第2話 そーれ無職! 無職! 無職!

 

 

 十夜の体は、ニアの視線に射抜かれて縮こまった。

 なんか怖い。ヘビに睨まれたカエルの方がまだマシだろう。

 

「薄々察しておるとは思うが、ここはお主のおった場所とは異なる世界。お主には、儂の護衛として働いてもらいたい」

「絶対に働きたくないでござる」

 

 返答については完全にスルーし、十夜の体の様子を見るニア。

 ぺたぺた触ってくる小さな手は妙に暖かく、くすぐったい。

 懐かしい感覚。そういえば、人に触られるのなんて数ヶ月ぶりだったか。

 人と人との触れ合いも、物理的な接触も。一人では、出来やしない。

 

 

 ニアはひとしきり十夜の体を撫で回した後、うんうん頷きながら納得したような笑みを浮かべる。

 笑顔だけなら天使のごとき様相だ。暴力はノーセンキューだが、可愛さだけはマッドマックスである。

 

「ふむ、力は問題なく定着しておるな。これなら並みの人間が束になった所で敵うまい。護衛として働ける程度の力は備わった」

「話聞けよ」

「これからお主は、儂の物見遊山の旅についてきて貰う。かわいい儂と獣のような主の湯煙ぶらり旅じゃ。なにやら事件の香りがしそうだとは思わんか?」

「撲殺事件が起こりそうだな。殺されるのは俺だけど」

「いちいちうるさい奴じゃの。そんな斜めに構えておっては楽しめんぞ?」

 

 自覚はあったので、十夜は少し言葉に詰まった。

 十夜は図星を突かれるのが大嫌いである。うるせー日本ハム投げつけんぞゴラァと言いたかった。百歩譲って、丸大のロースハムでも良い。

 殴られたくないので堪えたが。十夜にファイターズな心の持ち合わせは存在しない。

 

「このまま死ぬよりは、温泉巡りでもしたほうが楽しかろう?」

「……ま、たしかにそうかもな」

 

 死ぬより、生きていたほうがいいには違いない。

 心残りは、ある。

 しかし、今まさに死ぬ所だったのだ。

 もう、自分があの世界でできる事など何も無い。

 

 

 十夜は、気持ちを切り替えた。

 この先の事を考え、ニアに質問をする事にする。

 

「そういやさっき力が定着してるとか言ってたけど、何かチート的な能力でもくれたの?」

「ああ、今のお主はリンクス効果による信号増幅能力を……と言ってもわからんか。平たく言うと、なんかすごい身体能力を得たぞい。フュージョ……いや、融合パワーという奴じゃ」

「誰と融合したんだよ、お前七つの玉の物語好きすぎだろ……とりあえず、その力ってのはどれぐらいの物なんだ?」

「言葉で説明するのは難しいが。町ひとつ落とせるぐらいかの?」

「ええー」

 

 思ったより凄かった。

 

「ちなみに、フルパワー状態の儂は世界を滅ぼせるレベルじゃ」

 

 そして、十夜はこのババァには逆らわないようにしようと心に決めた。適度におちょくる程度に留めておくのが望ましい。

 長いものには巻かれる、それが十夜だ。ひどい地獄だと思っておかみに逆らったって、いい事など何もなかったのだ。反骨精神? 糞喰らえ。

 

「あと、ちょっとしたおまけもつけておいたぞい。視線を自分の手のひらに合わせて、『何か出ろー!』と念じてみよ」

「なにその適当な説明」

 

 言いながらも、実はほんの少しドキドキワクワクしていた十夜は自分の手のひらに視線を集中させ、「何か出ろー!」と念じてみた。気合全開、百パーセント中の百パーセントの力で念じまくってみた。

 出てくるのは魔法か? それとも伝説の剣とかか? 期待に胸が躍る。

 

 

 だが果たして出てきたのは、簡素な文字と数字の羅列のみ。

 

 

 名前:十夜

 種族:不定

 職業:無職

 レベル:1

 干渉力:8220

 

 

「俺、無職かよ……」

 

 いや、無職なのだが。

 具体的に言葉にされると辛いというか。

 干渉力の高さより、どうしてもそちらに目が行ってしまう。

 

 世界最強の魔道師(無職)とか、小説家志望の男性(無職)みたいな書き方をされると、どうしても無職の方に目が行くだろう? どんな凄そうな肩書きがあっても、駄目人間臭がしてしまうだろう? 後者の方は、肩書きのほうも駄目な気がするが。無職との合わせ技で一本だ。

 

 あと、種族不定って何だよ。

 住所不定無職的なノリなのか。

 

 

「鑑定能力が人気らしいのでな。正直実現は難しかったので数値は適当じゃが、まぁ目安にはなるじゃろ。ちなみにレベルが経験、干渉力が……戦闘力みたいなもんだと思ってくれ」

「ありがたいんだけど、なんかすごいがっかり感がある」

「何を言う。レベルは少し手間さえ掛ければ見れるが、干渉力は本来公開していない情報じゃぞ? それを見ただけでわかるなんて、すごい能力じゃろうが」

「いや、そうなんだろうけどさ」

 

 てっきり、何かすごい物が出てくると思っていた十夜は拍子抜けした。

 期待感と現実との落差ががっかり感を生む。観光地に行って、名所をいつのまにか通り過ぎていた時のようながっかり感。気づかず通り過ぎたようなものをもう一度見たとしても、気分が高揚する事などない。そう思いつつも、せっかく来たのだからと戻って現物を確認し、さらにがっかりしたりするのだ。

 

 

「干渉力の目安としては、普通の人間なら二桁。強い奴で三桁。千に手が届くのは、町に一人いるかどうか。それ以上は……いないわけではないが。人間で到達できるのは、そうはおらん」

「そうすると8000ってのは、相当に強いのか」

「町一つ落とせるぐらいじゃしな。人間の中では、まぁ最強じゃろう」

 

 十夜のやる気が回復した。

 チョロインよりチョロイ男、それが十夜だ。

 バレインタインデーにチョコなぞ貰おうものなら、天空を駆け小躍りしながら「ひゃっほーい!」と叫び出すに違いない。

 基本的に、餌を与えてはいけない類の人間である。調子に乗るから。

 

 

「さて、お主のやる気も出たところで話を戻そうか。もう一度言う。お主には、儂の護衛をしてもらいたい」

「任せろ、俺は約束は必ず守ると評判の男! ……ん? でも世界を滅ぼせるような奴に、護衛なんて必要なのか?」

「ほら、あれじゃ。秘められた儂の力が常時解放されていると世界がピンチなのじゃ。『静まれ、儂の左腕!』という奴よ」

「なんか胡散臭い」

「信じよ。信じるものは救われる」

「なんか胡散臭さが増した」

 

 とはいえ、調子の良さが有頂天に達した今の十夜に拒絶の選択肢はない。

 十夜はキリッと顔を整え、決意の眼差しでこう口にした。

 

「わかった。俺はお前についてい」

「あっ」

「えっ」

 

 突如、ニアが声を上げる。なんだかすごく人を不安にさせる奴だ。こんな奴についてって大丈夫だろうか。

 思わず十夜も声を上げてしまった。

 

「どうした、急に。何か忘れ物か? 妙に不安感を煽るような物言いはやめてくれ」

「あっ、待て。あっ、あっ」

「聞けよ」

 

 わたわたと手を振るニア。

 すんごい嫌な予感。十夜の心臓は、かつてないほどマッハなビートを刻んでいる。

 

「頼む。俺にもわかるように、何があったか教えてくれ」

「召喚魔法じゃ! お主を呼び出そうとしている奴らがおる。ええい、卑しいハイエナ共め! こいつは儂が先に拾ったというに!

 

 俺は捨て犬か何かかよ。

 そう思う十夜だったが、突っ込みを入れるほどの冷静さは持ち合わせてはいない。

 心臓をバックンバックンさせつつオロオロする十夜。

 その足元が、突然ぱっくりと割れる。

 

「おあー!?」

 

 なんだかマヌケな悲鳴を残しつつ、十夜の体は裂け目に飲み込まれて消えていった。

 

 

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