その35 お説教タイム

 二年三組の教室にて。

 私は、しゅんとした表情で席についています。


「それで、これを拾ってきた、と」


 佐々木先生が難しい顔で、机の上の拳銃を持ち上げました。


「はい」

「あと、うちの娘のピカニャンも、だな」


 人形に手を乗せているのは、日比谷紀夫さん。


「……はい」

「一応、礼を言っておこう。こいつがないと、娘はまともに寝てくれんのだ」


 どうぞ、可愛がってあげて下さい。


――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます! 実績”武装集団”を獲得しました!

――おめでとうございます! 実績”命より大切なもの”を獲得しました!


 わーい、やったー(泣)


 私の前で神妙な顔をしているのは、朝香先生、佐々木先生、麻田さん、それに日比谷紀夫さんの四人。

 みなさん、一様に不機嫌そうな顔です。寝ているところを叩き起こされたわけですからね。無理もないでしょう。


「9ミリ拳銃。桜に“W”マークってことは、陸自のものですな。専用のホルスターに、大量の弾丸……上等なもんだ」

「佐々木先生。素人が持つと危ないですよ」


 心配そうに言う麻田さん。


「これでも、全くの素人ってわけじゃありませんぞ。アメリカに行った時、何度か撃ったことがある。……それよりも、だ」


 みなさんの視線が、私に集まります。

 佐々木先生が、彼にしてはずいぶん押し殺した口調で、話し始めました。


「キミは、……その、なんだ。そこまで大人を信用できんかね」

「あー、いえ。別に、信用してない訳じゃあ……」

「我々の目を盗んで、危険な真似をしでかした訳だから。これは、我々を信用してないってことじゃないか?」

「えーっと……」


 うわーい、どう説明していいかわからないぞ。

 まさか、魔法スキルについて事細かに説明する訳にもいきませんし。


「率直に言うとだね。キミは強い。我々の中の誰よりも強いだろう。その力に、ずいぶん助けられてきた。それは認めよう。……だが、だからといって、それが好き勝手していい理由にはならん」

「へ、へい……」

「君は、『新しいルールが必要だ』と言ったな。全くそのとおりだと思う。今、ワタシらを取り巻く世界ってのは、すっかり変わっちまって。力のない者は、力のある者の庇護下にいなければ、死ぬ運命にあると言っていい。……だが」


 あー。

 うう。


「我々は文明人だ。そこいらにいるケダモノとは違う。どれだけ追い込まれても、暴力や、本能的な衝動に理性が屈しないことを証明せねばならん。……たとえその結果、むごたらしい死を迎えることになったとしても、だ」


 ぐさぐさぐさっ。

 佐々木先生の言葉が、胸に突き刺さります。


「キミもそうは思わんか?」

「お、……おっしゃるとおりでゴザイマス」


 佐々木先生の語りは、かつてないほど真剣でした。

 英語の授業も、この感じでやってくれればもうちょっと頭に入ったのに。


「しかし……なんだって一人で、そんな危険な真似を?」


 麻田さんが、凍りついた空気を取り繕うような口調で訊ねます。

 もう、こうなったらウソは吐けませんでした。


「お……」

「お?」

「お腹が、空いたんです」

「は?」

「お腹が空きすぎて……」

「しかしキミ、普通の三倍は食べてるって……」

「それじゃ、足りなかったんです。それで、どうしてもお腹一杯食べたかったんです」


 言いながら、耳まで赤くなっていました。

 今まで生きてきて、こんなに恥ずかしいことはありません。


 佐々木先生の言うとおりでした。

 私は、本能に負けたのです。


 ぐひひとヨダレをたらし、すぐそこにある、ごはんの山に飛びついたのです。

 その結果、みんなに心配をかけて。身勝手に。


 これじゃあ、私を無理矢理手籠めにしようとしたあのドラッグストアのおじさんと、やっていることは何も変わらないじゃないですか。


 うぐ。

 うぐおごごごごごごご。

 な、情けない……。


 数分ほど、気まずい沈黙が続きました。


 そして、


「く、……くっくっくっくっく…………」


 日比谷紀夫さんが、堪え切れない様子で喉を鳴らします。


「腹が減ったから……あの、地獄の釜の底みたいに危険なスーパーマーケットまで行った……と? それも深夜に? 誰の助けも借りず?」


 そこで、限界が来たようです。


「くくくくく。ふはははははッ! ユニークな娘だな、キミは!」

「はあ……」


 朝香先生も、深くため息を吐きました。


「ホントに、あんたって子は……どこまでも……」


 佐々木先生はもちろん、麻田さんまで呆れ顔です。


「この狂った世界で、そこまで自由でいられるなのは、きっと君だけだろう」


 紀夫さんはそう評しました。


「ちなみに、”キャプテン”の周辺はいま、安全か?」

「はあ、まあ。あらかた片付けておきました」

「よし。では早いうちに、軍用トラックを回収しておこう。タイヤが使えなくなっていたようだが、予備があったはずだ」


 席を立つ紀夫さんに、佐々木先生が苦々しい口調で言います。


「ちょっと紀夫さん。まだ話は終わってませんぞ」

「説教はもう十分。“彼女”は、我々が何に怒ったかわかっていて、自分でも恥じている。それで良いじゃないですか」

「ウーム……」


 おお、意外なとこから助け舟。


 紀夫さんのお陰で、深夜のお説教タイムは、”キャプテン”の物資を回収するという名目のもと、解散になります。

 帰り際、紀夫さんがニヤニヤしながら言うには、


「どうだ? ウチの康介の嫁に来んか?」


 とのこと。

 なんか知らんけど、気に入られたみたいで。


「NO THANK YOU」


 NTR系ドロドロ展開はちょっと、さすがに……。

 リカちゃんに背中刺されたくありませんしね。


 お説教が終わって教室を出ると、空が白み始めたところでした。


 今日も、一日が始まります。

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