第18話 法皇の舌先
先程まで、無闇矢鱈に突っ込んで来た李羅だったが、今度はその場で身構えてショクシュ子と対峙する。
怠けていたとは言え、天才と称された李羅である。今、己の置かれている状況から勝利を掴むには、この手しか無いと判断。
ショクシュ子もまた、李羅の行動が理解出来た。
怠けて体力が落ちた李羅では、自分から攻撃を仕掛けていては体力を無駄に消費。
一朝一夕で体力が増えるわけでも無いのだから、体力を極力消費しない闘い方こそが理想なのだ。
自らは手を出さず、ショクシュ子の攻撃に対して迎撃。つまり、カウンターを狙うのが李羅の狙い。
一撃必殺の熊掌拳の攻撃である。それがカウンターとなって威力を増せば、確実に死は免れない程の破壊力となるだろう。
熊掌拳は素手による破壊力を第一に求める流派である。故に先手による技が圧倒的に多く、防御を軽んじる傾向にあった。
しかし、そんな熊掌拳の歴史の中にも、防御に適した奥義が存在した。
只々、破壊力のみを求めた結果、相手の攻撃を利用して破壊力を増す攻撃手段…カウンター攻撃だ。
それは熊掌拳の中では数少ない、後手による闘い方として受け継がれる事になる。
怒りで我を失いかけていた李羅が、ショクシュ子に勝つ為に最良の手と考えたのが、後手による先手であった。
「奥義!
李羅は微動だにしない。ただ、相手の攻撃を待つだけである。
そんな李羅の迎撃体制に、ショクシュ子は手を出しかねていた。
今の李羅に対しては、どの様に攻撃してもカウンター攻撃によって、迎撃されるビジョンしか見えてこないからだ。
李羅の奥義に対して相打ち狙いならば攻撃は可能。しかし、破壊力に差があるために、相打ちでは逆に不利な状況へと追い込まれる。
せめて急所へと攻撃出来ればカウンターにも支障をきたして、攻撃の糸口へと繋がるのだが、李羅は白熊の着ぐるみを着用。
全身の急所への攻撃は半減するのであった。
…そうなるとショクシュ子の手は一つしか無い。覚悟を決めるとジリジリと李羅ににじり寄る。
あと僅かで李羅への攻撃が可能となる程、距離は縮まった。張り詰めた空気が辺りの音を、やけに静かに感じさせる。
それはショクシュ子と李羅、双方が感じたことである。
二人が全神経を集中させると、周りにある全てのものが、止まって見える程の集中力となる。
音すら止まって感じるのは、二人が達人の域に達しているからに他ならない。
そんな対峙する二人、先に動いたのはショクシュ子の方であった。
狙いは李羅の足元。目に見えぬ程の鋭く、速い触手による前蹴り。
それは白鶴拳の裴多による前蹴りに酷似していた。
触手による最速の攻撃を考えたショクシュ子が導き出した答えが、裴多との死闘による経験を生かした、最速の前蹴り。
嘴では無く触手による前蹴りなのが白鶴拳との違い。
そんな最速の前蹴りに、李羅はニヤリと笑みを浮かべて迎撃。李羅にとっては足元への攻撃など、想定の範囲内なのだから。
熊掌拳だからと言って、掌による攻撃だけが全てでは無い。足技だってそれなりに存在する。
足元への最速の攻撃でカウンターを防げると考えているのなら、それは熊掌拳を舐めてるとしか言いようが無い。
どこに攻撃され様とも、どれだけの速さでの攻撃であろうとも、
李羅が頭で考えるよりも先に、身体が反応。そうでなければ、完璧なる迎撃とは言えないのだから。
しかし、奇しくもショクシュ子の狙いはその完璧なる迎撃に対してだった。
完璧…いや、天才故に完璧過ぎる迎撃体制。それが李羅の敗因へと繋がるのであった。
ショクシュ子の速過ぎる攻撃。すぐさま李羅の奥義が迎撃にと、反応。
李羅の奥義によりショクシュ子の攻撃を完全に捉えた筈だが、李羅は迎撃出来ずにピタリとフリーズ。
ショクシュ子は確かに攻撃した。しかし、攻撃目標は李羅では無く、その足元の地面である。つまりはフェイント。
完璧過ぎる「攻撃への過敏なる反応」を逆手に取り、フェイントにより李羅の体勢を崩させたのだ。
足元の地面に突き刺さるショクシュ子の触手。それを見てすぐ様、ショクシュ子の狙いを理解した。
あえて速過ぎる攻撃をして来たショクシュ子。それはフェイントに引っかかりやすくする為の策。
まんまと策にはまり迎撃しようと動いてしまった李羅。
頭で考えるよりも先に身体が先に反応する、過敏なる反応速度が仇となってしまったのだ。
焦りながらも必死で体勢を立て直そうとするが時すでに遅く、李羅の後ろに素早くショクシュ子が回り込んでいた。
李羅の背中にあるジッパー。それを素早く下ろすと、ショクシュ子は全身触手化を利用して、ニュルリと着ぐるみの中へと侵入。
李羅は急いでショクシュ子を振り払おうとするも、半分以上中に侵入されては既に手遅れである。
みるみるウチにショクシュ子は、その柔軟な身体を着ぐるみの中へと潜り込ませるのであった。
そして全身が完全に収まると、中からジッパーを上げて封を。小さな黄ばんだ白熊の着ぐるみの中に、李羅とショクシュ子が組んず解れつ入り乱れる。
着ぐるみの中は真っ暗であった。視覚にのみ頼る者であれば、どうすることも出来ない程の闇。
しかし、触手拳は違う。触手拳は視覚よりも触覚に特化した格闘技である。
全身を触手化することにより、常人の数倍もの触覚の機能を発揮するのだ。
それ故、真っ暗な着ぐるみの中でも自由に這いずり回る事が可能。着ぐるみの中で、触手が自由自在に蠢き回る。李羅にしてみれば、生きた心地がしない。
着ぐるみから追い出せないのであれば、着ぐるみ越しにショクシュ子へと攻撃を仕掛けようとする李羅であったが、時すでに遅く。
李羅の急所には、ショクシュ子の触手の先端が到達しているのであった。
李羅の動きよりも先に、ショクシュ子は常に先手を打てていた。
李羅は後手に回ることで有利に進める筈が、先手に対して後手に回るだけで全てが空回り。
相手がショクシュ子で無ければカウンターにて、勝利してたかもしれないのだが…残念ながら、ショクシュ子の先を読む力は、裴多との死闘で鍛えられていた。
死闘による経験の差が、ここでも生かされたのであった。
ショクシュ子は目の前にある急所をサクランボ…即ち、チェリーの様に見たてた。
チェリーに見たてられた急所をショクシュ子は、触手の先端を使って激しく転がす様に…責めたてるのであった!
「奥義!
舌先によるレロレロ攻撃が、着ぐるみ内にて大量の水飛沫を巻き散らかす!
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