第9話 チョロインというよりヒドイン

 

 

 多数の仕事が貼り付けてある掲示板を眺める十夜。

 それを遠巻きに眺める冒険者とギルド職員達。

 あれほどの騒ぎを起こしたのだ、注目されるのはやむをえない。

 

 冒険者ギルドの中はボロボロであった。机の半数は割れ、椅子は倒れている。

 冒険者同士の争いで備品が壊されるのは日常茶飯事らしいので直接責任は問われなかったが、それを説明してくれた受付嬢の頬はピクピク震えていた。明らかに怒り心頭だった。

 

 正直逃げ出したかったが、金は必要だ。

 金が無ければ、野宿な上にその辺の木の実で食事を済ませなければならない。町にいるのにその選択肢は無い。

 というか、温泉にだって入れない。温泉町に来て温泉に入らないとか、ぶっちゃけありえない。

 

 となると、即日で達成できる依頼。

 その条件で十夜が依頼を眺めていると、ちょうど都合のいい物があった。

 スライムの駆除。場所がはっきりしている上に、地図を見る限り町の傍だ。これならすぐ達成できるだろう。

 そう思った十夜は、依頼書に手を伸ばした。

 

 

 が、目の前で依頼書を掻っ攫われる。

 視線を横に向けると、掻っ攫った張本人がすんごいドヤ顔を十夜に向けていた。

 

「ふは、ふはははは! 遅い、遅いぞ少年! スライム討伐の依頼はこの私、最強魔道師のクルカ様が頂いた! ふっはははは!」

 

 高笑いである。

 そしてポーズを取りながら、マントとスカートをたなびかせている。

 なんなのこいつ。すごいバカっぽい。

 あ、パンツ見えた。

 

 十夜に絡んできたのは、ケツアイス騒動の後にここを訪れた女の子だ。

 十夜は目聡くチェックしていた。深く被った帽子のせいで顔は見えていなかったが、ハートにビビビと来たのだ。こいつは絶対可愛いと。

 三角帽子という、いかにも魔法使いですといった出で立ちに、栗色の髪を大雑把に首の後ろで括っている。背が低く華奢な割には、随分とスタイルがいい。おっぱいもお尻もなかなかの物をお持ちだ。

 でも、なんか残念感を感じるのは何故だろう。いや、理由は大体わかっているのだが。

 

「げぇっ!? 守銭奴クルカだ。守銭奴クルカがこの町に来たぞ!」

「やべぇ、近辺の魔物達が皆殺しにされる!」

「みんな、今のうちに働け! このままじゃ俺達のたれ死んじまうぞ!?」

「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 クルカが高笑を上げた瞬間、周囲に残っていた冒険者達は依頼書を掲示板から剥ぎ取り、我先にと町の外へと走っていった。

 その場に残されたのは、十夜達とギルド職員のみ。

 この反応。どうやら、想像以上に残念な女の子のようだった。

 十夜は、ナイスおっぱいとパンチラに奪われていた視線を戻してステータスを確認する。

 

 

 名前:クルカ

 種族:人類

 職業:魔道王

 レベル:48

 干渉力:4261

 

 

 え、何このチート。本当に人間なの?

 十夜は、自分の事を棚に上げて戦慄した。

 

「ふっ……有名になるというのも考え物だな。私を見ると、みな勤労意欲が刺激されるのか働き出すのだ。私のような素晴らしい冒険者になりたいという事かな? 私も罪な女だ」

「そうだな。恐怖政治という物がいかに効果的なのかを実感できたよ……ってか、スライム討伐以外の依頼全部なくなっちまったじゃねぇか!」

「うん? この依頼を横取りしようというのか? だが断る! これは私が単独で華麗にこなし、すべての金銭をこの手中におさ」

「あの、この依頼は単身では危険なので複数人での受諾をお願いします」

「あっ、はい」

 

 受付嬢の言葉を受け、クルカは小さくなって答えた。

 情緒不安定な奴だ。

 

「クルカ様は確かにお強いのですが、なにぶん少々……ゴホン。では、クルカ様と十夜様がこの依頼を受諾なされるという事でよろしいですね?」

「え、ちょっと待って。少々、なに? 私は少々なんなの?」

 

 先ほどまでの仰々しい喋り方が消えた。

 妙に視線をふらふら彷徨わせ、不安げな瞳で受付嬢を見るクルカ。怯えた小動物みたいだ。こちらが素なのだろう。

 

 十夜は理解した。

 言われなくてもわかる。

 こいつは少々、オツムが足りない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 十夜は、間違ったアイデンティティを獲得してしまった女の子達(ニアとクルカ)を連れて、スライム討伐に向けて出発する。

 

 報酬額はスライム五匹で銀貨一枚。スライムは軽く五十匹以上いると書いてあったので、報酬を二分しても当面の生活費にはなるだろう。十夜とニアの二人であれば、一日銀貨二枚もあれば余裕を持って生活できる。

 

 普通の者ならば、そもそも一日でスライムを多数倒すのは不可能なのかもしれない。だが、ふざけたパゥアを会得した十夜ならば何も問題はない。

 そもそも全部倒せなくとも問題はないし、人数が増えて分け前が減る事も同様に問題はない。十夜としては、即日金が入る事が何より重要だった。クルカとの共同作業に文句はないどころか、仕事の仕方を教えてもらえる事を考えるとぜひお願いしたいぐらいだ。

 

 クルカ、十夜共にあっさり意見を聞き入れてくれる様子を見た受付嬢(24歳独身)は、ほっと胸を撫で下ろしていた。金にがめつい荒んだクルカの謎の圧力を受付嬢(絶賛彼氏募集中)の方に向けられたら、受付嬢(安定収入のある職業の人希望)は泣いてしまっていたかもしれない。

 若干不安げな表情を浮かべていた受付嬢(お金より愛なんて言えるのは若いうちだけだと気づいてしまったお年頃)は、安堵の溜息をついて二人を見送った。

 

「ふふ、見ておけ十夜。私の華麗な魔法をな」

「お前、その態度まだ続けるの? それがカッコイイと思ってるの? バカなの?」

「ば、バカとは何だ! 最強の魔法使いとは、このように尊大な態度を取るものなのだ! 昔読んだ物語ではそうだった!」

 

 想像以上のバカだった。現実とフィクションを混同していらっしゃる。

 十夜は、クルカに対し生暖かい視線を向けた。

 

「な、なんだその目は……やめろ……やめて! そんな目で私を見ないで! 心が折れるから!」

「別に、折れてしまっても構わんのだろう?」

「こ、この外道め……殴り飛ばされたいのか」

「女の子に殴られるとか、むしろご褒美ですなぁ!」

「ほう。ならば受けるか、我が一撃を。我が崇高なる演技……じゃなかった、口上を馬鹿にしたのだ。覚悟はできているだろうな」

「今、演技って言っ」

「言ってない」

 

 クルカの視線が、まるで生ゴミを見るかのようなものに変わる。沸点の低い娘だ、もっと暖めてやりたくなる。トロトロなトントロになるまで溶かしてやりたくなる。

 十夜の目の前で腰を落とし、はぁぁぁぁと気合を入れるクルカ。どうやら本気で十夜を殴るつもりらしい。

 

「喰らえ、我が必殺の一撃! クルカチョォォォップ!!」

 

 ごいーんと十夜の頭が揺れる。

 気分はさながら除夜の鐘だ。煩悩が一つ退散した。

 いい音が鳴ったのは、中身が空っぽだからかもしれない。夢を詰め込める頭なのかもしれない。

 だが当然、そんな除夜の鐘を突く程度の一撃で十夜のボディは傷付かない。

 

「ふははははは! そのような細腕で繰り出された一撃など、この俺に効くはずがあろうか!」

「ば、馬鹿な……っ!?」

 

 ズギャーンと心底ショック放電エレクトリカルな表情を浮かべたクルカ。

 だが、まだ諦めてはいないようだ。今度は拳を握りこみ、さっきより強力な正拳突きを繰り出してくる。

 なんだか割りと本気で力を乗せた一撃だった気もするが、もちろん十夜には通用しない。

 

「ハッ、効かんなぁ、そのような可愛い攻撃」

「な、ならこれでどうだ!」

 

 次は蹴りだ。見事な弧を描くハイキックがぱこーんと十夜のこめかみに炸裂する。

 思わず「あびゃっ」と声を漏らした十夜だが、やはりそれほど痛くはない。すごい、この体。まさにムテキング。

 そしてそれ以上に素晴らしいのが、ちらちら目に映る天空の白。舞い踊るスカートから覗く、クルカのぱんつである。

 

 すごい、このシチュエーション。父さん、天空の白は本当にあったんだ!

 そうだ息子よ。今この時、今この瞬間の想いを決して忘れるな。これが世界の未知を暴いた衝撃と感動。未知が既知に変わり、さらなる未知を追い求めんがために成長する、決して満たされる事なき人類の渇望。それは、人を大きくさせる。ついでに息子の息子も大きくさせる。辛くなったら思い出せ! パンツは、人の心を暖めてくれる暖炉のような存在! 探せ、お前だけの暖炉を。この世の全てがそこにある!

 わかったよ父さん! 答えは得た。俺はこれからも、頑張って女の子のスカートの中を照らしていくから!

 よく言った息子よ。お前は間違いなく俺の子だ! ガハハハハ!

 

 十夜は謎の感動に包まれた。

 

「やはり。やはりやはり、女の子からの攻撃はご褒美でしかないな!」

「よう言うた十夜。ならば儂のパンチを」

「お前は女の子に含まれない」

「差別じゃ……」

 

 区別である。人間と人外を一緒にするほうが問題ありだ。

 いくら十夜でも、ドクターがスランプしてそうな幼女に殴られたくはない。死ぬ。

 

「ならば、これでどうだぁぁぁぁ!」

 

 クルカは杖を振りかぶる。

 硬い木の一撃は脅威となるのであろうが、遠慮ぎみだからか。むしろ先ほどまでより威力が低い。

 間違いなく、さっきのハイキックの方が良い攻撃だったと断言できる。ぱんつ見えるし。

 

「はっはぁ、ぬるいなぁ。一晩放置したスープのようにぬるいぞ!」

「それ、ぬるいとかいうレベルじゃないからの。冷えスープじゃからの」

「くっ!? ならばこうだっ」

 

 杖を振りかぶり、勢いを付けて殴りかかってくる。

 腰の入った良いスイングだ。揺れるおっぱいと艶かしい腰のラインがエロい。

 

「ふはは、い、痛くも……ぐへッ、痒くも……がはっ」

 

 クルカは全身のバネを使い、フルスイングで十夜の顎をかち上げた。

 十夜の体が一メートルほど浮き上がる。強烈な一撃であった。

 プロ野球のスカウトがこの光景を見ていたならば、ドラフト一位指名を受けていたのは間違いないだろう。

 代打の切り札、最強スラッガーの誕生だ。

 

「流石に痛いわぁぁぁぁぁ!」

「うべっ」

 

 落下しつつ繰り出したチョップがクルカの頭に突き刺さる。

 魔法使いの三角帽子は無残に折れ曲がり、クルカの残念な頭に甚大なダメージを残した。

 涙目となったクルカは、頭を押さえつつその場に崩れ落ちる。

 

 魔物と戦う前からこの有様。

 町への撤退も視野にいれるべきレベルの負傷。

 まだ、魔物と遭遇すらしていないのに。

 

「……お主ら、仲悪いのぉ。いや、これは逆に仲がいいのか?」

 

 例によって、どこからともなく取り出したアイスにしゃぶり付きながら、ニアはその光景を眺めていた。

 

 

 

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