第10話 十夜は死んでしまった!
空に掛かる雲が、山脈の頂上を覆い隠している。空の青に、山の緑と雲の白のコントラスト。
最初の内こそ雄大な光景に感動を覚えていた十夜だったが、もはや見慣れた光景でしかない。なにしろ、こんな風景はこの世界のどこにでもあるのだ。
人は新たな刺激を欲する。無い物をねだる。まったく人の心とは罪深い。いくら見ても飽きないものなんて、せいぜいおっぱいぐらいのものだろう。おっぱいは幸せを生み出す夢の永久機関。
人の夢は終わらない。なぜなら、おっぱいがそこにあるからだ。
十夜は幸せだった。
残念な空気を持っているが、クルカは間違いなく美少女だ。
クルカはニアには無い物を持っている。
そう、でっかいおっぱいだ。
魔法をメインで使うため激しく動く場面は少ないが、無いわけではない。動くたびにおっぱいが揺れる。おっぱいが揺れるたびに、十夜の幸せゲージが一本溜まるのだ。溜まった幸せゲージは夜に一人になった時に消費される。
今夜は激しい夜になりそうだぜぇと幸せを噛み締めながら、十夜は剣を振り回してスライムをばったばったと倒していった。
「ふふ。大したものだな! 物理攻撃でこんなにスライムを倒すなんて見直したぞ十夜。倒した数は五分五分といった所か……だからその目はやめて!」
情緒不安定なクルカに生暖かい視線を向けつつ、十夜はスライムに秘剣・燕返しを喰らわせる。手首を切り返してスマッシュ!
剣がすっぽ抜けそうになった。お馬鹿な事はやめておこう。
それにしてもスライム弱い。本来なら物理攻撃に強い耐性を持つらしいが、力の差が激しい。レベルを上げて物理で殴れば何も問題ないのだ。
「とりあえず、見える範囲のは全部片付いたな。討伐証明の核も集め終わったし、もう帰ってもいいのかね?」
「いや、おそらくまだ親玉がどこかにおるぞ。食料の都合を考えると通常のスライムがここまで増えるのは考えづらい。増える前に食料がなくなってしまうからの。となると、こいつらは一気に増殖した事になる。グロウスライムの類じゃろうな」
「なるほど。この子、ちっちゃいのに賢いのね」
可愛い可愛い言いながら、クルカがニアの頭を撫でる。
ニアは気持ち良さそうに喉を鳴らした。お前猫かなんかなの? 十夜は突っ込みたかったが自制した。殴られるの怖いし。
「ちっちゃい言うな。撫でるのは続けよ……さて、グロウスライムがいるとしたら地下じゃ。奴は太陽の光の下には出てこん。どこかに洞窟でもないかの」
「……なぁ、それってあそこじゃないか?」
十夜が指を差した先には、高さ数十メートルほどの岩山。
その岩の隙間から滑り出てきたのは、体長一メートルほどのスライムだった。
「フ、なるほど。確かに悪の気配がするぞ。さぁ、行こうか!」
マントをばさっとなびかせ、高らかに宣言するクルカ。
だが、先ほど十夜のチョップを受けてよれよれになった帽子でポーズを取ってもいまいち決まらない。
なんかコスプレっぽい。
「んじゃ、もう一仕事するか」
「頑張れよーい。気をつけてな」
とてとてとせわしなく脚を動かすニアを引きつれ、二人は洞窟へと向かう。
洞窟から出てきた哀れなスライムを二秒でぶちのめし、暗闇の中へ。
クルカがライトの魔法で周囲を照らす。入り口こそ狭かったが、中は意外と広い。穴をくぐれば、奥行き三十メートルほどの広場となっていた。
そして、広場の真ん中にはどでかいスライムが鎮座している。
体長は六メートルほどもあるだろうか。黄色い色をしたスライムからは、まるで汗のように小さいスライムが噴出していた。正直キモい。溢れ出たスライム達は結合を繰り返し、ある程度の大きさまで成長すると移動を始めるようだ。
「こいつが親玉だな。今夜の食事が不味くなりそうだからさっさと倒しちまおう……よっと」
十夜が手にした剣を振り切ると、グロウスライムの体が真っ二つに両断される……が、次の瞬間には再び結合し元通りとなっていた。
「は? こいつの体どうなってんの。単細胞なの?」
「ふ、私の出番のようだな。さぁどくがいい。スライムは炎に弱いと相場が決まってる……エンシェントフレイム!」
巻き上がる炎がグロウスライムの体を包み込み蒸発させていく。
ニアの魔法のように恐怖を感じるほどでもない。十夜は、素直にすごい魔法だと感じた。
「おおー、燃えとる燃えとる」
「ふふ、どんなもんよ」
ニアの歓声。ドヤ顔のクルカがふんすと鼻息を漏らす。
顔が微妙に赤くなっており、頬もピクピク痙攣している。
こいつを褒め倒したらなんかだか面白そうだ。
「すげぇな、この魔法。こんなの喰らったらドラゴンでもイチコロだろ」
十夜の言葉を受け、さらに鼻息を荒くしドヤ顔をしていたクルカ。
こいつをおちょくるのに何か最適な言葉はないかなーと考えていた十夜だったが、しかしながら十夜が次の言葉を発する前にクルカはその表情を怪訝なものに変えていった。
そして、急にオロオロしだす。
「……あ、あれ。おっかしいなー? この魔法、こんな強力じゃなかったはずなんだけど……いつまで経っても火が収まらないし」
「それは、アレじゃな。グロウスライムの体内には発火性の油が詰まっておるから、そのせいじゃろう」
「……は?」
「爆発しないのは酸素が少ないからかの? お主ら、このままここにおったら窒息か一酸化炭素中毒でお陀仏じゃぞい」
十夜とクルカは互いの顔を見合わせた。
直後、ニアを抱えて洞窟の外へと走り出す。
二人に両脇を抱えられたニアは、まるで捕獲された宇宙人のようだった。
「お前、馬鹿じゃねーの!? 知ってたなら先に言えよ!」
「いや、ドヤ顔をしておったから何か対策でもしているものかと」
ニアの言葉に、先ほどドヤ顔をしてたクルカが赤面する。
今思い出してもすんごいドヤ顔だったとクルカは反省し、顔から火を噴いた。超恥ずかしい。地面に潜って隠れてしまいたい。洞窟の中で火の魔法を使ったのも軽率だ。クルカの山のように積みあがった黒歴史がまた一ページ、この世界に刻みこまれた。
洞窟を抜けると、十夜達は大きく呼吸をして酸素を取り込む。十夜はクルカの様子を伺うが、大事は無かったようだ。多少頭がクラクラしているように見受けられるが、意識ははっきりしている。
ふーと大きく一息ついたクルカが、反省の弁を漏らした。
「ふふ、少しだけ失敗してしまったようだな」
「いや、少しじゃねーし。お前のあの時のドヤ顔、忘れないからな」
「それは忘れて。本当に反省してるから」
この日だけで幾度目かの涙目で、クルカは反省の弁を述べた。
その表情は妙に十夜の嗜虐心を煽る。苛めてオーラを放っているかのようだ。
クルカを煽ると、十夜の心に潤いがもたらされる。この感情は愛と呼ぶべきものかもしれない。いいや、まさしく愛だ!
そう思った十夜は、心底うっとおしい顔をしながらクルカの周囲をぐるぐると回ってみる。
すごい、楽しい! ヒャッハー!
が、涙目を通り越して怒りの炎を灯したクルカの強烈なビンタを浴びて十夜は吹っ飛んだ。驚天動地、前人未到なウザさを誇る十夜の変顔。それに対しビンタひとつで済ませるなど、クルカは聖人君子なのかもしれない。
女の子のビンタを喰らった十夜さん、今度はMっ気が鎌首をもたげ始める。どう転ぼうが、十夜は無敵の変態だった。
暴力はいけないと思います! でも正直大して痛くないし、我々の業界ではご褒美です!
「いちゃつくのはその辺にしておけ。グロウスライムは生命力が強いからの、あの程度ではまだ生きておるじゃろう。さっさと討伐せねばまたスライムが沸いて出るぞ」
「んじゃ、放置しておけばスライム退治で沢山お金貰えるじゃね?」
「言っとくけど、ばれたら罰金喰らうからね……」
「じゃあやめとこう」
小市民な十夜は大人しくスライム退治に向かう。
クルカが失敗したので、今度は十夜が出張る事になった。
この世界に来て、いまだ全力を出したことの無い十夜。
十夜は手で顔を覆い隠し、片目だけでクルカを見やりながらこう呟く。
「いい機会だ。貴様にこの俺の全力を見せてやろう……貴様は知るだろう。際限なき人の力。その強さを」
「……か、かっこいい!」
それをキラキラした目で見るクルカ。
さらに、二人を遠巻きにして生暖かい目を向けるニア。
十夜はニアの視線に気づいて赤面した。
クルカに釣られて調子に乗ってしまった。
なるほど、あんな目を向けられるとすごく恥ずかしい。
十夜はクルカの気持ちを少しだけ理解した。
◇◇◇
そんなこんなで洞窟の中まで戻ってきたのだ。
外から風を送って空気は入れ替え済み。
何も考えず再突入して窒息するというアホな行動は、二度は繰り返さない。
一度の過ちも犯さないのが普通だが。
十夜はキモいスライムを前に腰を落とし、全身に力を込める。
たしか、全力を出すにはアレを言わねばならないのだったか。
「――アクセス」
十夜はその言葉を呟いた。
だが、特に何も変わったようには感じない。
「駄目じゃ十夜。もっと熱く! 激しく叫ぶのじゃ!」
「え、ええー?」
はやしたてるニアに、十夜は若干歯切れの悪い言葉を漏らす。
叫ぶ? これを? 俺が?
「……あ、アクセスッ!」
「足りん! まだまだ足りんぞ!」
「あ、アクセースッッ!!」
「惜しい! あとなんか育毛シャンプーのCMっぽい。もう一声!」
「ほんとにこれ必要なの? 嘘だったらぶん殴るからな」
コホンと一つ咳払いをして、十夜は呼吸を整えた。
そして気合を入れ叫ぶ。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛、アクセェェェスッッッ!!!」
普段より「ッ」や「!」を多めに乱舞させ、十夜は赤面しつつ精一杯の叫びを上げた。ウンコをするわけでもないのに、なぜだか肛門括約筋がいまだかつて無い勢いでキュッと締まる。アナルの締まりはバッチリだ。
すると、体が熱くなってきたように感じた。羞恥プレイのせいかとも思ったが、心なしか体まで輝いているような。
これは、あれか。気とかそういう類のものだろうか。
この世界に来てすぐにそんな力を使いこなせてしまうなんて、自分は天才じゃなかろうか。
十夜はニヤリと笑った。
ちなみに気ではなく魔力であり、魔力を纏う程度のことは子供でも出来るのであるが。
クルカだって全力で十夜をぶん殴ろうとしていたならば、太陽拳を放つハゲもかくやという勢いで発光していたであろう。
「セイヤッ!!」
気合一閃。
十夜は空を舞うペガサスのごとき華麗さ、そしてハゲをも上回る輝きをもって力の限り剣を振るった。
傍から見て華麗に見えるかどうかは不明だ。今度、鏡を見ながらの特訓が必要だろう。
過剰なまでの攻撃を受けたスライムは一瞬で消し飛ぶ。
勢い余った斬撃はそのまま洞窟を突きぬけ、山を突きぬけ、空の彼方へと消えていった。
「「……は?」」
十夜とクルカの声がハモる。
視界に映るのは青空。十夜から見て斜め上空、横一線が随分と見晴らし良くなってしまった。
そして当然、支えを失った天井……山が丸ごとスライドし、十夜達の方に落下してくる。
「ええええええっっ!?」
十夜は涙目になった。
男の涙目とか気色悪い。
「ふんすっ!」
十夜は落下してきた天井を両の手で支える。「ここは俺が食い止めるから、俺に構わず早く逃げるんだァー!」というあの体勢だ。
_____
<○√ <ウワァァァァ!
//
くく
つまりはこの体勢である。
「ちょっ、え? 何これ。何なの!?」
クルカは混乱している。
盛大な自爆をかましたアホの脅威に晒され、脳みそがぷーになってしまった。
元から少しぷーだったが。
ニアは「おおー」と暢気な声を上げてながらその光景を心底楽しそうに眺める。
この幼女、人をいたわるという事を知らない。
こんな奴が神様をしている世界なんて、きっとろくな世界ではないだろう。
「ぬおぉぉぉぉぉッッ! 死ぬぅぅぅぅぅ!?」
十夜は必死に力を込めたが、当然のように脚が地面にめりこんでいく。
二本の脚で山を支えればこうなるのは自明であった。パワーとか関係ない。
十夜の命は、風前の灯だ。
______
<○ノ <アイヤー!
くく
つまりはこんな状態だ。
「うわー! うわー!」
「わっはははは! この展開は予想しておらなんだ。楽しいのう、楽しいのう!」
クルカは混乱しつつも、はしゃぐニアを抱きかかえて洞窟の入り口まで下がる。
十夜の頑張りがなければ、ニアはともかくクルカは山に潰されてしまっていただろう。
十夜はクルカの命の恩人となった。好感度がプラス10ポイントだ。
命を危険に晒し事によるポイントと合わせれば、マイナス90ポイントといった所だろうか。
ひとしきり笑ったニアは、アホの化身と言っても過言ではない十夜の方に向けて手をかざした。
「しかたないの。久しぶりに本気で笑わせてもらったから助けてやろう――イグニクス・フラクチャー」
大地が揺れる。
空間が軋む。
耳障りな甲高い音が辺りに響くと、十夜が支えていた岩盤は砕け散っていた。
一撃で山の半分ほどをも打ち砕いた力。それを見たクルカの表情が驚愕に染まる。
「す、すごい……これなら十夜も助か……助……」
「あっ」
クルカの言葉は最後まで紡がれることはなかった。ついで、ニアが間の抜けた声を上げる。
ニアの手により砕け散った岩盤は、無数の土砂となって十夜に降り注いだ。
「ん゛ほ゛お゛お゛お゛お゛お゛っっ!! これ以上はらめなのぉぉぉぉっっ!!」
「ええええええええ!?」
それはさながら竜が如し。襲い来る圧倒的質量の前に、ちっぽけな人間など成すすべもない。
断末魔の絶叫を上げつつ土石流に飲み込まれた十夜。
十夜は土の中に埋もれて消えた。
\デデーン!/
ざんねん!! あなたの ぼうけんは これで おわってしまった!!
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