その23 人殺し

 あーあ。


 ついにやってしまいましたよ。

 人殺し。


 といっても、特に感慨はないんですけど。


 こちとら、現存する人類では唯一親交があった田中さん(二話参照)の額に切っ先を埋め込んだあの日から、その辺の感覚はほとんど麻痺しちゃってましてね。

 良くも悪くも、図太くなってる訳です。


 ふと、たった今しがた息の根を止めたはずのおじさんの死体が、むくりと起き上がりました。


『ウォ……オオ、……オ……』


 あらまあ。早くも蘇りやがりますか。

 下半身丸出しの”ゾンビ”です。


 ……うん、あんまり乙女が見ていていい絵面ではなさそうですね。

 それじゃ、さっさと片付けて、と(さくっ)。


 とりあえず店内の安全を確保した私は、棚から包帯を引っ張りだし、傷口を縛ります。

 痛みは思ったほどでもありません。早くも回復が始まっているようでした。

 さっき見た感じでは、一ヶ月は歩くのも難しくなりそうなレベルの怪我だった気がするんですけども。

 この分なら、半日も待てばまた走り回ることができそうです。


 パネェ。《自然治癒(中)》パネェ。


 ……と。

 それはともかく、です。


――実績” 犠牲”の報酬を選んで下さい。


 今のうちに、取得した実績の処理を行わなければなりません。


――1、死者へのインタビュー・マイク

――2、死神のうた

――3、死体掃除機


 んん?

 なんだか、前回とは毛色の違うラインナップ。

 さすがにこれは、説明してもらわないと効果がわかりづらいですね。

 面倒ですが、全て確認していきましょう。


――“死者へのインタビュー・マイク”は、死人にマイクを向けて質問を発した際、一度だけ返答を得ることができます。使いきりタイプ。

――“死神のうた”は、それを耳にした”ゾンビ”の脳を破壊する効果のある歌が書かれた楽譜です。なお、この歌は一度口にすると永遠にその効力を失います。

――“死体掃除機”は、三十体までの死体を瞬時に吸い込むことができる携帯型のハンディクリーナーです。


 うわ。

 なんか、どれも微妙っぽい気がする。

 ただまあ、この状況で使えそうなのは一つでしょう。


「”死神のうた”で」


――では、アイテムを支給します。


 すると、ひらひらと一枚の楽譜が舞い降りました。

 見ると、確かに『死神のうた』と題された歌が載っています。


 一応、頭の中で歌詞を読み上げてみました。


 『るーるららー♪ るらるらー♪ 死ね死ね死ね地獄に堕ちろ♪ みんなくたばれー♪』


「うわぁ……」

 これはひどい。

 小学生が考えた歌詞かよ。


 幻聴さんは続けます。


――実績” 死に至る病”の報酬を選んで下さい。

――1、臆病者のめがね

――2、人気者のめがね

――3、予備のめがね


 今度は眼鏡シリーズですか。

 どうやら、”実績”の報酬は、何らかの共通項がある三種類の何かということのようですね。


――“臆病者のめがね”は、装着することで自分に対する他者の感情を読み取ることが可能になります。※レンズに視力矯正機能はありません。

――“人気者のめがね”は、装着することで他者に好意を抱かれやすくなります。※レンズに視力矯正機能はありません。

――“予備のめがね”は、あなたの現在の視力に最も適した眼鏡です。頑強に作られており、核兵器でも破壊不可能です。


 へえ。

 さすが、一旦死にかけた甲斐があるというか、この報酬は良い物が揃っている気がしますね。

 とりあえず、選択肢の中の”予備のめがね”は止めときましょうか。

 個人的に”壊れない眼鏡”というのは魅力ではありますが、今の眼鏡で不自由してませんし。

 間違って踏んづけたりしないかぎり、予備は必要ないでしょう。


 ……フラグじゃありませんよ? たぶん。


 と、なると、残った選択肢は“臆病者”か“人気者”かですが。

 うーん。

 まあ、ここは”臆病者”にしときますか。

 ひょっとするとこれから、さっきのレイプ魔おじさんみたいな人とやり合う羽目になるかもしれませんしね。できれば、危機は事前に把握しておきたいところです。


「”臆病者”おんしゃーす」


 ぽーん、と、ネズミ色のメガネケースが手元に飛んできます。

 中身を確認。


「……うわ」


 それは、あんまり人目を気にしないタチの私ですらドン引きするレベルのデザインでした。

 どこかで見たことがあるなと思っていたら、『ちびまる子ちゃん』の丸尾君がこんな眼鏡をかけてましたね。

 いわゆる瓶底眼鏡というやつです。

 さすがにこれを人前でかけるのは、年頃の娘として大切な何かを棄てなければならない気がしますが……まあ、性能第一です。見た目は我慢しましょう。


 とりあえず試しにかけてみますが、相手がいないせいもあって、なんの効果も現れませんでした。

 みんなの元に戻ってから、改めて効果を確認することにしましょう。


 じゃ、次。


――では、取得するスキルを選んで下さい。

――1、《剣技(中級)》

――2、《パーフェクトメンテナンス》

――3、《格闘技術(初級)》

――4、《飢餓耐性(弱)》

――5、《自然治癒(強)》

――6、《皮膚強化》


 そーいやレベルも上がってましたな。

 一応、まだ確認していないスキルをば。


――《パーフェクトメンテナンス》は、取得することで装備品の劣化を時間経過により修復し、常に万全の状態にします。また、時間経過による修復速度も上昇します。

――《自然治癒(強)》を取得すると、重傷(脳へのダメージ、身体の損傷)であっても一日以内に全快できるようになります。


 フーム。

 どっちも魅力的ですが、孤立状態の私に必要なのは、この場を切り抜けるための戦闘能力でしょう。

 となると、必要なのは、


「《剣技(中級)》で」


――では、スキル効果を反映します。


 すると、刀がこれまで以上に軽くなった気がしました。

 これでよし、と。

 さくさく行きましょう。


――実績” 人殺し”の報酬を選んで下さい。

――1、聖剣エクスカリバー

――2、アルテミスの弓

――3、グングニルの槍


「……ほぁ?」


 思わず声が出ました。

 なんか、どれもすっごく強そうなイメージの武器じゃないですか。

 ひょっとするとこれ、巷で評判のチートアイテムというやつでは?

 ヒュー! これで人生の勝者コース間違いなしです!

 さしもの私も、にわかにテンションが上がります。


「……効果を」


 そりゃ、軽く震え声にもなりますとも、ええ。

 

――“聖剣エクスカリバー”は、アーサー王が持つとされる魔法の剣……を模したミニチュア。十分の一スケール。プラスティック製。

――“アルテミスの弓”は、狩猟の女神アルテミスが使ったとされる弓……を模したミニチュア。十分の一スケール。木製。

――“グングニル”の槍は、戦争と死の神オーディンが手にしたとされる槍……を模したミニチュア。十分の一スケール。塩化ビニール製。


 うわーい! やったー!

 完全な肩透かしだぁー!


 がっくりと肩を落とします。

 ま、世の中そんなに甘くないってことですかね。

 あるいはこのガッカリ感、”人殺し”という不名誉な実績を得たことによるペナルティなのかもしれません。

 どうやら、”実績”でもらえるアイテムもいろいろのようです。


「……なんでもいいです」


――では、アイテムを支給します。


 ぽいっと手渡されたのは、“聖剣エクスカリバー”……の、玩具。

 フィギュアに持たせるのがちょうどいいくらいのサイズです。

 いっそ捨ててやろうかとも思いましたが、ミニチュアとしての出来も良いことだし、記念にとっときましょう。

 ……と、いうわけで。


 いろいろしゅうりょー。


 切り替えて、次行きましょう。



 目下のところ、この建物が安全かどうかしっかり確認する必要がありました。

 もっとも、あのおじさんが居たことですし、ここが安全である可能性は高いです。

 が、彼は噛まれていました。

 となると、その原因を作った”ゾンビ”がここに潜んでいてもおかしくはありません。

 まあ、外で噛まれて、命からがらここに逃げ込んだ可能性もありますけども。


 私は慎重に店内を見回します。

 とりあえず、異常はなし。

 問題はカウンターの奥です。


 外から見たところ、このドラッグストアに二階があることはなんとなく気づいていました。恐らく控室にでもなっているのでしょう。

 私は慎重に、カウンター奥にある扉を開きます。

 そこには少し急な階段があり、二階へとつながっているはずでした。


 ぎしぎしとうるさく軋む階段を昇ると、また別のドアに突き当たります。


 ……と。


 ドアの向こうから、何者かの気配。

 生きている人間でしょうか?


「ノックしてもしもお~~~し?」

『ううううううううう、ぉおおおおお……』


 あら、元気の良いお返事ですこと。


 少なくとも、お腹が痛くて唸ってる人ではなさそうです。

 私は刀を横に置いて、カバンの中から包丁を取り出しました。

 室内において、刀は少し扱いにくいためです。


『うぉおおおおおおおおおおお……』


 深呼吸を一つ。

 息を呑んで、扉を開きます。


 そこに居たのは、私よりいくつか年上に見える、若い女性の”ゾンビ”でした。


 はてさて。

 娘が変異した結果、おじさんまでおかしくなっちゃったパターンか。

 あるいは、私のようにたまたま迷い込んだ女性を匿った結果、馬鹿を見たか。


 なんにせよ、ここで悲劇的なドラマが起こったであろうことは間違いありません。


 ”ゾンビ”は、よろよろとこちらに歩いているところでした。私は手早く彼女の髪をひっつかみ、始めてニンテンドーDSにゲームソフトを差し込んだ時よりも慎重な手つきで、包丁を目玉に突き刺しました。

 同時に、私の首へと伸びた手が止まります。


 これでよし。


 彼女の死体を横たえてから、当たりを見回しました。


 そこは、控室というよりは居住スペースといっても良さそうな場所でした。ベッドどころかキッチンまであるし。


 私は、女性の死体を二階の窓から放り捨て、その死体に”ゾンビ”が群がっているのを確認した後、一階のシャッターをちょっとだけ開けて、その隙間からおじさんの死体をモップで押し出します。


 ついでに床の血も拭きとって、と。


 これでスッキリです。

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