その34 魔法剣士の誕生

 かさばらない程度のお菓子をおみやげに、私は上機嫌で“キャプテン”を後にしました。


 また店内に”ゾンビ”が入り込まないよう、従業員用の裏口から出ると、


『おおおおお……おおおおおお……ッ』


 五匹ほどの”ゾンビ”が、私の姿に気づきます。


「……では」


 魔法剣士のデビュー戦と洒落こみましょう。

 私は、祖父の形見の刀の刃を、人差し指と中指で撫でながら、


「――《エンチャント》」


 と唱えます。

 そして、液状の《魔法》を十分に塗りつけてから、


「――《ファイア》」


 火を付けました。

 同時に、ごおっ、と、刀身が倍に見えるほどの火が上がります。

 炎の剣の出来上がり。


 でも……うーん。

 なんか、今気づいたんですけど。

 エンチャント・ファイアって、アレですよね。

 『花の慶次』のコラ画像で有名なやつが思い出されますよね。


 ……ひょっとしてこのネーミング、カッコ悪い?


 うーんうーん。


 まあいいや。こういうのは恥ずかしがったら負けです!

 堂々としてたらカッコイイんです。たぶん。


 もちろん、”ゾンビ”どもに私の崇高な葛藤など、想像及ぶはずもなく。


『うぅぅぅぅ……あぁぁ……』


 いつものように、マイペースに近寄ってきていました。


 まあいいや。名前について悩むのは、学校に戻ってからにしましょう。


 とりあえず、一番近くの”ゾンビ”に対し、炎の剣を振るいます。


「――ん?」


 すると、ほとんど力を込めてないのに、”ゾンビ”の頭部が吹き飛びました。

 発泡スチロールの人形を殴ったかのような感覚。

 まるで手応えが感じられないのです。


 一拍遅れて、ぶわっと、炭化した肉の匂いが、あたり一面に広がりました。


「―――んんん?」


 続けて、もう一匹。更にもう一匹。


 試し斬りしていく内に、その威力の凄まじさに気が付き始めます。

 追加で現れた”ゾンビ”などは、頭頂部から股下にかけて、バッサリ真っ二つになってしまいました。


 え?


 なんかこれ、強くない?


 ……っていうか。


 これ、マジで?


 夢中になって、襲い来る”ゾンビ”を片っ端から始末していきます。

 気づけば、辺り一帯の”ゾンビ”を殺し尽くしている自分を発見していました。


「ほえーっ………」


 間の抜けた声を上げながら、深夜のスーパーマーケット前で、ぼんやりと立ち尽くします。


 もちろん、デメリットがない訳ではありません。

 ”ゾンビ”どもは光に向かって集まってくる習性があります。故に、この魔法を使うと余計な”ゾンビ”まで相手にしなければならないリスクがありました。

 それでも、欠点を補って余りある強さです。


 ここまでスキルを育てた甲斐があるというもの。


 私は悦に浸りながら、お散歩感覚で帰途につきました。


 ……と。


 そういえば、“キャプテン”の前に、日比谷一家と自衛隊員さんが乗ってきた軍用トラックがありましたよね?

 以前来た時は調べる余裕がありませんでしたが。

 あれ、何か使える物が積まれてないか、ずっと気になってたんですよ。


 ひょいっと荷台を覗きこむと、荷台にはベンチが備え付けられていました。人員を運ぶためのトラックなのでしょう。

 私はその奥に、ピカニャン(野生の魔物を暴力で従えて家畜にし、殺し合いをさせるアニメのキャラクター)のぬいぐるみを発見します。

 きっと、康介くんの妹さんのものに違いありません。

 こんなところまで持ってきているということは、よっぽど大切なものなのでしょう。

 持ち帰ってあげるとしますか。

 ピカニャンをゲットした私は、さらにベンチの下に隠れるように収納されていたダッフルバッグを見つけました。

 引っ張り出して、中身を確認すると……。


「わっ」


 そこには、世界で一番銃火器の管理が厳しい国とは思えぬ雑多さで、拳銃が三丁、放り込まれていました。一緒に、その拳銃用と思しき弾丸入りのケースもたくさん。

 きっと、例の豚の”怪獣”とやらが襲来した際、小早川さんとかいう、あの自衛隊員の人が持ちだしたものでしょう。

 なんにせよ、これはラッキーです。

 私はあんまり使う気がしませんが、持って帰ればみんなの役に立つでしょう、たぶん。


 素晴らしい収穫物を抱えて、私は校門への道を急ぎます。

 一応、これはどっかに仕舞っておいて、なんかのタイミングでみんなに渡すことにしましょう。ドラッグストアの帰りに拾っといたとか、そーいう感じの言い訳も織り交ぜつつ。


「ふんふんふん、ふふふんふふふー♪ みんなくたばれー♪」


 鼻歌交じりで正門を登ると、


「ほほーう。ずいぶんご機嫌やなぁ」


 キンッキンに冷えた声。

 びっくぅ! と、全身が痙攣します。

 恐る恐る声のした方向に向くと、鈴木朝香先生が、かつて見たことがないような笑顔で私を見ていました。


 うわー。すっごい怒ってる。


 その少し後ろに、竹中勇雄くんの姿も。


「……あれれ?」


 一応、人目を避けたはずなんですが。


「竹中くんが、”キャプテン”の方でなんかがチラチラ光っとるっつーから、ここで張っとったんや」


 あー。そういうことですか。

 学校の屋上から”キャプテン”って、見えるんでしたっけ。

 これはうかつでした。


「今から、みんなに話を聞いてもらう。覚悟しとき」

「はい……」


 お説教確定、と。


「……はあ」


 竹中くんが近づいてきて、こっそり頭を下げます。


「面目ないっす。俺、まさかセンパイだと思わなくて」

「いいんです。あなたは務めを果たしただけですから……」


 それよりなにより、気になることがありました。

 あるいは、魔法を使っているところを見られたかも、ということです。


 おしゃべりな彼らしく、竹中くんは、こちらが質問するまでもなく、聞きたいことを話してくれました。


「そーいやセンパイ、花火でもやってたんですか? ずいぶん”キャプテン”周辺が明るくなってましたけど」


 なるほど。花火。

 そう解釈してもらうのがベストでしょうね。


「ま、そんなとこです」

「でも、なんだってまた?」

「“ゾンビ”を引き付けるため……とか。まあ、そういう感じの作戦がありまして」

「へー。なるほどぉ」

「みんなには、あんまり言いふらさないでもらえます?」

「もちろん」


 竹中くんは、物分りよく頷きます。

 内心、ほっと胸をなでおろしました。


「でも、あんまり危険な真似はしないで下さいよ。センパイは、センパイが思っている以上にみんなから頼りにされてるっすから」

「はあ……」


 灰色の応え。


 頼りにされてる? そんなことは私にもわかっています。

 私だって、逆の立場だったらそうしていたでしょうから。


 でも、だからこそ。


 時々、全身を掻きむしりたくなるほど、後ろめたい気持ちになることがありました。


 私はひょっとして、みんなを裏切っているのではないか。

 そんな風に思える時があるのです。



 化物を殺せば殺すほどに強くなる少女。

 そして、その化物が跳梁する世界。


 この二つに、何らか関連性を見出すのは難しくありません。


 最初に”どくけし”なんて都合のいいアイテムを与えられた時から、ずっとわかっていたことでした。


 もし、私の力が公になる時がきたら。



 きっと私は、このコミュニティを去らなければならなくなるでしょう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る