第12話 それを捨てるなんてとんでもない!

 

 

 館の中に入り、待合室に通される。

 意外と明るい。部屋を照らすのは魔法の光。

 綺麗に清掃された部屋は、十数人が入ってもなお余裕があるほど広かった。

 

 グレン達と獣耳少女達が、談笑しながらお茶を飲んでいる。

 ソファに座った十夜もお茶を貰ってはいたが、喉が渇くためすぐにすべて飲み干してしまった。

 まったく余裕がない。

 

 ちなみに、リーダー格であるグレンは二人の女の子をはべらせていた。

 普段の十夜なら、「う、羨ましくなんかないんだからねっ!」とツンデレ炸裂、激おこぷんぷん丸な視線を向けたことだろう。

 だが、熱烈にエロい女の子に引っ付かれた十夜はそんな視線を向ける暇などまったく無かった。

 視線のすべてを隣の女の子に吸収されてしまう。

 男にとって、かわいい女の子はブラックホール並みに危険な存在なのだ。

 

「お兄さんは、ここ初めてですよね?」

「あ、ああ」

 

 ハイパー童貞力を遺憾なく発揮した十夜は緊張でカチコチに固まっている。

 建立した五重の塔はいったん沈静化。

 勢いを失った童貞は、新兵のごとき情けなさを見せていた。フニャチンだった。軍曹殿に叱って頂きたい。軍曹殿ッ! 

 ああっ、軍曹殿ォ! 我輩、未知なる世界の侵略に励むであります!

 

 狼少女にツツツと指で体をなぞられ、ビクリと体を震わせる。この娘、的確に性感帯を嬲ってきよる。

 狼娘は完全に十夜をロックオンしたようだ。十夜をもてなしつつも若干嗜虐的な笑みを浮かべる少女。

 十夜の童貞オーラを感じ取ったのだろう。十夜は明らかに食われる側の人間だ。

 

「お兄さん……お茶より、もっといい事したいって顔ですね。飢えてますね。私にはわかります」

「お、おう」

 

 耳元で囁きかけられ、十夜は目を泳がせた。

 吹きかけられた息がこそばゆい。ああ、なんでこんなにこの娘に近づかれるとドキドキするんじゃー!

 十夜の心は爆発一歩手前だった。

 

「いいですよ? 襲ってください。私、激しく攻められるの大好きなんです。さ、二人っきりになれる所にいきましょうか」

「ふおおおおーッッ!?」

 

 十夜の心は爆発した。

 必ず、溜まりに溜まった欲望を発散せねばならぬと決意した。

 震える手で獣耳少女の二の腕に触れる。

 

「やん……コラ、ここじゃ駄目ですよ。恥ずかしいです」

 

 ふにょっとしていた。柔らかかった。すべすべしていた。

 女の子の体は、どうしてこんなにエロいのか。男心をかき乱すのか。神秘だ。

 

 半ば引きずられるようにして、十夜は小部屋へと引っ張り込まれる。

 部屋にあるのはベッドと小さなタンスのみ。

 もう、やる事は一つしかないという部屋だった。

 

「お兄さん、もう我慢できなさそうだったから……お風呂は終わった後に、二人でゆっくりと入りましょうか」

 

 そう言って、服に手を掛ける少女。

 パサリと落ちた服が床に広がる。少女は十夜に手を伸ばしてきた。

 

「さ、服を脱いでください。……ふふ、それとも私に脱がせて欲しいですか? やらしいお兄さんですね」

 

 少女の手が十夜の体を撫で、服を脱がしていく。

 触り方がエロい。どうしてこの子はこんなにエッチなのか。

 十夜は我慢できず、少女の体に手を伸ばした。

 

 

 

 その時だった。

 

「やべぇ、サツだ!」

 

 大きな声が響き渡ると、屋敷の中が騒がしくなる。

 獣耳娘は十夜から手を離す。

 そして手早く服を着つつ、十夜に警告した。

 

「すみません、サツです。ずらかりましょう」

「え? え?」

「さ、行きますよ!」

「ええー?」

 

 十夜は、再び狼娘に引きずられていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「この店、モグリだったのか……」

「ああ。一時期あまりよろしくない時代があってな。それから、こういう店には厳しい監査が入るようになったんだ

「マジか……」

 

 十夜、再び犯罪者堕ちの危機である。

 もはや、オークに襲われる女騎士より定番のパターンだ。

 こういう星の下に生まれてきたのかもしれない。

 

「つっても、もう名目上のもんだけどな。監査が通るのは、高い上納金を払っている店だけ。中身なんて関係ねぇ。連中、金の匂いを嗅ぎ付けたらハイエナみたいに寄ってきて、有り金全部を巻き上げていきやがる」

 

 十夜達は店の広間に集まり隊列を組んだ。ここで自警団を足止めする算段だ。

 

「おい、お前ら! 店の連中が全員逃げるまで時間をかせぐぞ! 普段世話になってるんだ。気合を入れろ!」

「おおー!」

「俺の心のオアシス、潰させはしないぜ!」

「やってやらぁ!」

 

 手を振り上げて気合を入れるグレン達。その顔には蝶仮面をつけている。正体がばれないようにするためだろうが、なぜ蝶仮面なのか。他の選択肢はなかったのか。蝶サイコーなデザインが人を惹き付けてやまないのか。

 気にはなったが、ひとまず無駄な考えは捨てる。十夜も気合を入れた。あの狼娘とわんわんにゃんにゃんするまで、捕まってなるものか。

 

「来たっ! 食い止めろ!」

「うおおおおお!」

 

 扉を蹴破って廊下になだれ込んでくる自警団。

 十夜は、敵にぶっかけるために用意していた壷の中身をぶちまけた。

 中に入っているのは、ローションだ。

 

「うわっ!?」

「す、滑る!」

「くそっ、小癪な真似を」

 

 続いて十夜が手にしたのは、広間にあったソファ。

 人が二人寝そべっても大丈夫なぐらいの巨大なもの。

 

「くらい、やがれぇぇぇぇっっ!」

 

 十夜は手を振り切った。

 激しく横回転しつつ、ソファが警官達の中央に激突する。

 ローションにより踏ん張りがきかなくなっている警官隊は、ボーリングのピンのように弾けとんだ。

 

「おっしゃぁぁぁぁ、ドストライク!」

「良くやった新入り!」

「どんどん行くぞ。オラオラオラー!」

「あっ、貴様らやめろ! これ以上やるなら、罰金刑じゃすまないぞ!」

「知るかボケ! この天国を守るためなら、俺はこの魂をかけるぜ! デュエルスタンバイ!」

「トラップカード発動、死のタコ壷! 相手は死ぬ!」

「ぐわーっ!?」

 

 普段魔物達を相手にしているゴロツキ達である。

 訓練しているとはいえ、取り締まりが主業務である自警団に勝ち目はなかった。

 この世界では、体を鍛えるよりも魔物を退治しレベルを上げたほうが強くなる事の方が多い。

 冒険者が集団で訪れていたタイミングで取り締まりを行った、自警団側の落ち度であった。

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

「キエーッ!」

「ンアーーッ!」

「イィヤァァァーッ!」

「アバーッ! サヨナラ!」

 

 しめやかに爆発四散。南無阿弥陀仏!

 ニンジャ・ソウルめいたアトモスフィアをかもし出している空間は、自警団員達にとってまさしく地獄。

 次々と容赦なく家具が投げつけらられ、団員は次々と薙ぎ倒されていく。

 正義は勝つとはよく言うが、それは間違いだ。

 強いほうが勝つ。当たり前である。

 もしくは、勝った方が正義とも言う。

 

「よし、もういいだろう。野郎共、ずらかるぞ!」

「合点承知!」

 

 見事な動きで撤収するグレン達。

 それにならって十夜も撤収した。

 見事な連携だった。げに恐ろしきは、男の欲望か。

 十夜達は、エロのためなら命を投げ出せるお馬鹿だ。

 それが一糸乱れぬ連携を生み出した。

 馬鹿の一念、岩をも通す。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「やったな! 俺たちの桃源郷を守りきった」

「おう。しばらく地下に潜るだろうが、準備が整えば再び店を開いてくれる」

「監査が入ったって事は、他の店ももう店を畳んでるか?」

「だろうな。連中は横のネットワークが広いから」

「それまでは、クソ高ぇヤクザな店に行くしか無い……懐が寂しくなるな」

「俺は、店を開けてくれるまで禁欲するよ。金が無い」

「えっ」

 

 娼館から脱出した後。

 グレン達の会話を聞いて、十夜は驚愕した。

 ヤクザなお店以外はどこもしばらく店を畳むようだ。

 となると、十夜の童貞はどうなる?

 

「ちなみに、ヤクザなお店とやらのお値段はいかほどで?」

「ん? まぁ、一晩で金貨二枚からって所かな」

「たっけぇ」

 

 十夜の所持金は銀貨十二枚。銀貨十枚で金貨一枚となるため、銀貨八枚ほど足りない。

 それに、生活に必要な道具も色々足りない状況なのだ。チートパワーがあるため楽に稼げるとはいえ、当面は金貨二枚も出す余裕はないだろう。

 つまり。

 

「お、俺の童貞が……ッ」

「……お前、童貞だったのか?」

「あそこまで行ってお預けか。せっかくお嬢に気に入られてたのに、悲惨だな」

 

 グレン達が、少し憐憫を込めた眼差しで十夜を見つめる。

 

「やめろ……やめろっ! そんな目で俺を見るんじゃない」

「んな事言われてもなぁ」

「というか、あの幼女はお前の子供じゃなかったのか?」

「あんなでっかい子供がいてたまるか」

 

 十夜は泣いた。

 十夜の悲しみが涙となって頬を濡らす。十夜の心には暗雲が立ち込め、希望が見えない。心を凍てつかせるのは冷たい雨。

 諸行無常の響きあり。もうあのパラダイスはこの手の平から零れ落ちてしまった。

 将来幸せを掴む機会が巡って来たとしても、それと今回逃した幸福はまた別の物なのだ。

 

「儚いものだな。男の幸せとは……」

「いや、そこまで深刻にならんでも。恋人でも作りゃいいじゃえか」

「この馬鹿ーっ!」

「ぐえーっ!?」

 

 十夜はグレンにパンチを喰らわせた。捻りの効いたコークスクリューだ。

 グレンは潰れたカエルのような声を上げてもんどりうつ。

 つっこみにしては、随分と強烈なパンチだった。十夜の本気の悲しみが込められた一撃だ。世界は、こんなにも悲劇に満ち溢れている。悲壮で冷たい色に塗り潰されている。

 

「馬鹿な事をいうんじゃない……そう簡単に恋人が出来てたまるか。恋人なんて、もやはファンタジーの世界の生き物だよ。異世界転移するのと同レベルにファンタジーな存在だよ」

「よくわからんが、そんなレアな存在だったらとっくに滅びてるぞ、世界……いや、悪かったよ。今度酒でも奢るよ。女の子は……紹介できるあてが無いが」

「ああいいよ。すまん、殴ってしまって。あまりに俺の逆鱗を逆撫でする言葉だったから、つい感情的になってしまった」

「いいって事よ。俺達は同じ仕事をする仲間だろ」

「グレン……」

 

 十夜は謎の感動に包まれた。

 ガシッと力強く握手を交わす。

 十夜の冒険者としての真の門出は、今この瞬間に行われた。

 同業者と心通った瞬間であった。

 

 

「いたぞっ、さっき娼館でナメた真似してくれやがった連中だっ!」

「ふざけた蝶仮面つけやがって!」

「ひっ捕らえろっ!」

 

 怒りを隠そうともしない自警団員達が現れる。その姿はぬるぬるローションまみれ。あまりに卑猥だ。

 十夜は猥褻物を目にした瞬間グレン達を放置し、一人全力ダッシュで逃げ出した。

 

 グレン達は歴戦の猛者だ。この程度の困難、軽く乗り越えてくれるだろう。

 仲間達を信じるのだ。信じるものは救われる。グレン達を囮とした十夜は、少なくとも救われる。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 蝶仮面を投げ捨て、しばらく町をうろうろする事小一時間。

 後をつけられていない事を確信した十夜が宿に戻ると、十五歳モードのニアが猫耳カチューシャをつけて待ち構えていた。

 思わずビクッとしてしまう十夜。

 

「……何の真似だ」

「いや、なに。悲しい出来事があったようだから、少し慰めてやろうかと思っての。好きなんじゃろう? 獣耳」

「……見てたの?」

「見るつもりはなかったのじゃが。いつでも念話できるようにチャンネルを繋げておったからな……まぁ、なんだ。次からは見ないように努力するぞい」

「……アイエエエエエエッッ!!」

 

 十夜は絶叫した。

 

 

 

 一時間後。

 自分の性癖全開の悟りの書を娼館に忘れてきたことに気づき、もう一度絶叫する。

 悟りの書はこの町の自警団員達に悟りを開かせ、その役目をまっとうしたのであった。

 

 

 

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