第8話 冒険者ギルド登場。そして壊滅

 

 

 十夜達は、冒険者ギルドに到着した。

 四階建て、レンガ造りの建物だ。別段特筆すべきようなことはないはずだが、周辺を小綺麗な役所や食事所に囲まれているせいか、妙に古めかしい印象を受ける。

 一呼吸してから、やけに立て付けの悪いドアを押し開く。するとまず目に入ってきたのは、何が楽しいのかガハハと笑うガチムチな男達。建物の中は男臭で満たされている。女性もいるにはいるが、少数派だ。

 そこはまるで魔世界の如し。立ち入ってはいけない場所だと直感した。

 十夜は回れ右をして駆け出す。走れ十夜! まだ見ぬ美少女ヒロインを求めて走れ!

 

「待て」

「あいやー!」

 

 ニアにむんずと腰を掴まれ転倒する十夜。

 二人の人外パワーを一身に受けた衣服は真っ二つに裂け、十夜の下半身がハローワールドした。

 地面をゴロゴロ転がりつつも、持ち前の身体能力を用いて強引に体勢を立て直す。下半身丸出しでウルトラC難度の技をキメた十夜は、周囲の視線を集めに集めた。

 

「キャーーー!!」

 

 道行く奥様方の悲鳴。

 平穏な日常の中、突如としてストリートキングが登場したのである。

 おまけに高速回転しながら迫ってくるというおまけ付きだ。変態という一言では語りつくせぬほどの事案。その心情は筆舌に尽くし難い。

 

「ま、待て……入る、入るから服を!」

「最初から大人しくいう事を聞いておればよいものを……ほれ」

 

 体勢を立て直し路地裏に飛び込んだ十夜は、横を並走するニアから受け取った衣服を素早く身にまとう。

 顔は見られていないはずだ。高速回転している奴の顔なんてまず見えないし、そもそも突然下半身丸出しの男が出現したとして、最初に顔を確認しようなんて奴は早々いない。

 いける。そう確信した十夜は路地をぐるりと一周し、堂々とした態度で表通りに合流した。

 少し疑惑の目を十夜に向ける者もいたが、十夜のあまりにふてぶてしく尊大な態度を見て、自分の勘違いかと納得する。


「な、なんだったんだ一体……」

「恐ろしい身体能力を誇る変態だったな」

「子供達には、しばらく一人での外出を控えさせよう」

 

 周囲はいまだ収まらぬざわめきで支配されていた。

 この話は、尾ひれを付けられ町中に広まって行く事だろう。

 新たな都市伝説誕生の瞬間に立ち会ってしまったのかもしれない。

 むしろ、当事者だが。

 

「危なかった……危うく全国指名手配される所だったぜ」

「自重せいよ。聖女の件といい今回といい、お主は公序良俗に反しすぎる。まったく度しがたい」

「今のはお前の責任が大きくなかった?」

 

 バクバク鼓動を鳴らす心臓を落ち着けさせながら、十夜はドアを開いて冒険者ギルドの中に入る。

 変態が出現した事による騒ぎは、背後の扉が閉まることでシャットアウトされた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 荒々しい雰囲気の者達がたむろするその空間は、十夜にはあまり居心地が良くない。

 

 いくつかあるテーブルでは、男達が飲み物を片手に談笑していた。

 飲み物は、水。あと、多数の文字が書かれている紙を見ながらあーだこーだ言っているのは、おそらく仕事の内容について相談しているのだろう。意外と真面目だ。命を掛ける以上は当然なのだろうか。

 でも、その格好は真面目とは程遠い。

 

 恐ろしい。半裸で斧を担ぐとか、お前わざとだろうと言いたくなるほど山賊にしか見えない。実際の山賊がこんな格好するかは知らないが。服着ろよ。

 恐ろしい。ビキニとまでは言わないが、なぜか露出の高い鎧を着ている女戦士。意味がわからない。防御力と羞恥心を捨て去ったバーサーカーなの?

 

「変態だらけだ」

「そして、今日からお主もその仲間入りじゃ」

「やめて! 変な事を言うのはやめて!」

「むしろ下半身を露出しまくるお主の方が変態に近い」

「馬鹿な事をいうんじゃない! この俺ほど清廉潔白、品行方正を地でいく男など他におらんだろうに」

 

 十夜は耳を塞いでニアの言葉をシャットアウトしつつ(シャットアウトしても念話で話しかけてくるけど)、建物内を見回しておおまかな配置を確認した。

 右手にある掲示板は、仕事が書いてある紙が多数貼り付けられている。

 左手にある掲示板は、それ以外。パーティメンバーの募集や、賞金首の写真。混ぜるな危険。

 奥にはいくつかカウンターがあり、数人の女性と一人のむさ苦しいおっさんが詰めていた。

 登録するならあそこか。

 

 

 十夜は堂々とした態度で受付カウンターに進み、机にバンと手を叩きつける。

 もちろん、話しかけるのは一番美人な受付のお姉さんだ。

 

「登録を頼みたい」

「登録はあちらでお願いします」

「そうですか」

 

 十夜は堂々とした態度で登録カウンターに進み、机にバンと手を叩きつける。

 残念な事に、カウンターにいるのはおっさんだった。

 

「登録を頼みたい」

「幼女連れ……また変な奴が……まぁいい。この紙に登録する情報を書いてくれ」

「はい」

 

 内心すごく恥ずかしかった十夜は、大人しくペンを走らせる。

 さっさと登録を済ませてこの場から全力ダッシュで走り去りたかった。

 だが、十夜の思惑もむなしく接近してくる影。

 

「オイオイオイ? いつからここは保育園になったんですかァー? 子供を連れてとっとと帰りな、貧弱もやしボーイ」

 

 そう声を掛けてきたのは、やたらナイフをジャラジャラと体中にくくりつけているプチマッチョボーイだ。

 用紙に記入を終えて登録証を受け取った十夜は、その言葉に大人しく従う事にした。だって恥ずかしいし。

 

「ああ、俺も帰りたいと思っていた所だ。ではまた会おう。さらばだ」

「待て待て待て、帰るな」

 

 踵を返すが、襟首を掴まれる。

 十夜はめんどくさそうに溜息をつきながら振り返った。

 そして、一応視線を集中させる。

 

 

 名前:ルイス

 種族:人類

 職業:冒険者

 レベル:31

 干渉力:587

 

 

 どうやらこの男、オークの支配する魔王城に居た連中よりは強いようだ。それどころか、この建物の中にいる連中の中でも指折りの存在。

 しかし、今の十夜はこんなプチマッチョ程度に恐怖は感じなかった。

 人から貰ったチート能力だろうがなんだろうが、今は自分の力である。堂々と振るい、堂々とプギャーする事に躊躇いはない。

 

 と、こちらの様子を伺いながら会話している声が耳に入る。

 こそこそ話しているつもりなんだろうが、聴覚まで強化された十夜の耳にはばっちり聞こえていた。

 後方のテーブルで打ち合わせをしていた連中だ。

 

「いいのかグレン?」

「いいも悪いもあるか、この程度自力でどうにかできない奴はこの仕事をやるべきじゃない。お前も助けたりするなよ」

 

 なるほど、と十夜は納得する。

 これは、新人に対する洗礼か。

 弱いものを排除し、犠牲を減らす。必要悪と呼べるだろう。

 

「まぁ、死なれるよりはいいけどよ……てかあいつ、あれ素でやってんのかな。演技かな……貧弱もやしボーイて」

「……恐ろしい事に、素なんだ」

 

 もしかすると、普通に絡まれただけなのかもしれない。まぁどっちでもいいけど。

 そんな事を十夜がぼんやり考えていると、目の前の……ら、ライス? が荒っぽい口調でがなり立ててくる。

 

「子供連れで仕事なんてされたら、俺達の評判まで地に落ちちまう。俺たちゃ泣く子も黙るグレン一味! この町を締めてる冒険者だァ!」

「なぜお前らの評判が落ちるのかわからんが……それで、俺にどうしろと?」

「決闘だ。この俺に勝てたら、お前を認めてやろう」

「ええー」

 

 この男、無駄に暑苦しい。チンピラなのか熱血タイプなのか。決闘が終わった後、夕日をバックに「やるな」「お前もな」「ハハッ!」とかやるかもしれない。

 正直関わりたくなかった。

 

「お前の勇気を試す。レベル30を超えるこの俺と戦え。勝ち目の無い敵に立ち向かうのだ。恐怖を克服してみせろ! それができぬのならば、お前はゾンビ以下よォー!」

「ほほう、面白い事を抜かす男よな。この儂に啖呵を切るなど……教育が必要なようじゃ」

「やめて!? お前に絡んだわけじゃないから!」

 

 どこからともなく取り出したアイスを大人しくペロペロしてたはずのニアが、ずいっと前に出る。十夜はあわててニアの首根っこを掴み、後ろにぽいっと放り投げた。

 ニアに力を振るわせてはいけない。下手したら町ごとドカンな最強幼女である。感情がない分、爆弾で野球でもしたほうがマシかもしれない。誰もバットを振らなければ、不幸は起きないのだ。たぶん。

 

 ニアがいなくなったのを見計らって、両の拳を握り締めたプチマッチョが飛び掛ってくる。

 暑苦しい。一刻も早く離れたい。

 

「行くぞ、俺の究極奥義! 旋風のぐっはぁぁぁぁぁ!?」

 

 プチマッチョは最後まで技名を叫ぶことなく、十夜のアッパーカットを喰らい吹き飛んだ。

 十夜の動きは正直ウンコレベルだったが、身体能力の差が大きすぎる。プチマッチョ程度では勝ち目はない。

 くるくると、きりもみ回転しながら十夜の背後に落下するライス。

 

 

 すると、なんという事でしょう。

 ライスの落下地点にいたのは、ニア。

 ライスは見事、ニアの手にしたアイス棒の先に着地したのです。

 ケツで。

 

「ぎゃああああああ! 俺のケツがぁぁぁぁぁ!!」

「ぎゃああああああ! 儂のアイスがぁぁぁぁ!!」

 

 悲痛な叫び声を上げる二人。慟哭が冒険者ギルドを支配する。

 ライスは必死にもがくが、ケツアイスの刑から逃れる事などできやしない。それどころか、余計ケツ穴深くにアイス棒が刺さっていくばかりだ。ピクピクと痙攣したマッチョメンは、やがて力を失い崩れ落ちた。

 刺激されたせいか、そのケツから「ぷぅー」と屁が漏れる。

 

「あぶねぇ。実が出なくてよかったぜ……ここが地獄に変わるところだった」

 

 十夜はケツに棒を突き刺したオブジェを無視し、ニアの様子を伺う。

 プルプル震えているのは、怒りからだろうか。この幼女を怒らすのはまずい。機嫌をとらなければならない。

 そう考え接近する十夜だったが、すでに遅かったようだ。

 

「ウウウ、オアアアアアアア!!」

「げっ、こいつ正気を失ってやがる!」

 

 ニアは、アイス棒(ケツ穴付き)を振りかざした。

 ライスの絶叫が辺りに響き渡る。まるで世界の終焉を見たかのような、悲しみに彩られた声。ひどい。

 そばにいたグレン一味は、ハイパー幼女パワーにより振り回されたライスのマッチョボディに薙ぎ倒される。勢い良く飛び散る机に椅子、時々人体。

 やがてアイス棒がケツからすっぽ抜け、栓を失ったルイスの拡張アナルから「ぶっぼぉーっ」と屁が飛び出た。手榴弾でも爆発したかのような爆音。周囲に漂うは無慈悲な悪臭。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 

 

 その日、人類は思い出した。

 癇癪を起こした子供の恐怖を。

 

 

 こうして、この町を締めていたグレン一味は壊滅した。

 

 

 

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