第14話 マネージャー



 ツル 裴多ペタは紛うこと無き天才であった。


 三千万人を超える象形拳の使い手の中で、若くしてトップ3に入れる程の実力者である。

 天才とは、彼女のためにある言葉と言っても過言では無かった。



 そんな天才と謳われた裴多が、今ではあられもない姿で横たわり、巻き散らかした体液によって辺り一面を水浸しにしているのである。


 あたかも陸地にて溺死と思わせる、触手楽園と言う名の快楽の海へとイザナわれた結果と言えよう。




 二時間以上にも渡る死闘…いや、一方的に嫐られたと言った方が正しいかも知れない。

 裴多の抵抗も反撃も触手の前では無力化し、ただ一方的に嫐られ続けたのがこの様な結末に至ったのだ。



 横たわる天才を見下ろす様に、もう一人の天才ショクシュ子が佇んでいる。


 ショクシュ子も勿論、無傷では無い。相手はショクシュ子が生まれて初めて、ライバルと認めた天才である。

 触手による捕縛に至るまでに幾度となくダメージを負い、一歩間違えれば立場が逆転していても、おかしくは無かったのだ。


 リミッターを破壊し、限界を超えて触手を使い続けたショクシュ子もまた、満身創痍なのである。


 しかし、満身創痍のショクシュ子にはまだ、やるべき事が残されていた。

 踵を返し、ヨタヨタと藪の方へと歩いて行くと、ショクシュ子は物陰に向かって呼びかけた。


「出て来なさいよ、出歯亀野郎!」


 ショクシュ子の呼びかけに応じる者は居ない。


「出てこないならコッチから…」


 ショクシュ子が業を煮やして藪へと入ろうとすると、ガサリと音をたてて一人の少女が申し訳なさそうな顔をして姿を現した。


 少女は身長が160cmあるショクシュ子よりも一回り大きい体躯だが、眼鏡をかけてオドオドした姿は、イジメられっ子が持つオーラを遺憾無く発揮している。


「あ、あの…わたし…その…」


 モジモジ、オドオドしている少女に対して、竹を割ったような性格のショクシュ子はイラっとする。

 それを見た少女は更に挙動が縮こまる。


「き、きをわるく…その…」


「言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ!いつまでもウジウジしてると張っ倒すわよ!」


「ヒッ⁉︎」


 少女に敵対の意思は見受けられなかったが、ショクシュ子の癇に障る態度がつい、怒鳴り散らす結果となった。


 怯える少女にこれ以上構っても仕方ないと、ショクシュ子は無視して宿に帰ることにした。




 宿への帰路、10メートル程の間隔を空けながら後をつける気配がある。先程の裴多との死闘の時にも感じた気配だ。



 ショクシュ子が裴多に呼ばれて藪から姿を現した時、裴多は他に誰もいないのかと、怪訝な顔をしていた。

 その時ショクシュ子は辺りの気配を探り、自分以外の存在を感知。


 死闘を終えても姿を現さなかったので、自分から出向いた訳だが…ウザい眼鏡っ娘が居ただけなので、無視することに。


 しかし、そんな眼鏡っ娘が何も言わずにショクシュ子の後をつけてくる。


 ショクシュ子がピタリと足を止めると気配もピタリと止まり、再び歩き出すと気配も再びつきまとう。




 業を煮やしたショクシュ子は、振り返ると気配を放つ方向へと勢い良く走り始めた。

 それに気付いた眼鏡っ娘は、脱兎の如く逃げ出した。



 追跡する立場が逆転し、逃げ惑う眼鏡っ娘をショクシュ子が執拗に追いかける。


「何、逃げてんのよ!私に用があるから付け回してるんでしょ⁉︎用があるなら逃げてないでハッキリ言いなさいよ!」


 眼鏡っ娘を追い回すショクシュ子。


 そして呼びかけに応えることも無く、そのまま止まることも無いまま、逃げ惑う眼鏡っ娘。


 徐々に差は縮まり、いつの間にか眼鏡っ娘は逃げ場の無い袋小路へと追い込まれた。


 逃げ場が無いと判断した眼鏡っ娘は、その場にへたり込み大声で泣き出すのであった。


「ゴベンナザイ!ゴベンナザイ!イヂベナイデグダザイ!」


「イジメてなんかいないわよ!あんたが勝手につきまとってたんでしょうが!」


「ゴベンナザイ!ゴベンナ…」


「ウザい!」


 ショクシュ子の拳骨が眼鏡っ娘の頭に容赦無く叩き込まれる。


 勿論、泣き止むどころか火に油を注ぐが如く、眼鏡っ娘は更なる号泣。


 更にウザいと感じたショクシュ子は、再び拳骨を叩き込む。


 そんな事が何度か繰り返され、やっと泣き止んだ眼鏡っ娘にショクシュ子は呆れながら呟いた。


「あんた何、ドMなの?こんなに殴られたがる変態なんて、今まで見たこと無いわよ!」


「ど…ドMなんかじゃ無いです…多分」


 頭に沢山のコブを作った眼鏡っ娘は完全なる否定はしないものの、殴られることを拒否していた。


「殴られたく無いならとっと話しなさい。なんの為につけ回したのよ?」


「わ、わたし…その…強い人に憧れてて…だから…その…強い裴多さんに会いたくて…後をつけてたら…その…二人が闘い始めて…」


「なるほど、それで仇討ちに私をつけ狙ったと?」


「ち、違います!強い裴多さんより…もっと強い人がいたから…その…わたし…その…ショクシュ子さんに…憧れたんです!」


「そう、強くて可愛い私に憧れを抱いたから、つけ回したって訳ね?」


「は、はい!そう言うことです!」


 可愛いとまでは言ってなかったが、ヘタにツッコミを入れると、また殴られると判断した眼鏡っ娘は、大きく頷いた。


「なかなか見る目はある様ね。確かに私はこれからピンクの象の三大天才格闘少女を撃破して、最強の格闘技である触手拳の使い手として、最強の格闘家になるところよ!」


「す、凄いです!ショクシュ子さんなら本当に出来そうです!だってあの、裴多さんを撃破出来る人が現れるなんて、思いもしませんでしたから!触手拳は本当に凄い格闘技だと思います!」


「その通りよ!三大天才格闘少女もあと二人討ち取れば、名実と共に私が象形拳最強の証!ひいては触手拳こそ象形拳最強の証!」


 愛する触手拳を褒められ、さっきとは打って変わって上機嫌なショクシュ子。


 イジメられっ子で空気を読めない眼鏡っ娘も、流石にここはベタ褒めするべきと判断し、触手拳を見たこともない素晴らしい格闘技だと、褒めちぎるだけ褒めちぎった。


「相手の動きに合わせて臨機応変に対応出来るなんて、最強に相応しい格闘技だと思います!攻守に優れ、どんな敵にも対応出来る格闘技なんて、聞いたことも無いですから!」


「触手拳の本質を見抜く貴方の慧眼、口先だけの追っかけって訳では無い様ね」


「はい!ピンクの象の主だった強者ツワモノは、こうやってメモって観察し続けましたから!」



 そう言って取り出した使い込まれたノートには、ツル 裴多ペタを始めとするピンクの象を代表する強者達の詳細が、ストーカー紛いの事でもしたのかと言わんばかりに、記されていた。


「…なんか、ドン引きする程の詳細が記されてるわね。好きな食べ物とかまでなら何とか分かるけど、行動範囲やその時間帯まで克明に記されてると、マトモな追っかけとは思えないわよ?」


「この一年間、執拗に調べ尽くしてましたから!象形拳の強者の情報には抜かりはありません!」


「ふん!何を言ってるのよ。このノートに記されてない最強の格闘技、触手拳の存在を無くして抜かりが無いですって⁉︎」


「で、ですから触手拳の使い手であるショクシュ子さんの事を知りたかったんです!知りたくて知りたくて、いつの間にか付け回してたんです!」


「まあ、そういう事情なら仕方がないわね。触手拳が最強なのは事実な訳だし、知りたくなるのも無理は無いかもね」


 つけ回した理由が触手拳の最強さが故にと、ショクシュ子を納得させるものだった。


 ならば仕方が無いと思ったショクシュ子ではあったが、いつまでもつきまとわれては迷惑である。


 眼鏡っ娘に別れを告げようとするが、眼鏡っ娘は必死で食い下がる。


「あ、あの、ショクシュ子さん!私は象形拳の強者達のことに凄く詳しいです!」


「…それで?」


「これから残り二人との対戦、邪魔が入らない様に対戦する為の手立てはあるんですか?もし、まだ何も用意してなかったら、きっと私が役に立てると思うんです!」


 確かに眼鏡っ娘の言う通り、初めて来た中国にて、邪魔されずに対戦の場を設けるのは骨である。


 裴多との対戦も一苦労だった。たまたま裴多が返り討ちにしてやろうと、対戦の場を設けてくれたからこそ実現しただけであり、ヘタしたら他の門下生の邪魔が入る場での対戦となって、逆に敗北してたかも知れないのだ。



 そう考えると、眼鏡っ娘の提案は魅力的に思える。

 かなりウザいところもある眼鏡っ娘ではあるが、触手拳の素晴らしさを認めているだけでも好感は持てる。


「…貴方、名前は?あと歳はいくつ?」


「え?あ、私は…詡王クオウです。今度16歳になります!」


「そう、詡王ちゃんて私と同い年か」


「ショクシュ子さんも16歳ですか?」


「さん付けは辞めてよ、タメなんだから普通に話しましょ。それで、詡王ちゃんは私の…いや、触手拳の覇道に協力してくれるの?」


「はい!絶対にお役に立てると思います!象形拳で最強を名乗る強者達とのマッチング、私がマネージャーになれば必ずや叶えて見せますよ、ショ…ショクシュ子ちゃん!」


 ちゃんを付けるのが照れ臭かったのか、顔を真っ赤にしながら詡王は答える。







 こうしてマネージャー、詡王と共に触手拳最強への覇道が始まるのであった。



 中国での武者修行の旅は予想していた一人旅では無く、ひょんなことから詡王との二人旅として、始まる事になるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る