第16話 おっぱいという名の吸音材

 

 

 窃盗団のアジトに潜入した十夜は、ドアに耳をはりつかせた。

 どうやら、大広間的な場所にほとんどの人間は集合しているようだ。

 

 だが、ボスがいる確証は持てない。

 もうめんどくさいから全員ぶちのめしちまおうぜーという気持ちが再びむくむくと立ち上がってくる。

 せめて、ボスの名前さえ割れていれば鑑定能力でどうにかなったのだが。

 

「いい事を思いついた。連中の覆面を奪いましょう。そうすれば、何食わぬ顔で連中の中に紛れ込む事ができる」

「お前鏡見てものを言えよ。連中、どう見ても全員男だぞ」

「……ふむ、十夜はともかく私は無理か」

 

 こそこそと無計画な会話を繰り広げていると、十夜達の背後からかすかに扉が開く音が聞こえてきた。

 これは、アジトの入り口が開いた音だ。また別の連中がアジトに戻ってきたのか。なら、この場所にいるのはまずい。目的地は間違いなく、今十夜が耳を押し当ててる扉の中だ。

 

「げっ、ちょ。タイミング悪い!」

「隠れるわよ!」

 

 十夜達は慌ててその辺にあった扉を開けて、部屋の中に飛び込む。

 どうやらここは元々更衣室だったようだ。ほとんど廃墟と化しているが、朽ち果てたロッカーが数台倒れているのが見えた。

 じめじめしていて微妙にカビ臭い。木製の床が腐っている。倒れたのは、床が崩れたせいか。

 

「ここだと、扉を開けられただけで見つかるか……あ、いい隠れ場所がある。ここに隠れましょう」

「……え、ちょっと待って。ここに二人で隠れるの?」

「つめれば余裕余裕。さぁ早く!」

「えっ、ちょ。ええー?」

 

 十夜は強引に手をひかれ、唯一まだ立っていたロッカーの中に二人で潜りこんだ。

 そうとう無理がある。狭い。あとなんか色々と問題がある。

 

「いや……問題なんてないのかもしれないな。このまま身を任せてしまっていいのかもしれないな」

 

 体に感じるのはあったかいくも幸せな感蝕……率直に言うとおっぱいの感蝕。絡まった足からもクルカの体温が伝わってくる。首筋に当たる髪の毛の感蝕がこそばゆい。肩や腰はずいぶんと華奢だ。かすかに石鹸の匂いを感じる。バイタリティ溢れているとはいえ、やはり女の子という事か。

 

 クルカは背伸びして、ロッカーに空いた穴から外を覗き見ている。

 

「このロッカーの穴って何のためについてるのかしら。こうやって外を覗くためかしら……ずいぶんと親切な設計よね」

 

 普段の十夜ならば何か突っ込んでいた所だが、余裕がないため言葉が出てこない。

 突っ込むとか卑猥な言葉だよなぐらいしか頭に思い浮かばない。

 

 テンパった十夜は、腰を落としてロッカーの空気穴から外を覗いた。

 別段外を見たいと思ったわけでもない。とりあえず何かしないと落ち着かなかったのだ。

 腰を落としたせいで二人の体がこすれる。そして、同じく狭い穴から外を覗いていたクルカと頬が接触した。十夜の唇にかかるのは、あたたかい吐息。

 

 感極まった十夜のわがままマイサンが、股間にバベルの塔の建築を始めた。

 だが、まだ余裕はある。目に見えぬ地下の土台を建築する範囲で収まっている。

 これ以上何かあったら、社会の窓を突きぬけ地上に顔を出してしまうかもしれないが。

 

「どうやら、気づかれてはいないようね」

「そうだな」

 

 足音が部屋の前を通り過ぎていくのを聞き届け、二人は安堵の声を漏らした。

 

「さて、これ以上手をこまねいていても得られるものはないだろう。もういっその事」

「あっ」

 

 ロッカーの扉に手を掛けたクルカが、十夜の声を遮り不吉な声を上げた。

 もうお決まりのパターンだ。何かトラブルがあったのだろう。状況的にはTo LOVE……これ以上は危険だ、やめておこう。

 

「十夜、十夜。ちょっと相談したい事があるんだけど」

「なんだ。言わなくてもわかるが言ってみろ」

 

 おっぱいをぐいぐい押し付けてくるかわいい女の子を胸に抱き、十夜は冷静な声を上げた。

 反面、十夜の下半身は塔の建築を急ピッチで進めていた。このままでは地上が危ない。社会の窓が大ピンチだ。

 

「扉が開かない」

「……まぁ、歪みまくってたしな。つっても、たかがロッカーだろ? 力ずくで開けてやれば……おお?」

 

 十夜が力を込めると、なんだかくらっと眩暈のような感覚に襲われる。

 いや、これは眩暈ではない。視界が塞がれているのでわかりにくいが、自分たちの体が斜めに倒れつつあるのだ。

 

「あ、やばい」

 

 人々の魂が地球の重力に囚われるように。たわわなおっぱいが重力に惹かれて、ぽよよんロックンロールするように。ロッカーもまた重力に惹かれる。当然の事だ。

 十夜達の隠れていたロッカーはそのまま倒れ、地面にビターンと打ちつけられた。

 

「ふぎゅっ!? い、痛った……鼻打った……」

 

 衝撃で色々崩れ落ちたのか、周囲からはドンガラガッシャーンと盛大な物音が巻き起こっていく。

 とんだピタゴラスイッチだ。ふざけろ。

 

 

 バタバタと慌しい足音が集団で迫ってくる。

 窃盗団の連中が音の出所を調べにきたのか、あるいは逃走でもしようとしているのか。おそらく前者だろう。

 

「なんだっ、何の音だ!」

「こっちから聞こえたぞっ」

「ものども、であえであえーっ!」

 

 あっという間に十夜達の隠れているロッカーの周囲は、窃盗団に囲まれた。

 空気穴がある面が地面に接しているため全く周りは見えない。しかし、すぐそばを複数の人間が歩いているのは音と振動でわかった。

 

「だ、誰もいないぞ?」

「でも明らかにこの辺に積み上げてたものが崩れ落ちてるよな……って、おおおお!?」

 

 ベキベキという音と共に、野太い悲鳴が聞こえる。

 おそらく、腐った床に足を食われたのだろう。

 

「げっ、床腐ってるじゃねえか! そりゃ崩れもするわ」

「サツが来たわけじゃないのか……でも一応念のため、お前ら周辺の見回りしてこい」

「へい、了解しました!」

 

 一番年齢を重ねていそうな声の主が号令を出すと、それ以外の者達の足音が部屋から遠ざかっていく。

 幸いにも、十夜達に気づいている奴はいないようだ。

 

 

「ふぅ、焦った……今日はたっぷり働いたし、ちょっと休憩するか」

 

 そして、ドンという衝撃が十夜達に伝わってくる。

 唯一残った男が、十夜達が隠れているロッカーに腰を落としたのだ。

 

(ええええええ、ちょ。お前! 休憩するならどっかいけよ!)

(しっ、十夜静かに! ここは我慢の時よ。奴がどこかに行くまで耐えるのよ)

 

 唯一空いた穴が床に設置しているため、十夜達は真っ暗闇に包まれている。

 二人は闇の中、息を潜めて様子を伺った。

 

「へへっ、今日の稼ぎはーっと……お、こいつ結構持ってやがったな。銀貨七枚か。逆に、あのデブはケチくせぇな。銅貨しかねぇし……うお、娼館のカードがすげぇ。こいつ有名所はほぼコンプリートしてやがる! "尊敬"に値するぜ、こいつはよォー」

 

 十夜達の真上で、今日の成果の確認を始める窃盗団。

 独り言の内容から察するに、財布か何かの中身を確認しているのだろう。

 

(……あ、やばい)

(何? どうしたの?)

 

 十夜の焦りの声。

 鼻先をクルカの髪がくすぐり、堪えようの無い感覚が十夜を襲う。

 具体的に言うと、死ぬほどくしゃみしたい。

 

(ちょおおおお、我慢しなさいよね!)

(いや、そうしたいのは山々だが……へっ、へっ)

 

 音をどうにかして抑えようとした十夜は、無意識のうちに手近にあった柔らかいものに顔を押し込んでくしゃみを漏らした。

 柔らかい吸音材のお陰で、ほとんど音は漏れなかったようだ。

 

(あ、この吸音材いいな……音以外の物も吸いつけてやまない魔性の素材……)

(ば、馬鹿! あんた何してんのよ!)

 

 十夜はクルカのおっぱいに顔をうずめていた。

 緊急避難的には、やむにやまれぬ状況という奴だろう。裁判でも無罪判決がなされるはずだ。

 

「あー、これ見てたらなんかムラムラしてきた……高級店は無理でも、ソフトな所ならなんとかなるか? おっぱいビンタでもしてもらうか?」

 

 そんな変態的な性癖を暴露する窃盗団員。(三十八歳、バツイチ。浪費癖がやめられず妻に愛想を付かされた中年男性)

 そして、その変態の足元でおっぱいの攻撃力を体感している十夜。

 

 

 このカオスな状況は、まだまだ始ったばかりだった。

 

 

 

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