第19話 苦い蜂蜜



 古武術には対刀用の技が存在する。

 合気道など、古くから存在する格闘技ともなれば、対戦相手がサムライであることも想定して技が作られてきたからだ。



 生まれたての格闘技である触手拳。歴史が短いからと言って、古武術よりも劣る様では話にならない。


 サムライの殆どが絶滅した現代に作られた格闘技であろうとも、対刀用の技もさることながら対甲冑用の技も開発しない事には、最強の格闘技を名乗るワケにはいかないのだ。



 そんな事情により開発された、触手拳の対甲冑用が奥義。甲冑を着込むことの無い現代社会に置いて、使われることが無いと思われた奥義ではあったが…今回、着ぐるみの内部に侵入する事によって、その威力を遺憾無く発揮。

 ショクシュ子の勝利に大きく、貢献するのであった。



 這いレロ☆触暗闘ショクシュスプラッシュは元々、甲冑の隙間に触手を滑り込ませて急所を攻撃する為の奥義。


 触手の先端によるレロレロ攻撃を繰り返すウチに、触手渇望症を発症させた敵が自ら甲冑を脱ぎ捨てる。

 いわゆる北風と太陽における、太陽の脱衣誘導攻撃なのだ



 しかし、今回は甲冑では無く着ぐるみ。ショクシュ子は隙間からの攻撃では無く、隙間の中へと潜り込む攻撃へと活用。

 そして脱衣誘導攻撃では無く、脱衣が出来ない状況からの一方的な攻撃へと奥義を利用したのだ。



 李羅は着ぐるみを脱ぎ捨てることも、触手の攻撃の手を緩めさせる事も、抵抗することすら叶わなかった。


 なすがまま、なされるがままのレロレロ攻撃。絶え間無く続く攻撃は、李羅の体液を容赦無く放出させる。


 着ぐるみの内部にて垂れ流された体液は、水飛沫となり李羅とショクシュ子との全身を覆い尽くす。


 それにより触手の滑りは更に増す事に。必然的に威力も増すのであった。




 そんな激しい奥義が三時間、繰り広げられた。ピクリとも動かなくなり、うつ伏せに倒れこむ白熊の着ぐるみ。その背中のジッパーが、内側から開かれた。


 中からヌルリと出てきたのは体液まみれのショクシュ子。今回の死闘の勝者である。


 暗闇の中、少ない酸素という悪条件でありながらも、的確に急所へとレロレロ攻撃を繰り返したショクシュ子もまた、激しく消耗していた。


 一撃も喰らわずに、余裕での完勝にも見えなくも無かったが、レロレロ攻撃を少しでも休めれば、着ぐるみ越しに発勁の攻撃が待ち受けていたのだ。

 逃げ場の無い着ぐるみの中、死に物狂いでレロレロし続けた姿は、完勝とは言い難い姿であった。




 着ぐるみから完全に抜け出し、ヨロヨロと立ち上がるショクシュ子。

 そこに駆け寄ってきたのは遠くから死闘を見守ってきた、マネージャー詡王である。


 手にはモフモフのタオルが。まさにマネージャーの鑑と言うべき姿であった。


「お疲れ様でした、ショクシュ子ちゃん。はい、タオル!」


 タオルを受け取ると体液を拭い、ショクシュ子は一息ついた。


「これで二人目…あとは、残すところ蟷螂拳の使い手、オガミ ハナのみね」


「はい!やっぱりショクシュ子ちゃんは凄いです!最強の三人の撃破も触手拳であれば必ず叶いますよ!」


「まあ、そうは言っても紙一重の勝利だったけどね。白鶴拳との勝負も一歩間違えれば敗北してたわけだし、流石は三大天才格闘少女と言ったところよ」


「それでも勝てたんだから、やっぱりショクシュ子ちゃんは凄いですよ!謙遜なんて似合わないです!」


 マネージャー詡王のベタ褒めに照れるショクシュ子ではあったが、気を引き締めて次の対戦相手の事を問いただす。


「最後の相手、華ってのは日本人とのハーフなのよね?生粋の中国人でも無いのに中国でトップに立てるなんて、かなりの使い手って事になるわね?」


「そうです!油断ならない相手です!三大天才格闘少女の中でも最強とも呼び声高いのが華さんです!つまり、象形拳組合ピンクの象にて、最強と言っても過言ではありません!」


 それから詡王は華の情報をショクシュ子に伝えた。

 華の悲しい家庭環境に眉をひそませながらも、ショクシュ子は華との対戦の為に準備を整えるのであった。




 二人が次の目的地に向かうため、李羅の元を離れようとするとするが、ショクシュ子が思い出したかの様に荷物から小瓶を取り出した。


 その小瓶を倒れている李羅の元にそっと置くと、詡王と共にその場を後にするのであった。



 李羅の前に置かれた小瓶には、中国語で「超高級蜂蜜」と書かれていた。


 元々、詡王による策としては二通りあったのだ。

 超高級蜂蜜で買収しての対戦とするか、蜂駆除用防護服を着ての嘘話による誘導か。


 だらけ切った李羅を見て買収では本気で闘うとは思えないと、ショクシュ子は判断。

 本気にさせる為に、蜂駆除用防護服での誘導を選んだのだった。



 そして闘いを終えた今、無用となった蜂蜜を李羅の敢闘を讃える意味を込めて、その場に残したのだ。



 二人が立ち去り、暫らくすると目を覚ました李羅。

 自身の未熟さと敗北と、そして触手の素晴らしさを思い出した。


 目の前にある置き土産の超高級蜂蜜を無造作に開け、中身を頬張るが異常に苦い。



 大粒の涙が混じった超高級蜂蜜。生涯忘れることの出来ない敗北の味として、涙で嗚咽しながらも貪るのであった。


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