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「聞いたぞ十夜、お手柄だったそうじゃな。ああー、儂も行くべきじゃったかのう? さぁ、お前の武勇伝を聞かせてくれ……あれ、どうした十夜? おーい、十夜ー?」

 

 その日。

 十夜は宿に着くなり無言のままベッドに横たわり、そのままぐっすり眠った。

 

 そして、ピンク色の夢を見た。

 

 

 

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