その33 宴
”ゾンビ”の死骸を、今や悲しみの代名詞となりつつある生鮮食品コーナーあたりに押しこむと、大きく深呼吸します。
さて。
ぐきゅるうぅぅぅるるるるるるるるっ……。
十分な量の餌を前にして、盛大にお腹が鳴りました。
「ヒャッハァもう我慢できねえ」、とのこと(意訳)。
「わかってます。わかってますとも。ふひひ」
危ないおクスリでもキメちゃってる感じで呟きます。
「ではでは……」
しんと静まり返ったスーパーマーケット。
手付かずで、色とりどりな食材。
ALL100%OFF、食べ放題。
ごくりと喉を鳴らします。
わたしの……宴がはじまる―――ッ!!(カッ)
まず買い物カゴを載せたカートに片っ端から一種類ずつチョコレート菓子を突っ込みます。
次はポテトチップスのビッグサイズを三袋。
そしておつまみのコーナーからうずら卵の燻製のやつ、ビーフジャーキー、柿の種を一袋ずつ。
飲み物は、一人暮らしの貧乏人にはとても手が出なかった、果汁100%の高いやつ。グレープフルーツジュースです。
「フフフッ。前菜はこの程度にしておきますか」
独り言を言いながら、私は店の奥の事務所に向かいました。
この店の事務所には窓がなかったため、明かりをつけるのにちょうどいいと思ったのです。
私はそこで初めて、持ってきた懐中電灯の明かりを付けました。
色とりどりのお菓子類。
店長さんが使っていたと思しき事務所机の書類を全部床に落として、私は持ってきたお菓子を次々と並べていきました。
「いただきます。……ごちそうさまでした」
あれだけ山とあったお菓子が、一瞬にして消失。
うおォン、私はまるでブラックホールだ。
ってか、明らかに私の外見から推測される胃の許容量を超えてるはずなんですけども、
ぐるるるるるるるるっ。
私のお腹は、一向に鳴り止みません。
「まだだ。まだ足りねえ」とのこと(意訳)。
このまま菓子類でお腹いっぱいにしてもいい、とも思いましたが。
ふと、私の中に天恵とも言える閃きが生まれます。
「……フウム」
唸りながら、その思いつきがうまくいくか試すため、適当なフライパンと手鍋、それに鍋敷きを持ってきます。
私はまず、鍋敷きの上にフライパンを置き、
「――《火系魔法Ⅲ》」
と唱えました。
すると、私の人差し指と中指から、たらたらと液体が流れ出ます。
よく見るとこれ、あんまり手汗っぽくないですね。指先から数ミリほど離れた場所から、液体が発生してる感じ。
《火系魔法Ⅲ》によって生み出された液体がフライパンの上に溜まったことを確認した私は、
「――《ファイア》」
その液体に火を灯します。
すると、
ぼおっ!
「わあおおおお……」
思わず唸ってしまうほどの火力。天井近くまで火が昇りました。
《火系魔法Ⅲ》。
その正体は、可燃性の液体を発生させる魔法のようです。
……うわ、わかりにくっ!
ってか、そういうのも含めて《火系》にカテゴライズされるんですね。ずいぶん大雑把だなあ。
と、文句はここまでにしておいて。
この《火系魔法Ⅲ》、ここに来て、かなり便利に使えることがわかりました。
私はとりあえず、耐熱性の高そうなものをいくつか事務所に持ってきて、《火系魔法Ⅲ》を数滴ずつ垂らします。
そこに片っ端から《ファイア》で火をつけると……。
「どうだ。明るくなったろう」
あっという間に、事務所内がオレンジ色の光に包まれました。
「さらに……」
私は、最初に火を灯したフライパンの上に手鍋を乗せ、お湯を沸かします。
あっという間に沸騰し始めました。
「やったあ!」
思ったよりうまくいって、テンションが上がります。
それにしても、この《火系魔法Ⅲ》、どういう名前を付けましょうか。
《油発射》とか? うーん。
せっかくだから、魔法は横文字で統一したいところ。
それはともかく。
湧いたお湯を、カップ麺に順番に注いで、と……。
三分待ちます。
右から、醤油、味噌、豚骨、塩、担々麺。
もちろん、食べるのはカップ麺だけではありません。
なんとか食べられそうなパン類も、片っ端から持ってきていました。
辛いものと甘いものの永久コンボ。
え? ラーメンとパンだと相性が悪い?
炭水化物と炭水化物のコラボ?
知りません。
私は今夜、魔人と化しているのです。
ただ、食べ物を食べ続けるだけの魔人に。
「ではでは、いただきまーす♪」
幸福な時間が始まりました。
なるべく味が薄いものから順番に、ラーメンと菓子パンを攻略していきます。
味が被るといけないので、飲み物は少し濃い目の緑茶をチョイス。
「……ぷっはーっ!」
全て食べ終わる頃には、発情期の犬のように唸りっぱなしだった胃も落ち着き始めていました。
……うーん。
これで、腹八分目くらい?
さすがに、限界まで食べると帰り道が危険です。
最後の楽しみにしておいた桃缶と、残ったお湯で淹れた紅茶を飲んで、今日のところはごちそうさまにしましょう。
その時、ちょっとした発見があります。
調理のため《火系魔法Ⅲ》を垂らしたフライパン。
これに、まったくと言っていいほど焦げ付きが残っていなかったのです。
それだけなら「よっぽど良い素材のフライパンだったんだな」くらいにしか思わなかったでしょうが、剥がし忘れていた値札まで燃えていなかったことから、《火系魔法Ⅲ》の特殊な性質に気が付きます。
「これひょっとして、対象の物体に火属性を付加するとか、……なんか、そういうこと?」
試しに適当なメモ用紙を持ってきて、それに《火系魔法Ⅲ》を使用。
《ファイア》を使って、火を付けます。
「やっぱり……」
それは少し、不可思議な光景に見えでした。
結構な勢いで燃え盛っているにもかかわらず、メモ用紙自体が焦げたりする様子がないのです。
《火系魔法Ⅲ》、どうやら、ただのよく燃える油という訳ではなさそう。
これもれっきとした《魔法》なんですね。
よし。
《火系魔法Ⅲ》、今日からお前のことは《エンチャント》と呼ぼう。けってーい!
うふふ。
なんだか私、ますます”魔法剣士”っぽくなってきましたな(ほっこり)。
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