その407 二人の侵入者

 敵襲――。

 倉庫内を木くずとコンクリート片が舞い、私は反射的に真上を見ます。

 いけない。

 このままでは、”魂修復機”に不純物が入ってしまう。


 土埃に紛れながらも、はっきりと存在感を放つその侵入者は、……少なくとも、私が知るあらゆる知識と照らし合わせても、その正体がわからないものでした。


 それを一言で言い表すならば、――ロボット、です。黒鉄くろがねの。


 一瞬だけ連想したのは、犬咬と名乗ったあの青年が身にまとっていた、あの白銀の鎧。

 とはいえそれは、彼が装備していたものよりも二回りほど大きく、その全長は3メートルほど、でしょうか。

 背中には分厚い生地で縫われた藍色のマント、その手には巨大な戦槌を携えていました。


「なに、これッ」


 一秒後、麗華さんの口から答えがあります。


「”戦士の鎧”ッ!? え、え、え? なんで!?」


――”戦士の……、鎧”?


 詳しく話を聞いている暇はありませんでした。さすがの私も、目の前のそれが話し合いに来たとは、到底思えなかったためです。


「……くっ。思いっきり胸を打つ!」


 その時、私が咄嗟に使ったのは、覚えたての技。《音撃拳》でした。

 不可視の拳は、容赦なく侵入者の身体を撃ちますが、――


『――ッ!』


 一切堪えた様子もなく、敵はこちらを無視するように”魂修復機”へ突撃します。


「……なッ?」


 私はぎょっとしてその間に滑り込み、


「――膝裏! 足を止めて!」


 再び《音撃拳》。関節を打たれた侵入者は一瞬、「膝かっくん」の格好になって、たたらを踏みます。

 その時、私、すっごく厭な予感が脳裏によぎっていました。


――あなた、このまま進んでも不幸な結末が待つだけですよ。

――不幸な結末が。


 敵の目的は、”魂修復機”の奪取ではない。破壊ではないか、と。

 でも、何故?

 いったいどの陣営の刺客が、そんな真似を?

 少なくとも私が知る限り、それをするメリットがある人に心当たりがありません。

 ……いや。

 そもそも、メリット云々の話ではないのかも。

 今、私が相手にしているのが、ただただ他者の不幸をもたらす存在なのであれば。


 唇をぎゅっと結んで、


「――殺す!」


 私は、手首に結びつけていた刀を一瞬で引き抜き、知る中で最も容赦のない《必殺剣》の一つ、――


「――《百裂の刃》ッ!」


 《必殺剣Ⅲ》を起動します。

 瞬間、祖父の形見である刀が、強烈な振動と共に分身していきました。

 名の通り、百度斬りつけたのと同様の効果をもたらすその刀を、――私はその、黒鉄の鎧に振り下ろします。


『――ッ』


 敵はそれを真っ向から受け止めるつもりみたい。戦槌を刀に合わせました。

 二つの武器が交差したその時、――


 ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!


 鼓膜を破らんばかりの爆音があかあかと輝き、室内を明るく照らします。


――この敵、……強い。堅い。


 率直に私、そう思いました。

 しかしやはり、単純な戦闘力そのものは私に分があるようで。

 戦槌の柄は、まるで切削加工を受けたように削り取られていき……やがて、それを根本から分断してしまいます。

 そのまま私は、”戦士の鎧”の首から上を、全身全霊の力を込めてぶった切りました。


「――?」


 違和感は、一瞬。

 何だか異様に手応えがない。そう思えたのです。

 見上げると、切った中身はがらんどう。

 どうやら操縦者の本体は、胴体の方にあるっぽい。


「しま……ッ!?」

『りゃああああああああああああああああああ!』


 どこか、聞き覚えのある声。

 その正体を探る暇もなく、右胸の辺りに強烈な衝撃が走ります。

 私が受けたのは実にシンプルな正拳突きでしたが、肺の中の空気をほとんど追い出してしまうには十分な衝撃でした。

 6メートルほど吹っ飛んで、ごろごろと”魂修復機”の近くまで転がります。

 釜の底辺りに背中を強かに打ち、それがぐらりと傾きました。

 いけない!

 ゾッと背筋を凍らせながら、それを慌てて立て直して。


「ちょ、ちょっとタンマ! せ、せめて、場所を変えませんかッ!?」


 それは、我ながら実に間の抜けた提案でした。

 だいたい、世の中に存在する人が全て理性的であったなら、誰も苦しまずに済むでしょうに。


『残念ね、おねーちゃん。本当につよい人なら、そんなことは言わないわ』


 鎧の操縦者と思しき人の声。

 子供です。


『私は、本当に強い人と征く……ッ!』


 そこで私は、いつの間にか倉庫の扉が開け放たれていることに気付きました。


――侵入者は二人。


 その事実に気付くと共に、……私は目を疑います。


「け………………ほッ……………………」


 背中から脇腹を刺されているのは、志津川麗華。

 その、――ナイフを握っている娘の名は。


「何を……、そこで、何を……ッ?」


 藍月美言ちゃん、でした。

 彼女は一瞬、実に気まずそうに視線を逸らした後、


「ごめん」


 空いた片手でちょっぴり頬を掻き、呟きました。

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