その24 ひとりぐらし
その後も建物の中をくまなく見て回ったところ、どうやら、外部からの侵入を心配する必要はなさそうだという結論に至りました。
表にはシャッターがありますし、裏口は頑丈な鉄扉でできており、”ゾンビ”の力で破壊することは難しそうです。
私は、今ではもう家主がいなくなった二階の居住スペースにお邪魔して、怪我の回復を待つことにしました。
ごろんとベッドに横になり。
大きく深呼吸。
枕からはちょっとだけ加齢臭しましたが、ぜんぜん気になりません。
この一週間、あまり寝心地の良い場所で眠れていませんでしたからね。
暖かいオフトゥンを被ると、一日の疲れがどっと身体に押し寄せました。
足の怪我のことは、あっという間に記憶の外へ。
「………………………スヤリ」
気がつけば、泥のように眠っていました。
最高でした。溶けるような錯覚が全身を満たしていました。
”ゾンビ”発生前でもこんなに気持ちよく眠れたことはありません。
できることなら、ずっとここでこうしていたい。
意識は、あっという間に水底へと沈んでいきました。
▼
次に目を覚ましたのは、それから六時間後。
当たりは、すっかり暗くなった後でした。
「ふンぬぅ~~~~~~~~~」
大きく伸びをした私は、文明人ならではの習慣で、部屋の電灯のスイッチを入れます。
「――!?」
驚くべき出来事が起こったのは、その次の瞬間。
なんということでしょう。電気が点いたのです。
神か。
神が降臨したのか。
慌てて建物内を調べて回ったところ、なんと、建物の屋上にソーラー蓄電システムが備え付けられているじゃありませんか。
すばらしい。
すばらしすぎます。
私は、はやる気持ちを抑えながらキッチンに向かい、冷蔵庫を開きます。
……冷たぁ~い。
そして、そこに並べられた食材を視認すると同時に、くぅくぅとお腹の虫が鳴り始めました。
その後の行動は、我ながら素早かったように思います。
大量にあるレトルトのご飯を二つほど電子レンジに入れ、それがしっかり動作することを確認した後、電気ポッドで水を沸かす。カセットコンロにフライパンを乗せ、ブロック型に切り分けたバターを二つ。コンロのスイッチを入れ、芳醇なバターの香りを楽しみつつベーコンをぽいぽいっと投入。軽く焦げ目がついたのを見てから、卵を四つほど割って雑にかき混ぜます。素早く塩とブラックペッパーを散らしつつ、電気ポッドで沸かしたお湯をカップ麺に流し入れ、できあがったご飯を丼に盛ってから、海苔の佃煮とたくあんの漬物を添えて。
で、で、でたァーッ!
ものぐさ一人暮らし名物のフルコースだぁー!
一週間と少し前の私なら、こんな量は食べられませんでした。
ですが、今日の私は、この程度の食事、軽く平らげられる自信があります。
「うぉおおおおおおおおおいっくぜぇえええええええええええええッ!」
一人で部屋にいる時、唐突にテンションが上がる時ってないですか?
私はあります。
あるんです。
食事は、掃除機が吸い込むような速度で行われました。
その姿はさながら、餓鬼の如し。
あんまり人には見せられない姿ですね、ええ。
すっかり満足した私は、もう一度ベッドのところに戻ってから、思索に耽ります。
さて。
どーしたもんかな、と。
その頃には私、「もう一生ここで住めばよくない?」という気持ちでいっぱいになっていました。
一度そう思ってしまうといけませんね。元より私は引きこもりがちな性格なのです。
気づけば二度寝を決め込んでいました。
それも仕方のないこと。
ベッドに、電気毛布が敷かれていることに気づいたためです。
試しにスイッチを入れるとね、もうね。
我が家のおこたが思い出されるレベルのやつで。
久方ぶりの暴食と惰眠を貪った私が目を覚ましたのは、それからさらに数時間後。
体力も全快。足の怪我もずいぶん良くなりました。
さて、と。
お次は、なんとかして学校にいる仲間と連絡をとろう、と思いました。
人付き合いの悪い我が身なれど、心配してくれる人はいるでしょう。
できることなら、彼らを安心させてあげるべきです。
何かないかと建物の中をあちこち探してみますと……ありました。
『サジタリウスの矢』とかいう、無駄に大仰な名前が付けられた打ち上げ花火です。
確か、一つ数千円もするようなやつです。
恐らく、あのおじさんがいつかの夏に買ったものでしょう。花火は少し埃かぶっていました。
使用期限が心配になりましたが、花火は湿気たりしない限り、十年以上持つと聞いたことがあります。品質に問題はないでしょう。
それにしてもあのおじさん、どういうつもりでこんなものを買ったのでしょうか。
お孫さんとかにプレゼントするつもりだったとか?
……おっといけない。
殺した相手の気持ちを鑑みる、などと。
せっかく上向きになりかけているテンションが下がってしまいます。
私は下衆な略奪者。
それでいいということにしましょう。
『サジタリウスの矢』を抱えた私は、建物の屋上に昇ってから、それに火を付けます。
しゅー、ぽーん、といういささか間の抜けた音と共に、金色の光が一閃、空へと打ち上がって行きました。
瞬間、光が闇夜を照らします。
電灯の消えた夜闇に、それはいっそう輝いて見えました。
「たーまやー」
つぶやきながら、光り輝く空を仰ぎ見ます。
さすがお高いだけあって、家庭用にしてはなかなか派手な花火でした。
これで通じてくれればいいのですがね。
なんやかやで一仕事終えると、また眠くなっています。
「そんじゃ、おやすみー」
階下に見える”ゾンビ”たちにもご挨拶。
電気毛布に誘われて、私は屋上を後にしました。
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