第1話 そーれ幼女! 幼女! 幼女!



「おっぱいを枕にして死にたい」

 

 

 長い眠りから覚めて。

 ぼんやりとした思考の中、『お前の望みをかなえてやろう』的な事を言われたので、十夜はそう答えた。

 

 これは十夜の素直な気持ちだった。

 声の主は、おそらく十夜が最後に見た白髪の女性であろう。わずかに見えたシルエットからの類推だが、なかなかのスタイルをお持ちである事が伺えた。そのご威光にぜひあやかりたい。

 おっぱいフォーリンラヴ。

 

 

 頭おかしいんじゃないのと言われて然るべき状況であったが、相手は動じなかった。

 鋼の心を持つサイボーグ並に動じなかった。

 それどころか、更にぶっこんで来る。まさに王者と呼ぶに相応しい風格だ。

 

「いいじゃろう、儂の胸を使うが良い」

「マジでっ!?」

 

 鈴を転がしたような女性の声でそう返答され(なんかババァ口調だけど)、カッと目を見開いた十夜は思わず飛び起きる。

 同時に、股間の息子も少しだけおっきした。

 完全に力尽き枯れ果てたと思っていた肉体は、長い眠りの中で回復していたようだ。

 すごい、人体に秘められたエネルギー。めくるめくパワー(エロスビッチ)。

 

 十夜の目に映るのは、輝いているのではと錯覚するほど眩い女性。

 キラキラした白銀の髪に、澄んだ青い瞳。

 その瞳を目にすると、目が離せない。まるで吸い寄せられるようだ。

 この世の者とは思えない姿だった。

 

 十夜は必死になってその瞳から視線を逸らす。

 やっとの思いで視線を下げると、白いドレスが目に入った。

 そしてそのドレスの下に隠されているであろう体も。

 

「……誰だお前」

 

 

 その女性は、幼女だった。イエスロリータだった。ノータッチがマナーである。

 眠りにつく前に会話していた女性とは、完全に別人だ。

 

 十夜は先ほどのやり取りを思い返す。

 どうやらこの女性は、自分に胸を貸してくれるらしい。

 

 

 もう一度、女性の胸元に目をやる。

 平らだ。ぺったんこだ。幼女なのだから当たり前だが。

 

「……へっ」

 

 十夜は鼻で笑って目を閉じ、再び意識を深く暗いところに沈める。

 十夜は死を受け入れた。

 

 

 

「怒りの幼女パンチ!」

「ぺぷしっ!?」

 

 十夜は幼女のパンチを受けて派手に空を舞う。

 殴られた頬が酷くズキズキする。理不尽だった。人は空を飛べないなどと、誰が言ったのか。

 頬を押さえた十夜は、しなっと体をくねらせて恨みがましい視線を幼女に向ける。

 

「何をするんだ、痛いじゃないか」

「それはこっちのセリフじゃ。今、鼻で笑ったじゃろう」

「笑ってない」

「いいや笑った。嘲笑した。儂の心は深く傷ついたぞ」

「俺の体は物理的に深く傷ついたんだけど」

 

 なんなのこのロリババァと思いながら、十夜は周囲を見渡す。

 状況が不明だ。アンノウンだ。人は暗闇の中を手探りで歩いていけるようにはできていない。猫とは違うのだ、猫とは。周囲は暗闇どころか眩しいぐらいだが。

 

 眩しいと感じるのも当然だろう。周囲は真っ白い空間に覆われていた。

 なんだこれ。病院も真っ青になる白さである。驚きの白さ、洗剤のCMに使えそうなレベル。

 周辺からは、風も音も伝わってこない。まるで世界がこの空間だけ切り取られたかのように。世界から隔離されてしまったかのように。隔絶された空間の中で、二人は向き合っていた。

 

 

 と、十夜はハッとこの状況の解答となりうるシーンに思い至る。

 漫画や小説でよくあるパターンだ。

 

 あれだ。異世界トリップや転生モノにありがちな、神様空間というやつではなかろうか。

 こういう場合、チート的なパワーを貰って異世界に行く事になるのが常だ。

 神様空間に拉致された以上、そういう事を期待してしまう。チートは欲しいが、それよりむしろ異世界にいけるというのがいい。あんな糞な世界おさらばしてやるぜ!

 

 

 しかしながら、そこまで考えて十夜は気づいた。気づいてしまった。

 

 ……あ、これ神様空間と違う。雪だこれ。

 周囲をギンギンに輝く防御フィールドのような物が覆っているためわかりにくいが、ただ吹雪の中にいるだけである。

 ただの演出か。がっかりだよ。

 十夜は、膨れ上がった感情が一瞬にして萎えていくのを感じた。

 元々、死を受け入れていたのだ。躁鬱どころの話ではない。感情の揺り戻しが激しい。あ、なんかまた死にたくなってきた。

 

「もう完全に目も冷めたじゃろう。返答を聞こうか。おっぱい枕云々は聞き流してやる」

「返答……? ああ、寝てる俺の耳元でブツブツ呟いてた奴か? たしか、七つの玉を集めると願いが叶うとかなんとか」

「誰もそんな事は言ってない」

「む、どうやら記憶が混乱しているようだ。先ほど殴られたせいだろうか」

「それはいかんの。もう一度衝撃を与えると元に戻るじゃろうか」

「やめて! 俺のライフはもうゼロよ!?」

 

 必死に記憶を手繰り、先ほどこの幼女が言っていた事を思い出す。

 正直寝ぼけていてろくに聞いていなかったが、人間やればできるものだ。

 先ほどの幼女の言葉どころか、今までの人生の記憶がまるで早送りの映像のように十夜の頭の中に流れていく。

 

「あかん、走馬灯走ってますわ……これは命の危機」

 

 だが、幼女のセリフを思い出す事には成功した。

 時空の迷い子がどうのこうの、儂は神様みたいなものじゃだの。

 

 神様。

 出会いがしらに、どたまかち割ってやるとの決意を胸に秘めていた相手だった気がする。

 実際に出会ってみると、さすがに実行には移せそうに無いが。幼女だし。パンチ力強いし。

 

「思い出したよ。ええと……あんた、自称神様の……ニアって言ったか?」

「うむ、自称は余計じゃが一応思い出したか。時空の迷い子、長月十夜よ。さぁ、願いを言え! どんな願いでも一つだけ叶えてやろう」

「お前、絶対七つの玉の物語知った上で乗ってきてるだろ。あと時空の迷い子って何だ」

 

 そう言いつつも、十夜は願いを考えてみた。

 ためしに、死者を蘇らせる事はできるかと聞いてみる。

 解答は「できぬ」だった。

 なんだこいつ使えねぇ。本家の神様ドラゴンより使えねぇ。もっと根性見せろよ、神様(プゲラッチョ)。

 

「おぬし、今『なんだこいつ使えねぇ』と思ったじゃろう」

「よくわかったな」

 

 チョップを喰らう。

 なんか変な声が漏れるほどの一撃だった。

 もしかしたら言葉以外の何かも、口のから漏れ出たかもしれない。エクトプラズム放出されてしまったのかもしれない。

 

 

「何でもと言ったが訂正しよう。儂にできる事なら何でも叶えてやろう。ほら、もっとあるじゃろう? 『イケメンに転生してモテモテになりたい』とか『異世界チートトリップしてハーレムを作りたい』とか欲望を曝け出してみよ。過去の統計では、ほぼ百パーセントの確率でそういう事を言われたのじゃ」

「ずいぶん偏った統計でありますね」

「時空を彷徨っちゃうような中二病患者連中じゃしな。お主も含めて、確かに変人の傾向はある」

「俺は含めなくていーです」

「連中の合い言葉は『リア充爆発しろ』じゃった」

「やっぱ俺も含めていいや」

 

 十夜は投げやりに返答する。ついでに口調もなんか適当だ。

 幼女とはいえ、なんか荘厳な雰囲気をかもし出している相手である。

 一瞬だけ敬語を使うことにチャレンジしたが、十夜は他者への敬意など知らぬ存ぜぬ省みぬキャラであるため、口調の使い分けは苦手だった。

 特に最近のやさぐれ十夜はエクストリームだった。

 敬語とかきちんと使えない。何それ美味しいの?

 十夜は敬語を使うことを諦めた。

 

「そんな分不相応な願いを語る馬鹿者共に『でもお前の願いは叶えてやんねー! 糞して寝ろ。プギャー!』と言ってやるのが最近の儂の楽しみなのじゃ」

「お前最悪だな」

 

 

 冷めた視線を向ける十夜。十夜の幼女ババァに対する好感度はだだ下がりだ。

 大体、幼女なのにババァ口調というのがもう頂けない。可愛いとでも思っているのだろうか。自分探しの旅をした結果、間違ったアイデンティティを獲得してしまったのだろうか。そんなものは捨ててしまえ。

 

 うろんげな目を向けられたロリババァは、コホンと咳をして仕切りなおす。

 

「冗談はさておき」

「本当に冗談なの?」

「冗談はさておき」

 

 十夜はニアの視界に回りこむが、彼女はさらに視線を逸らして逃げた。

 頬に流れる一筋の汗。ペロリと舐め上げて「ヒャッハー! この味は嘘をついている味だぜぇぇぇッッ」と言ってやりたかった。

 が、そんな変態的行為に及べばおそらく殴られるであろう。

 先ほどの幼女パンチとチョップはまるでヘヴィー級ボクサー並の威力を誇っていた。あれをもう一度喰らいたくは無い。もう一度喰らえば、今度こそ命が危うい。魂が漏れ出てしまう。

 この幼女、最強。

 

「もう願いはええわい。どうせネタにするために聞いただけじゃしの」

「冗談ってそっちの方かよ」

「さて、せっかく儂の釣竿にヒットしたのじゃ。儂はキャッチアンドリリースなどという偽善を装う気は無い。釣った魚は有効活用するタイプなのでな」

 

 

 そう言って、ニアはペロリと唇を舐めた。

 その瞳には、怪しい光が灯っている。

 

 

 あ、アカン。これ、俺の方がペロリといかれる側だ。

 

 十夜はそう確信した。

 

 

 

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