第11話 捨ててやるよ、童貞を!
という夢を見たのさ!
グロウスライムを倒した翌日。
十夜とニアは、宿でぐーたらしていた。
ちなみにあの後、十夜は地面の中をクロールで泳いで外に出た。
「ふぅ、死ぬかと思った」と言いつつ地面の中から顔を出した十夜は、クルカの盛大な抱擁を受ける事となる。
泣きじゃくりながら、十夜の頭におっぱい抱擁攻撃を仕掛けて来るクルカ。大地の強い圧迫を受けていた十夜の股間は限界寸前だった。あと少しで臨界点を突破し暴発していただろう。地面ファックとか笑えない。
ひとしきり叫び終わったクルカは、赤面しながら「ふ、ふん! 勘違いしないでよね。目の前で死なれたら寝覚めが悪いって、ただそれだけなんだから!」とツンデレ風味を炸裂させつつ立ち上がる。こいつのキャラはよくわからない。ブレブレだ。自分を演じるなら、キャラを統一してほしい。
それはそれとして、地面から顔を出しただけの十夜の視線は低い。その前でスタンダップしたクルカ。当然、スカートの中は丸見えである。十夜の股間も華麗にスタンダップした。とんだ変態プレイであった。
十夜は昨日の事を思い出し、少し股間の血流を停滞させつつベッドから這い出る。
人の欲望は果てしない。男が股間に血流を停滞させる事を忘れたら、人類は諦観のうちに壊死してしまうだろう。ただ、停滞させすぎても壊死してしまう恐れがあるので注意が必要だ。まぁそもそも注意などしなくても、壊死させるような究極の馬鹿はたまにしかいないが。
「流石にそろそろ起きるか……太陽が昇ったまんまだと時間の感覚がわからん」
「買い物をする時以外はあまり気にせんでいいぞ。あー、今日もいい天気じゃ」
十夜は立ち上がり、伸びをした。体がゴキゴキと鳴る。
「さって、ちょっくら町に行ってみるか。昨日は殆ど見て回れなかったからな」
「おーう、行って来い。今日は少し眠い。寝る」
「まだ寝るのかよ……ぐーたらってレベルじゃねぇぞ」
「しかたなかろう、かなりの力を消耗したからの。他にも色々あったし、今の儂は傷心なのじゃ。デリケートなはぁとが砕けそうなのじゃ」
「デリケートそうには見えんが」
傷心するような事が何かあっただろうか。昨日のアイスの一件? あれは、むしろ相手の心に負わせた傷の方がでかい。あの……ラ、ライス? 名前は忘れた。
そんな益体もない事を考えながら部屋を出る十夜。ニアはベッドに突っ伏したまま、手をひらひらさせて十夜を見送った。
◇◇◇
日差しが眩しい。じんわりと汗が浮かんでくるほどの陽気。
人通りはどんな時間でも途切れることなく続いている。
屋台の店主は、時間帯別で入れ替わっているようだ。並んでいる商品も違う。昨日のうちに目をつけていた卑猥極まりないエログッズを売っていた店は、健全溢れるエログッズを売るお店へと変貌を遂げていた。少しショックだ。買うのは少しだけにしておこう。
「さて、どうするかな……」
しばらくぶらぶらと町並を見ながら歩みを進める。
目に入るのは、猫耳の女性。犬耳の女性。エルフ耳の女性。耳。耳。あと、おっぱい。太腿。二の腕なんかもいい。もしかすると、足の指とかもいいのではないだろうか? 隠された領域は、探究心をくすぐるのではないだろうか?
この町は平和だ。十夜の頭の中もハッピーだった。お花畑だった。
十夜の周囲を、兄妹っぽい子供二人が騒ぎながら走りぬける。
元気な子供達だ。見るものが見れば、ほっこりした気分になることだろう。
兄妹を見た十夜は思った。
妹が欲しい。
妹を作るためにはどうすればいいのか。
両親はもういない。となれば手段は一つ。
結婚だ。
妹のいる女性と結婚すればいい。そうすれば義理の妹ができる事になる。
義理の妹という言葉は、単純に卑猥な言葉よりも更にレベルの高い淫語だ。駆り立てるは妄想と劣情。背徳感がスパイスとなり、世間から隠れて関係を結ばなければならない事でドキドキ感も生まれる。世間から隔絶された場所で交わる二人。当然、口には出せないほど淫美な関係となることだろう。世界(十夜の頭の中)は、幸せで満ち溢れている。
十夜は、結婚するなら妹がいる女性とする事に決めた。
「完璧な計画だ……俺は自分の頭脳が恐ろしい」
唯一問題点を挙げるとしたら、十夜は女性と付き合ったことが無いという事だろうか。
十夜の頭脳は、恐ろしいまでに残念だった。留まる所を知らない。
ニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべ、子供達から遠巻きにされたり指を指されたりしつつ十夜は散歩を続けた。
と、十夜は今しがた通り過ぎた店を振り返る。
なんだか妙に見慣れた空間が広がっていたような気がしたのだ。
戻って確認してみると、そこは本屋だった。
通りに面した棚に陳列されているのは、数々の雑誌。
十夜は、妙に既視感を刺激される一冊の雑誌を手にとった。
「……うお、週間少年チャンプじゃねぇか」
十夜も大好き、ボラゴンドールが連載されていた雑誌である。
七体の
隣にあるのは、雷撃文庫アマゾン。
戦艦だろうがアマゾンのヌシだろうが沈められそうな名前だ。
表紙のかわいい二次元絵は、十夜の股間に装填された魚雷を発射させる事が可能なポテンシャルを秘めている。
夜間作戦で一気果敢にデカブツを強襲し、撃沈してしまいたい。刺激チンしてしまいたい。
店の奥に入ると、そこには漫画や文庫本が並んでいた。
これらも既視感マックスだ。やけに自己主張の強いデジャブだった。
というか、まさに十夜の知っている漫画が陳列されまくっていた。
「昨夜のは、そういう事か」
十夜は思い返したのは、宿屋での一件。
ニアが某漫画のネタを口にした時、宿屋のお姉さんが同じ漫画のネタで返して来たのだ。
どういう事だおいと思っていたが、どうやらこの世界には十夜の知る漫画が普通に流通しているようである。
著作権とか大丈夫なのだろうか。団体がこの世界まで乗り込んできたりしないのであろうか。
「……お、これ続き気になってたんだよな」
十夜は、その内の一冊を手に取った。
十夜も読んだことのある漫画だ。一巻だけ読んだことがある。続きは気にはなっていたが、色々あって結局読むことはなかった。
この本屋には、五巻まで置いてある。
五巻の帯に書かれているのは「感動の最終巻!」の文字。
意外とあっさり終わったんだな、と十夜は少し拍子抜けした。
「おっちゃーん、これ買うよ」
「あいよ、まいどありー」
久しぶりに見る、平和な本屋の光景。
懐かしさのあまり、十夜は迷わず全巻購入した。
あと、ついでに悟りの書の購入も忘れない。
世の男性を(一時的に)賢者にクラスチェンジさせることの出来る、魔法の書だ。
一般的には、エロ本と呼称される。
紙袋片手に本屋から出ると、覚えのある顔が見えた。
昨日、冒険者ギルドで会った連中だ。
ケツアイス事件により壊滅的な被害を受けた連中だ。
「確か、グレン一味だったっけ?」
「お、お前は昨日の」
向こうもこちらに気づいたようだ。
「こいつも誘うか? 見ない顔だし、この町の店なんて知らないだろ」
「そうだな」
「……ん、なんだ。何の話だ」
十夜がうろんげな目を向けると、ずいっと前に出てきた男……ライスがこちらに話しかけてきた。
「俺達これから娼館いくんだけど、お前も行くか? ……か、勘違いするなよ。新人に優しくするのは、先輩の義務みたいなもんだからなァ!」
「な、何ッッ!?」
十夜もお年頃の男の子である。十台の童貞マンである。エロ本を片手にしている事からもわかる通り、そういう事には興味津々であった。むしろそれ以外に興味がなかった。
なんでお前そんなツンデレ風味なのとか突っ込みたい事はいろいろあったが、清くエロい衝動の前では
十夜は真剣な表情で問いかける。
「そういうお店とやらには……獣耳っ娘とかもいたりするのか?」
「店を選べばな。なんだ、そういう娘がお望みか?」
「ああ。獣耳は至高の存在だ」
町中でときおり見かけた獣人。その耳と尻尾に十夜の心は奪われていた。
もふもふである。感情にあわせてピコピコ動くのである。
十夜の視線は釘付けだ。まるで猫じゃらしを凝視する猫のように、十夜は獣耳に心を奪われた。
「なら今日は獣耳館にするか。お前、昨日のスライムの件で金はあるだろ? あそこなら、一部の娘以外は銀貨二枚あれば十分だぜ」
「おお、まじか。頼む、俺も連れて行ってくれ!」
十夜は、グレン一味にほいほい付いて行った。
チョロイン並みにちょろい男、それが十夜だ。
たぶん耳をペロペロされたら、それだけで惚れてしまう。
あっ、ああっ、耳をペロペロなんて! そんな、いやらしすぎる! アッーーー!
十夜は身をくねらせた。
十夜は変わった性癖を持つ変態であった。
◇◇◇
そんなこんなで娼館までたどりついたのだ。
十夜は娼館を見上げた。
普通の建物であるが、期待感が十夜の印象を捻じ曲げる。
十夜にとって、この館は聖地と呼ぶに相応しい。今ここで神が光臨したとしてもおかしくは無い。ここが奇跡の地。
「あ、神様ってニアか……お子様は大人の世界には要らない」
大人の空間に幼女は不要だとばかりに、十夜はニアを妄想空間の外へぽいっと放り投げた。
童貞の分際で、既に大人を階段を登ったかのような上から目線である。
実際は、十夜よりニアの方がはるかに人生経験豊富なのだが。
「あっ、お兄さんたち。来てくれたんですね。ささっ、こちらへどうぞー!」
「おう。今日もよろしく頼むぜ!」
語尾にハートマークが乱舞しそうなほど媚媚な声を振りまきつつ現れたのは、獣耳の少女達だ。
ガチムチな冒険者たちの腕をがっちりキャッチし、館の中へと引きずり込む小柄な少女。
なんだか背徳的な空気だった。
十夜はなぜか既に汚らわしい塔をマックスビルドしている。
五重の塔ですら一日で
童貞の妄想力は侮れない。
「今日は、俺の人生にとって忘れられない一日となるだろう」
「なんですかそれ。でも嬉しいな。私のこと、しっかり覚えておいて下さいね?」
十夜の腕におっぱいを押し付け、笑顔で頬すりしてくる狼耳少女。
胸元が大きく開いたイケナイ服。
視線をおろすと、胸元が丸見えだ。
にゃんにゃんしたい。
十夜は五重の塔を一瞬で建立した。
それどころか、このままの勢いで爆破しかねない。歴史的建造物も、愛の前には無力。
下半身のエクスプロージョンを受けてはひとたまりも無い。
「忘れるはずがないよ。うへ、うへへへへ。にゃんにゃんちゃん忘れるはずないよ」
「もぉ、私は狼ですよ! わんわんです。言ってみてください、わんわん! って」
「わんわん!」
十夜は手なずけられた。脳内がお花畑だった。
今ならお手どころか、地面に横になって服従のポーズすら取ってしまうだろう。
この男、度し難い。
グレン達の話によると、こういった店で働く女の子は気に入った男性がいると、そのまま結婚してしまうケースが多いんだとか。
特に冒険者は、普通の町娘との結婚が望めない。ある意味ここは、冒険者達にとっての結婚相談所でもあった。
十夜はまだ見ぬ未来を妄想した。
家に帰ると、裸エプロンの狼娘が十夜を待ち構えている。
そして、お帰りのキスをねだるのだ。
いちゃいちゃしながら食事をし、一緒に風呂に入り、ベッドの上でわんわんして、精根尽き果てたら眠る。
いいではないか。
退廃的ではないか。
「わおーん!」
十夜は吠えた。
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