第15話 君のアホ面には心底がっかりさせられる

 

 

 冒険者ギルドから宿への帰り道。

 十夜は一人、途方に暮れていた。

 

「魔物退治の依頼がない……」

 

 十夜ができる事など、天から降ってきた脳筋パワーを振りかざして敵をボコボコにするぐらいである。

 高ランクの魔物が出てくれば一攫千金も夢ではないが、そもそもそんな危険な魔物が住んでいるところに人は町を造らない。

 つまりは、町周辺にそんな魔物はいないと言うことだ。

 

「なんということだ……これでは娼館に行くなんて夢のまた夢。これもあの魔法使いのせいだ。たった一週間で……くそっ、あいつが魔物を狩りまくるからこんなことに!」

 

 十夜は、可愛いアホの子ことクルカに対し、怒りをあらわにした。

 クルカはたった一週間で町周辺の魔物を狩りつくしたのだ。

 

「おかしいだろ! あいつ、ロボなの? 対人制圧用多脚戦車か何かなの?」

 

 ちなみにこの十夜さん。クルカに負けず劣らず自分も魔物を狩りまくっていたことに気づいていない。なにげに二人は同類であった。類友であった。


「もういっそのこと、町中で力仕事でもするか……? 安宿に泊まらないと収支マイナスになるけど」

 

 うつろな目をしながら町を歩く十夜。

 その視線は、いつもの如く女性に惹きつけられる。ピコピコ動く獣耳少女の耳や尻尾に吸い寄せられる。

 ふさふさ。ふさふさ。

 

「あー、女の子にいやらしい視線を向けてるだけでお金が貰えるような仕事ないかなぁー」

 

 駄目人間が誕生した。

 なんかもう、色々と駄目だった。

 

 

 

「ふっははは。ふはははははは! お困りのようだなっ」

 

 と、高笑いが周囲に響く。

 三角帽子に漆黒のマントという、いかにも魔法使いですという格好。茶色い髪に、小柄な体。アホの極みのような発言。

 木の上に仁王立ちするというバカのお手本のようなポーズで現れたのは、当然クルカだ。

 先回りして待ち構えていたのだろうか。十夜が曲がり角を曲がっていたらどうする気だったのだろうか。

 きっと、涙目になってもう一度先回りしたのだろう。

 

「なんだ? お前をいやらしい目で見たらお前が俺に金をくれるのか?」

「そうだ、私をいやらしい目で……いや、なぜそんな事をしなければならない」

「なぜって、なんか俺の望みをかなえてくれそうな登場の仕方だったし。それにお前」

 

 十夜は、眩しいものを目にしたかのように目を細めた。

 素晴らしい光景だ。この情景は、心に焼き付けておかなければならない。十夜は、決してこの日この時を生涯忘れる事はないだろう。

 

「パンツ見えてるぞ」

「えっ? ちょ、待って……え、見た?」

 

 その場にしゃがみこみ、スカートの裾を抑えてこちらの様子を伺うクルカ。

 毎度の事ながら、速攻で素に戻っている。もういい加減、キャラ作りなんて止めればいいのに。

 

「もうバッチリ見えた」

「ぐ、ぬぬぬ……」

 

 十夜は歯をキラッと輝かせ、親指を立てる。非常にいい笑顔だった。

 その糞イラつく笑顔を恨みがましい目で見ていたクルカだが、「しばっ!」という謎のかけ声と共に復活を果たし、十夜の横にひらりと着地する。

 ちなみにパンツは見えなかった。普通、空中から飛び降りたらスカートがまくれ上がるのではないだろうか? わからない。理解不能だ。

 

「まぁそれは置いておいて。私のライバルたるあなたが困っているようだったから声を掛けたのよ。ふふ、敵に塩を送るなんて、私も人間できてるわよね」

「誰がいつお前のライバルになったんだ」

「何言ってるの。あなた、私と同じくらいのペースで魔物を狩っているらしいじゃない。これは私への挑戦と受け止めたわ」

「知らんがな」

 

 やたら絡んでくると思ったら、そういう事かと十夜は納得した。

 ライバルというより、構って欲しいみたいな空気を感じたが。

 まるで、少し遊んでやっただけでやたら懐いてくる子犬のような。

 

「実力の程は合格ね。とはいえ貴方は新人……この業界の仕事については知らない事が多いでしょう。私と対等になるには、まだまだ経験が必要ということ」

「いや、別に対等にならなくても――」

「ちょうど今いい仕事があるのよ。ほら、これよっ!」

 

 こいつ聞いてねぇ。

 なぜ自分の周りにはこんな女の子しかいないのかと十夜は嘆いた。心に潤いが必要だ。

 十夜は視線を下げた。クルカのたわわなおっぱいが目に入る。

 

 十夜は集中した。時間の流れすらゆっくりになったかのような錯覚。

 止まった時の中で、十夜はクルカのおっぱいをガン見する。

 実際は一瞬の出来事。だが、体感としては数十秒。十夜はじっくり心の洗濯を行った。

 ああー、心が清く正しく洗い流されていくんじゃぁー!

 リフレーーーーッシュ!!

 

 あと、ついでにクルカが突き出した紙にも目をやる。そちらに割く時間はコンマ一秒にも満たない。

 見た感じ、手配書のようだが。

 

「んー? 窃盗団のリーダー……懸賞金、金貨十枚だとっ!?」

 

 十夜は手配書を両の手で握り締めた。

 金貨十枚。銀貨にすれば百枚。二ヶ月分ほどの生活費になる。娼館に行く事だって余裕で出来る。

 十夜は金に飛びついた。むしゃぶりついた。

 

「我ら二人ならこの程度の仕事、造作も無い! さぁ、この手を取れ。十夜よ! ……あっ、やめろ! 私の手にむしゃぶりつくんじゃない!」

「ペペロペーロペロ。……あれ。でも町の警備隊でも見つけられないんだろ。そんな奴を俺たちが見つけられるのか?」

「ふふ、そこは抜かりないわ。このクルカ様を甘くみない事ね」

「何か手があるのかスネーク!?」

「誰がスネークよ」

 

 クルカが何かの魔法を発動する。

 すると、空中に矢印が浮かび上がった。なんぞこれ。

 

「この前盗まれた私の財布、中に目印が入ってるのよ。だから、どこにあるかもわかる。そしたら、窃盗団のアジトを見つけたってわけ。元々はダンジョンで迷わないように作った魔法だったんだけど、まさかこんな所で役立つとはね」

 

 財布を窃盗団に盗まれる魔道王。

 確かに十夜はクルカの事を甘く見ていた。こいつぁ想像以上にアホの子だ。

 

 だが、手がかりがあるというのは良い。

 何のつもりでライバルと認識している相手にあっさり情報を渡すのかは全くもって不明だが(アホの考えなど読む気にもなれない。逆に汚染され、こちらの方が脳みそぷーになってしまう)、せっかくなので窃盗団の逮捕に協力し、分け前を頂く事としよう。

 

「凄い魔法だな。なるほど、俺とお前が組めば最強タッグの完成というわけか!」

 

 十夜は心にも無い事を言った。調子に乗って自分も持ち上げてみる。

 それを聞いたクルカは「ふんす」と鼻息を漏らした。

 なんというチョロさ。大丈夫かこいつ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 二人は窃盗団アジト近くの廃屋に入り込み、アジトの観察を続ける。

 窃盗団が数名アジト内にいるのはわかっているが、狙いはボスだ。

 ボスがいると確実にわかってから突撃し、窃盗団員を粉砕玉砕大喝采すべきだろう。

 

 だが、十夜は小一時間ほどで早くも飽き始めていた。

 子分達を捕まえただけでも多少の報奨金は出るんだし、もうそれでいいんじゃね?

 

「そんなこころざしでは先が思いやられるわ。夢はでっかく、お金はいっぱい! それが私のモットーよ」

「さいですか」

 

 守銭奴呼ばわりされるクルカだが、お金は沢山稼いでいるはずである。

 こいつは、いったい何のためにそんな金を稼ぐのか。

 

「……ふと思ったんだが。これ、二人必要なのか? というか、俺は必要なのか?」

「何を馬鹿な。こういうのは二人で張り込むのがお決まりなのよ。でないと、暇な時にあんぱん買いにいけないでしょ」

「何言ってんのお前」

「張り込みにはあんぱん。常識よ」

「お前に語られる常識が哀れだよ」

 

 手にした牛乳パックをストローでちゅーっと吸い上げつつ、クルカはあんぱんを頬張った。

 リスみたいで可愛い。

 

「それに、ほら、あれよ。一人だと寂しいじゃない?」

「そうか?」

 

 口に出してみて、確かにそうかもしれないと十夜は思いなおした。

 一人ぼっちで世界を彷徨ったのは数ヶ月程度だが、確かに最初の一月ぐらいは寂しかったような気がする。人が恋しく、愛しかった気がする。

 その頃に誰かまともな人と出会っていたら、泣いて抱きついていたかもしれない。

 十夜がそんな思い出を振り返っていると、クルカがもじもじしながら続きを語り始めた。

 

「わ、私は一人の仕事は慣れてるし、いつもの事だけどっ。でもせっかくだし、二人で居たほうがいいじゃない?」

 

 さらっとそんな寂しいぼっち宣言をするクルカ。

 十夜的にはぼっちの辛さなど、もはや超越している。それは我々が二千年前に通過した場所だッと堂々と公言できる。

 ただ、共感できなくもない。少しだけこのアホの子が哀れになった十夜は、クルカと行動を共にする事とした。

 

「そうだな。一人ぼっちは、寂しいもんな」

 

 口に出してから、なんかどっかで聞いたセリフだなぁと感じた。

 たしか、まろやか☆マギカスイーツとかいう魔法少女漫画のセリフだったか。

 魔法のスイーツ(意味深)で悪の組織をリフレッシュさせていく、水戸黄門的なノリの子供向け番組だった。

 もしかしたら記憶違いがあるかもしれないが、だいたいそんな感じの物語だった。間違いない。

 

 

 

 しばらくして。

 怪しい集団がアジトの中に入って行った。

 

「いや、なんだよあれ。怪しすぎるだろ……」

 

 そいつらは、覆面で顔を隠していた。

 怪しさが極限点を軽々と突破している。……え、ギャグ? ギャグなの?

 

「怪しい。怪しすぎる。あんなんが町中を歩いてたら通報されるわ。なんであいつら捕まってないの?」

「え? 覆面ぐらい普通の人でもするでしょう?」

「うっそだろおい……」

 

 十夜の持つ常識の牙城が、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

 覆面が普通? この世界の住人は頭おかしいの?

 

 ちなみに、十夜も数日前には蝶仮面をつけて町中を走り回っている。

 だが、そんな事はもう忘れた。忘却の彼方だ。

  

「でも、あれじゃ顔が確認できない。ボスが居てもわからない、か」

 

 茫然自失とする十夜を放置し、考え込むクルカ。

 そしてすぐに目を輝かせ、いい事を思いついたといわんばかりに口を開く。

 

 十夜は思った。

 あ、これアカンやつや。

 

「これは、アレね……潜入捜査が必要ねっ。建物の中に忍び込むわよ!」

「お前は潜入捜査の意味を間違えて覚えている」

「よし、レッツゴー!」

 

 十夜は首根っこをひっつかまれ、ひきずられるようにして窃盗団のアジトへと進入した。

 クルカは人の話を聞かない。ニアよりはマシだが。

 

 

 

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