第17話 パイ
蜂駆除用防護服を来た女と
山の中腹にある拓けた平原に辿り着くと、女はいそいそと蜂駆除用防護服を脱ぎ始めた。
「なんだ、休憩か?休んでる間に伝説の蜂蜜が逃げるかも知れないぞ!疲れているなら私が背負って行くから、早く蜂蜜を採りに行こう!」
伝説の蜂蜜の採取を急かす李羅であったが、防護服を脱いだ女はしれっと李羅の発言を否定する。
「あ、伝説の蜂蜜の話、あれは嘘でした。ゴメンね。てへぺろ♪」
李羅は女の発言が理解出来なかった。
え?何を言ってるのかと、李羅はキョトンとした顔をしたままフリーズ。
固まっている李羅をよそに、女は自己紹介を始めた。
「私の名は岸ショクシュ子!最強の象形拳である触手拳が使い手!邪魔が入らずに対戦する為に、伝説の蜂蜜って嘘話を持ちかけたけど…って、ちょっと、ねぇ、いつまでフリーズしてるのよ?」
ショクシュ子の自己紹介なんぞ、どうでもイイかと言う様に、李羅は未だにフリーズしていた。
普段ヤル気の無い李羅が、俄然ヤル気を出した伝説の蜂蜜の話。それが嘘だったと分かった時の李羅…。
自分の感情をどう表してイイのか分からず、虚ろな目をしながら立ち尽くす。
伝説の蜂蜜が無い悲しみ、嘘を吐かれた怒り、先程まで伝説の蜂蜜を楽しみにしていた、ルンルン気分のマヌケな自分への羞恥…。
激しく燃え広がる負の感情が、フリーズした李羅を突き動かす。
「き、さ、ま〜!殺す!絶対に殺す!百万回殺す!蜂蜜の怨み、思い知らせてやる!」
着ぐるみを着た幼児体型の李羅が、どんなに凄んでも可愛らしく見えるだけなのだが、それは一般人にとってのこと。
格闘家であるショクシュ子にとっては、白鶴拳の裴多が纏った殺気をも超える、恐るべき量の殺気を感じ取る。
ビリビリと大気を揺るがし、殺気のみで人を殺さんとする程のオーラ。
ショクシュ子は食べ物の怨みの凄まじさに冷や汗を垂らす。
そんな立ち尽くすショクシュ子に、李羅は問答無用で襲い掛かった。
同じ三大天才格闘少女の裴多よりも若干遅いが、それでも並の格闘家よりも秀でた速さである。
着ぐるみを着た李羅が一気に距離を縮めて、ショクシュ子の眼前まで迫る。
「奥義!
李羅が両腕による掌底打ちを繰り出して来た。ショクシュ子の胸部目掛けての掌底打ちは、凄まじいまでの殺気を帯びている。
触手拳には相手の攻撃を無効化する術がある。しかし、この凄まじいまでの攻撃を、果たして無効化出来るのであろうか?
象形拳最強の破壊力を持つと言われている熊掌拳が奥義である。ショクシュ子は無難に避けるべきだと判断した。
李羅の攻撃をヒラリと横に避けたショクシュ子。象形拳最強の破壊力の攻撃は空を切り、ショクシュ子の後ろにあった岩に炸裂。
すると李羅の奥義を喰らった岩がピシピシと音を立てて…バガン!と、大きな音とともに崩れ去った。その威力の凄まじさを、粉砕された岩が物語る。
これこそ白熊をも屠る熊掌拳が奥義
もし、ショクシュ子が無闇に受けていたら、胸部を破裂されていたかも知れない。
仮にショクシュ子が巨乳であったのなら、オッパイのみが破壊されていただろう。
しかし、ショクシュ子は残念ながら並のオッパイである。
李羅の奥義
そんな李羅の放った奥義は腕力だけで成し得るものでは無かった。腕力プラス、技があってこその奥義である。
「今の技は…恐らく発勁ね。力の伝導を利用して破壊力を増し、内部と外部の両方を損傷させる事が可能。そんな技を人に向けるとはね…」
ショクシュ子は初見で李羅の奥義の本質を見抜いた。
そして、発勁の様に内部へも破壊できる技では、触手によるダメージ軽減は恐らく通じない事も理解した。
触手によるダメージ軽減は、伸縮自在の触手による力の分散が大きく作用している。それを極めれば、完全なるダメージ無効化も可能なのだ。
しかし、力を分散させずに内部へ攻撃されては、流石の全身触手化も、その役割を果たせない。
触手拳にとって防御不能な攻撃。そして一撃でも受ければ致命傷の、恐るべき奥義。
それ程の破壊力を持つ李羅の奥義であったが、ショクシュ子は冷静に分析すると、己の勝利を確信していた。
再び襲い掛かる李羅。しかし、ショクシュ子はいとも容易く受け流してそれを回避。
それでも李羅の猛攻は続いた。そしてそれを余裕で回避し続けるショクシュ子。
30分間にも及ぶ李羅の猛攻であったが、掠る事すら叶わずに、息切れして攻撃の手を休める始末。
そんな李羅にショクシュ子が現実を突きつける。
「どんなに破壊力のある攻撃でも、当たらなかったらタダの扇風機よ?鍛錬を怠り、いつもゴロゴロしているから体力も無く、すぐに息切れするのよ」
「うるさい!一撃でも当たればお前なんか倒せるんだ!蜂蜜の怨み、その身で受け止めろ!」
李羅は再び襲い掛かるが、最初の攻撃とは比べものにならない程のキレの無い攻撃。
ショクシュ子で無くてもそれなりの格闘家ならば、いとも容易く避けられる程に精度は落ちていた。
ショクシュ子はそんな拙い攻撃を再び避けるも、今度は李羅の足を引っ掛けて転ばせた。
体力も落ち、バランスを崩した李羅は、受け身も取れずに顔面から地面に転がるのであった。
「ううう…グスッ」
攻撃は全て回避され、無様に転ばされて顔面が泥塗れ。
蜂蜜の怨みを晴らすどころか惨めなまでに実力の差を見せつけられ、流石に李羅も目に涙を浮かべた。
「…今の貴方に勝っても全然嬉しくないわ。才能の上で
ショクシュ子の痛烈な批判は李羅の心に深く突き刺さった。
幼い頃の李羅は少なくとも、今よりも遥かにヤル気を出して修行に明け暮れていた。
しかし、白熊を素手で倒せる程に成長すると、周りの連中は李羅を恐れて距離を置く様になっていった。
ワガママを言っても誰も止めることは無く、好き勝手に生きる事に歯止めが効かなくなり、修行も怠けてゴロゴロする毎日であった。
そんな李羅の元に現れたのが格上の格闘家、ショクシュ子である。
自分とは違い、本気で格闘家として生きてきたショクシュ子は、同じ天才でありながらも才に溺れず、切磋琢磨に修行に励んで来たのだ。
伝説の蜂蜜が嘘だった事は悔しかった。しかし、自分と同じ天才であるショクシュ子との実力の差が、それ以上に悔しかった。
李羅が忘れかけていた格闘技への想い。同じ熊掌道場の門下生では呼び覚ますことが出来なかった、李羅の闘争心。
失いかけていた三大天才格闘少女としての誇りが、日本の天才格闘少女である岸ショクシュ子によって、再び目覚めるのであった!
李羅の目つきが変わった。今までの怨みを晴らす為の眼光では無い。
一格闘家としての闘争心に満ちた、穢れ無き眼光である。
あえて李羅の目を覚まさせたショクシュ子。
勿論、本気の三大天才格闘少女を倒さなければ意味が無いからである。
それともう一つ。李羅の才がこの様な形で埋れているのは、同じ格闘家として偲びないと思ったからでもある。
そんなショクシュ子の想いを李羅も理解していた。
馬鹿にされているのでは無く、同じ天才であるからこそ本気になれと、叱咤されているのだと。
李羅の目に炎が宿る。それは熊掌拳最強の使い手が宿すに相応しい炎であった。
ここからは仕切り直し。
ショクシュ子も改めて身構える。
熊掌拳対触手拳。
本当の闘いが今、始まるのであった!
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