第7話 お金? そんな事よりクレープ食おうぜ!

 

 

「言葉や文字の心配はいらん。文化的な差異によるコミュニケーションエラーは発生するだろうが、基本的な意思疎通は可能じゃ」

「そういや、偽乳隊長達とは普通に話できてたな」

 

 突然の事だったため、言葉に気を使う余裕が無かった。

 続いて言葉が通じる理由について聞いたが、それについてはお茶を濁された。

 なんだろう。脳改造でもされたのか。

 

「次は、干渉力について……お主に説明するなら、魔力と呼んだほうがいいか。厳密に言うと別物じゃが」

 

 引き続き、幼女形態に戻ったニアからこの世界についてレクチャーを受ける。

 この世界の住人は魔力を使い、十夜の知る人類よりはるかに強い力を発揮する事ができるんだとか。

 

 

 

 雪崩から逃げ切って、丸一日。

 目的地である温泉町アルダシールまでは、十夜達の足であと二日かかる。

 代わり映えしない雪山を眺めているよりも有意義だったので、十夜はときおり質問を混ぜながらニアの話を聞いていた。

 

「続いて、お主の体に宿った力について」

 

 この世界についてあらかた聞き終えた後、話は移り変わる。

 今度は、十夜の体について。

 

「お主の力には制約を設けてある。いきなり強くなると、日常生活に支障をきたすからの。力を解放したければこう叫ぶと良い。『アクセス!』と」

「なにその変身ヒーローみたいな設定」

「儂の趣味じゃ」

「この世界自体がお前の趣味じゃないのか」

「間違ってはおらん――ああ、じゃが魔物は儂が生み出したものではない」

「やっぱいるのか、魔物」

「おうともよ」

 

 ニアは、何かに憤慨したかのように頬を膨らませた。

 神様みたいなものだとはいっても、何でもかんでもニアの思い通りにはいかないらしい。

 もしくは、別の神様でもいるのか。話の整理がついたら聞いてみようと、十夜は記憶に書き留めた。基本的に脳みそがぷーなので、覚えているかどうかは怪しかったが。

 

「この世界には、不本意ながら魔物が広く住み着いており、少々危険じゃ。でんじゃーじゃ。魔物とは……このような奴らの事を言う」

 

 ちまちました手で枝を握り、ガリガリと豪快に凍りついた地面を削るニア。

 氷というのは、そう簡単に削れるものではない。

 やはりこの幼女は剛力無双だ。

 

 十夜はニアの描いた物体に目をやる。

 ……絵? 絵かこれ? これが魔物?

 魔物とは、このような丸っこく前衛的な姿をしているのだろうか。

 

「……」

「……」

「百聞は一見にしかず。絵や話で伝えるより、直接見たほうが早いかの」

「はい」

「ちょうどあそこに魔物がいるぞ! 魔物とは、あのように恐ろしい奴らじゃ!」

「ほう」

 

 ニアが指差した先を見ると、確かに化け物っぽい外見の奴が闊歩していた。というか滑っていた。

 体長は二メートルほどだろうか。水に濡れた犬のような、やけにほっそりとしたシルエットの動物だ。

 腕と体の間には膜のような羽で覆われている。犬というより、蝙蝠といったほうが近いかもしれない。

 

 その蝙蝠は、つるつる滑る氷の大地に足をとられ斜面を滑り落ちていく。

 あっという間にその姿は見えなくなった。

 

「あー、恐ろしいのぉ。だが安心せい、お主に与えられた力は強大。あの程度の魔物なら楽勝じゃ」

「あんまり恐ろしさは感じなかったが。むしろ自然の驚異の方に目がいったぞ。あの魔物、住む場所を間違えてるんじゃないのか」

「うむ、儂もそう思う」

 

 ニアは頷いた。

 こんな場所では食料もろくに獲得できないだろう。

 あの魔物はアホとしか思えない。

 

「ところで、お主は生き物をゴキッとサックリ殺ってしまえるタイプかの?」

「ゴキッと、は。少し抵抗あるな。必要なら容赦なくトドメも刺せるが、銃とかの方が良い」

「銃は、探せば無いわけでもないが。武器の類の持ち合わせはほとんど無いのぉ。儂には不要じゃし……あ、チェーンソーならあるぞ。動力源は魔力じゃから、今のお主には使いにくいと思うが」

「チェーンソーの方が嫌だわ。まだナイフとかの方がいいわ。お前は俺を十三日の金曜日に現れる怪人にしたいのか」

「ホッケーマスクも用意しようか? あと一応言っておくと、あの怪人はチェーンソーを使った事など無いぞ」

「……え、マジで?」

 

 マジである。とんだ風評被害だった。

 被害者は、殺人鬼の武器扱いされている可哀想なチェーンソー君(巨木をも切り倒せる肉体派)。

 というか、十夜としてはニアの無駄極まりない知識の方も気になった。神様ってのは暇なんだろうか。

 しかし、余計な事ばかり聞くと話が進まない。とりあえず今聞くことは。

 

「まぁ怪人とか不殺さずの誓いとかは置いておいて」

 

 十夜は、とりあえず一番気になる事を聞くことにした。

 魔法なんてものを見てしまうと、やはり気になる。男の子としては気になる。女の子も気になるかもしれない。マスコット的なキャラと契約して、魔法少女になりたいと願ったりするのかもしれない。

 十夜は、昨日の光景を思い返しながら質問した。ぶっとび幼女が放った、ふざけた威力の魔法を。

 

「俺も魔法使えたりするのか?」

「一から学べば、そりゃ使えるが」

「おお。なら勉強しないとな」

「お主の場合、魔法を使うより普通に殴ったほうが強いぞ?」

「夢のない事を言うのはやめろ」

 

 二人は、あーだこーだ言いながら歩を進め、山を降りた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 十夜がこの世界に降り立ってから、三日が経ち。

 十夜達は、温泉町アルダシールに到着していた。

 

「……あんまり三日経ったって気はしないな」

「お主にとってはそう感じるかもしれんの。ま、かるちゃーぎゃっぷとでも思っておけ」

 

 十夜は空を見上げた。

 なかなか沈まない太陽に、ずっと同じ位置にある月。

 太陽がこの星を一周するのに、地球の三十倍近い時間が掛かるらしい。

 カルチャーギャップが過ぎる。太陽が一周するから一日と呼ぶのではないのか。

 

 

 

 山間にある町の門を潜ると、十夜は町並みをまじまじと眺めた。

 町が防壁と山で囲まれているせいだろうか、思ったより人口密度は高い。

 所狭しと並んでいる建物はレンガ造り。窓にはガラス。建物は三~四階建てが多かった。

 町の正門と大通り周辺は平坦だが、そこから離れるにつれて徐々に大地が盛り上がってくのが大きな特徴か。山の合間に作られているのだから当然だが。

 そして特徴的といえば、もう一つ。町の中央をぶった切るようにして川が流れている点。

 これも、山間に町を作る以上は当然だ。水害が心配だが、町の生命線であり死の線でもある治水にはかなり力を割いているように見受けられる。

 

 このあたりは、ニアから聞いていた通り。

 技術的には十夜のいた世界の方が進んでいるが、マンパワーでどうにかなる部分は良く整備されている。魔力で身体能力を強化できるとの事だし、人々の身体能力の差が現れた結果だろう。

 魔力を動力源とした掃除機や洗濯機のような機械類もはあるにはあるらしいが、高いのでそれほど広まってはいない。

 

 大通りにはそれなりの人通りがあり、その両脇には屋台が並んでいる。

 煌々とした太陽の光を浴びたそこは、明るく活気に満ち溢れていた。

 途切れる事のない呼び込みの声。子供が走り回り、自分の体ほどもある大荷物を抱えた女性が通りを歩く。

 魔物がいるというわりには、思ったより平和で経済的にも余裕がありそうな雰囲気だ。

 

「おっちゃん、バナナクレープ二つ。クリーム満載で頼むぞ」

「あいよっ」

 

 目を放した隙に屋台に突撃しているニア。

 神のごとき早業だ。いや、神なんだけど。

 

 とてとて戻ってきた笑顔のニアからクレープを受け取り口にする。

 鼻腔をくすぐるのは、久しぶりに感じる甘味の香り。クリームを口にするなんて、一年ぶりぐらいだろうか?

 長旅で疲れた体は塩気を欲していたが、まぁ甘い物も悪くは無い。

 

「お、」

 

 口の中に、甘ったるいクリームと新鮮なバナナの風味が広がる。

 柔らかく温かいクレープ生地。その生地に温められ溶け出したチョコレートからは、確かな甘みと、カカオの苦味。

 

 なんだか懐かしい。

 学校帰りによくクレープ屋に寄っていたのを思い出す。

 女子中高生ばかりの空間。十夜には若干いづらいものがあったが、幼馴染に強制連行されて一緒に食べていた。

 

 過去を懐かしみながら、十夜はゴクンと喉を鳴らして思い出を飲み込んだ。

 すぐに二口目に手をつけようかとも思ったが。なんだか今は、余韻に浸っていたい気分だ。

 十夜は、数秒間の間。ただ、手にしたクレープを見つめていた。

 

「――うまいな、これ」

「当然じゃ。食文化的には、お主のおった所より洗練されておるかもしれんぞ?」

「マジか。技術は進んでないって言ってなかったか?」

「食に関してだけは例外じゃ。儂が頑張って維持した」

「おお、偉い偉い」

 

 十夜はニアの頭を撫で撫でした。心地よいサラサラの髪の感蝕も懐かしい。

 クレープをはむはむしながら、ふふんと得意げに胸を張るニア。

 成長形態ならチラ見してしまう状況だが、幼女形態で胸を張られても十夜の劣情は乱されない。

 十夜は適当に合い槌を打ちながら気分を入れ替え、クレープを平らげた。

 

 やがてニアの方も食べ終わり、指をペロリと舐めながらこの先の事について話し始める。

 

 

「十夜、十夜。まず言わねばならん事があるのじゃが」

「なんだ。食事なら次は肉でたのむ」

「いや、肉というかなんというか……」

 

 そして、爆弾を投下した。

 

「金が無い。クレープを買ったことで無一文になってしもうた」

「……は? はぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 茫然自失。

 十夜はワナワナと手を震わせて、手に残ったクレープの包み紙を見つめる。

 トッピング山盛りのクレープ。さぞお高かった事だろう。

 

「え? これが最後のお金? 最後のお金でクレープを買ったの?」

「そうじゃが」

「お前! もうちょっと考えて使うとか、せめて一言なんかあるだろ!」

「心配はいらん、安心せい。労働の対価として金を受け取ればいいだけの話じゃ。当面の宿代ぐらいは稼がねばな。働くのはお主じゃが」

「いや心配しかねぇよ。安心なんて欠片もねぇよ。お前は未来に対する不安を感じないの? 無敵なの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「先のことなど考えても仕方なかろう。幼女に何を求めておるのじゃお主は」

「いや幼女じゃないよね。ロリババァだよね」

「幼女パンチ!」

「ぺぷしっ」

 

 幼女パンチをくらって吹き飛ぶ。周囲の人々は、幼女に吹き飛ばされた十夜に生暖かい視線を向けた。演技だとでも思っているのだろうか?

 なんだか微笑ましいものを見たとでも言うような雰囲気。そんな中、十夜はわりとマジで痛がっていた。

 というか。痛さの度合いでいえば、数十メートル落下して氷の塊に頭を打ちつけた時と良い勝負だ。普通の人間が喰らったら、頭がパーンとスプラッタしちゃうんじゃなイカ。

 

 そんな事を思いながら、十夜は生まれたての子鹿のように足をガクガク震わせつつ立ち上がった。完全にグロッキーだ。

 ニアは、普段より若干怖い表情で十夜を睨む。顔は怖くないが、その破壊力と理解不能な行動力が怖い。

 

「心には思っても、口に出してはならん言葉がこの世には二つある。『おばさん』と『ババァ』じゃ」

「はい。これからは心で思うだけにします」

「心で思うのもできるだけ止めよ」

「そんな理不尽な」

「神とは理不尽なものじゃ。納得せい」

 

 無茶な要求をしつつ、ニアは表情を一変させてニカッとした笑顔を浮かべた。

 こういう状況でなければ、無垢な笑顔だと顔をほっこりさせたかもしれない。

 だが、この幼女は無垢ではない。単なるアホだ。

 殴りたい、この笑顔。

 

「さて、冒険者ギルドへ向かうぞ。そこで登録して仕事を請け負うのじゃ。道中話したとおり、荒事を一手に引き受けるヤクザ家業……実はこういうのに憧れておった。お主も無駄に力だけは強いから、魔物退治の仕事なら楽勝じゃろうて」

「魔物を探すのが大変そうだけどな」

「十夜はネガティブじゃのぉ。率直に言って、嫌な奴じゃのぉ」

「ニアが楽観的すぎるだけという気がする」

 

 十夜は嫌がったが、あてがあるわけでもない。

 やむなくニアの言葉に従い、冒険者ギルドへと向かう事にする。

 選択肢が無いというのは、本当に理不尽だが。

 

「本当に大丈夫? 痛くない? てか素手なんですけど? 武器もないの?」

 

 道中、十夜は若干キョドりながら不安を漏らした。

 オーク一味との鬼ごっこで自身の力がなんとなく凄いっぽいと実感はできていたが、やはり実際に魔物と戦うとなると話が違う。

 

「心配性じゃの。チート能力を得たお主が、そこいらの魔物ごときに負けるはずがあるまい。それこそ竜でも出てこん限りな」

「やめて! フラグを立てるのやめて! そんな事いったら竜さんが出てきちゃうから!」

「安心せい、竜が人里近くまで来る事など滅多にないわ……前に人里を襲った竜はいたが、確か住処を荒らされたのが原因じゃった。馬鹿者が雪山で炎の魔法を使いまくったお陰で雪崩が発生し、竜の巣が潰されてしまったんじゃ」

「その大馬鹿野郎が目の前にいるような気がするんですけど」

 

 ごねる十夜。

 ごねて解決する問題ではないが、なんとなく十夜はニアが何か出し惜しみをしている気がしていた。

 十夜はそういった物の臭いには敏感である。

 たとえ人間のクズと呼ばれようと、利益を追求するピュアな心の持ち主。それが十夜であった。

 最悪、チェーンソーを装備すればいい。

 

「仕方ないの。では、武器ぐらい出してやるか。ほれ」

 

 そう言いながら、空中から取り出した剣をぽいっと放り投げるニア。

 持ってるなら最初から出せやゴラァとは口が裂けても言わない。

 幼女怖い。

 

 十夜は、ニアが取り出した剣をまじまじと見つめた。

 率直に言って、ボロ剣であった。

 錆こそついていないが、その辺の空き地に打ち捨てられていてもおかしくない。

 

「神剣、ウィスタリアじゃ。儂が名付けた」

「おお、神剣」

 

 古ぼけた剣だが、神剣と聞くと由緒正しいものに思えてくる。

 見た目はみすぼらしいが、内にはとてつもない力を秘めているような。

 

 十夜はキラキラした目で神剣を見つめた。

 男の子としては、伝説の剣といった物は憧れの対象だ。

 

「この前森の中で拾ったんじゃ。古いし手入れもされていないし、おそらく銀貨三枚……三日分の宿代ぐらいの価値かの」

「拾ったのかよ! 神剣じゃないのかよ!」

「儂が持っている剣なんじゃ。神剣と呼んで差し支えなかろう?」

「期待した俺がバカだった……てかお前、さっきから色んな物をポンポン出してるよな。アイテムボックス的なものにいろいろ物を溜め込んでるんだろ? それを売れば宿代ぐらい出せたんじゃないのか?」

「嫌じゃ。せっかく集めた儂のコレクションを売りとうない」

「……お前、部屋とか絶対片付けられないタイプだよな」

 

 やや期待はずれではあったが、まんまと武器をせしめた十夜は冒険者ギルドへと向かった。

 

 

 

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