第20話 愛
今からおよそ17年前、華の父となる男は仕事で日本から中国へと渡った時に、たまたま知り合った現地の女性と恋仲になった。
付き合い始めて数ヶ月、女は男との赤ちゃんを身籠った。
男に妊娠を告げると結婚の準備の為にと、男は連絡先を渡して一時的に日本に帰国。
何も疑うことも無く、男を待ち続けた中国人の女であったが、男とはその後一切連絡が取れなくなり、いつしか子供の出産日となった。
貧しかった女は金銭的にも苦労しながら難産の末、一人の女の子を出産。
それがのちに三大天才格闘少女と呼ばれる
帰国した華の父親はと言うと、実は日本に妻と子供が居たのだ。
男には日本に幸せな家庭があり、日本人の妻と別れてまで、中国人の女と再婚する気など更々無かったのだ。
中国での女関係など、男にとっては遊びに過ぎず。遊び半分で現地の女と付き合い、子供が出来たら帰国して女と子供を捨てる。最低な男であった。
暫くして
そんな男との間に出来た子供を、苦労してまで出産したのだ。
女は華を産んだ事に、激しく後悔した。
華が物心つく頃には、自分を愛してくれる筈の母親は日本人を憎み、その子供である自分へも嫌悪を抱いていた。
事あるごとに華を虐待、折檻。日本であれば児童相談所に速攻で通報されるレベルの話である。
しかし、反日感情が高まる中国にて、日本人との間に出来た子供である。それも父親に捨てられた子供。
虐待、折檻など、周りの中国人は黙認するどころか、手を貸す始末であった。
ロクでも無い母親ではあるが、それでも華にとってはたった一人の肉親である。
華は母親に愛されようと必死で母親に縋り付くが、疎ましく思われるだけで虐待が止むことは無い。
それどころか虐待の頻度が増すだけであった。
そんな健気な華が8歳の頃に、母親は新しい男と共に同棲を始めた。
そして苦労して産んだ筈の娘である華を、何の躊躇いも無く捨てることになる。
幼くして父親だけでは無く母親にまで捨てられた華。
母親に捨てられたのは自分が邪魔だからだと、幼いながらにも理解は出来た。
しかし、母親の新しい男が日本人で有ることだけは、理解でき無かった。
母親の新しい男は憎むべき日本人。あれだけ嫌い続けた日本人である。
その上、ブサイクな非モテの中年オヤジ。理解しろと言う方が無理な話である。
貧乏で苦労し続けた母親は、お金のある非モテの中年オヤジとの交際を始めたのだ。
たとえ憎むべき日本人であろうとも、お金が有るならば、話は別であると。
そんな非モテの中年オヤジは8歳である華に対して、いやらしい目で近寄って来た。
それに対して危機感を抱いたのは華の母親。勿論、娘の貞操に対する危機感などでは無く、金持ちの中年オヤジを娘に取られるのではないかとの、危機感。
母親は金持ちの中年オヤジとの交際を円滑に進める為に、疎んでいた娘を何の躊躇いも無く捨てるのであった。
華はその日を境に、完全なる孤独の人生を歩み始める事になる。
8歳の幼女にとっては苦難の道ではあるが、母親と共に居る方が苦難だったのかも知れないのだから、捨てられたことが人生の転機だったのかも知れない。
しかし、両親に捨てられた事が結果的に正しかったのかも知れないが…両親に捨てられ、泣きじゃくる華の姿が幸せだとは言い難い。
ロクでも無い両親との決別。それが正しかったなんて思いたくも無いのが、泣きじゃくる華の本音であった。
保護者である筈の両親に捨てられ、天涯孤独の幼い華が生きていくには、犯罪に手を染めるしか無かった。
最初は窃盗。市場で食料を盗んでは食い繋ぐ、そんな日々を繰り返していた。
窃盗が手慣れてくると、食料だけでは飽き足らずに金銭をも、狙う様になった。
最初はただ、生きる為だけに食料を盗んでいた華であった。しかし、犯罪を繰り返すたびに、罪を犯す事への罪悪感は消失。
次第にエスカレートする窃盗の被害は市場で深刻な問題となり、対策に乗り出す者たちが現れ始めるのであった。
ある日のこと、路上生活をしている華は連日の長雨で体調を崩していた。
看病してくれる者などいない華としては、体調が思わしくない身体を引きずってでも、飯や薬の調達に自ら市場へと出向かなければならなかった。
体調がすぐれないから、いつもの様な窃盗は難しい。
でも、こんな時の為に金銭をも盗んでいたのだ。華は盗んだお金を持って、市場に到着。
薬屋で解熱剤を購入しようとするが、店主が薬の販売をまさかの拒否。
お金さえあれば何だって売る。それが中国である。勿論、売る物は粗悪品が主流。それも中国。
そんな中国での市場で華への販売を拒否。お金はあるんだと、財布の中身を見せつけるが店主は何処で稼いだお金なんだと、問いただしてきた。
盗んだお金だとは流石に言えない。しかし、盗んだお金であっても、お金はお金。
中国人であれば盗人のお金であっても、薬の販売をしない訳が無い。
不思議に思った華ではあったが、店主の妻が店の奥でこちらをチラチラ見ながら、電話をしているのに気が付いた。
危機感を覚えた華は急いで店を出たが、数人のガラの悪い男達が華の方へと向かって来るのが見えた。
華は逃げ出した。
何度も盗みを働いていた華は、いつの間にか市場で指名手配されていたのだ。
華に薬を売らずに店に留めて通報すれば、市場での組合から感謝されて、情報提供での金一封も貰える。
店主にしてみれば、体調を崩した悪餓鬼がどうなろうと、知ったことでは無いのだ。
それに、悪餓鬼は日本人とのハーフだと言う情報も流れていた。
反日感情が高まる中国では、日本人の血が流れているだけで差別を受ける。
華は大嫌いな日本人の血が自分に流れている事に、改めて嫌悪するのだった。
数人の男達から逃げる華。土地勘はあるが、それは相手も同じ事。
体調を崩して全力が出せない華は、徐々に包囲網を窄められ、ついには逃げ道を失った。
必死で逃げ回った華だったが、ついに年貢の納め時。
日本人の血が流れる生意気な盗人を、8人の男達が取り囲む。
意識が朦朧とする中、これから始まるリンチに足が震えて動くことすら叶わない。
目の前にいる男がニヤニヤと笑いながら、振り上げた拳を華の顔面に向かって容赦無く振り下ろす。
…その後のことは余り覚えてはいなかったが、気がついたら華の前には血塗れになった8人の男達が呻き声をあげながら、のたうち回っている姿があった。
返り血を浴びた華は生傷まみれの男達の安否などには興味も示さず、己の天賦の才の片鱗を見せてくれた自身の両手を、只々戸惑いながら見つめるのであった。
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