その406 ノックの音が

 お世辞にも過ごしやすいとは言えない、湿り気でベタ付く室内にて。

 私はまんじりともせず、あちこちガタが来ている建物の「ピシッ」っていう音にびくびくしながら、神園さん蘇生までの三十分を潰しています。


「結構、……時間、掛かるんですね~」

「うん。休みなく効率的に稼働しても、一日に蘇生できる限界は40人かそこら、かしら」


 40人。

 日々”ゾンビ”に殺されている少年少女たちの数に比べれば、明らかに足りない数ですが……、


「例えば、名目だけでもトップの”プレイヤー”を増やせば、”魂修復機”の量産が可能なのでは?」

「おばかさん。そんなの、私が試さなかったと思う? この場所にコレがたった一つしかない理由を考えて」


 ですよねー。

 私は、釜の中を覗き込んで、液体がどうなっているかをチェック。

 ぐにゅぐにゅした人型の何かが底の方に見えますが、それがどういう形をしているかまではわかりません。


 この状態で手を突っ込んだらどうなるだろ、とか。

 ちょっと怖い空想を働かせたりして。


「しかし麗華さん、”実績”の条件はまだ誰とも共有していない。そうでしょう?」

「そりゃ、まーね。私は”王国”を運営していく必要があったし。……それに」


 麗華さん、今度は余裕のある「ニッコリ」で、


「ひょっとすると今、あなたもそうすべきだと思ってるんじゃない?」

「…………」


 私は黙って、腕を組んでいます。

 確かに、彼女の言う通りかも知れません。

 このまま、この”非現実の王国”という組織を成長させて、次の段階の”魂修復機”を獲得する。

 そうすれば、もっと効率的に死者の蘇生が可能なのでは、と。

 いや、あるいは。

 本物の”魂修復機”は、――


「う――――――――ん。どーしたものかな――――――――っ」


 時計を見ます。予定の時間まで、あともうちょい。

 こういう時って、本当に時間が経つのが遅いですね。


 それとも、いったんみんなに連絡するのを優先すべきだったでしょうか。

 ……いや、それだと蘇生した神園さんを麗華さんに任せることになりますし。

 彼女はまだなんだか、腹に一物ありそうな雰囲気で、信用なりません。


 そんな私の想いを察したのでしょうか。

 彼女、一方的に話し始めました。


「私、駆け引きとか面倒だから、ささっと目的だけ話しちゃうね。

 これから”名無し”ちゃんは、私を“女王”としたまま、この”王国”の守護者となる。

 そうなった”名無し”ちゃんは、”姫”たちをみんな説得して、この国を統一するの。親睦会なんか開くのもいいかもね。

 それで、私たちは本当の友だちになるのよ。

 そうすれば、戦力的にも”中央府”とは同等になるでしょう。

 そこまでして初めて、私たちは連中と肩を並べて交渉を行うことができる。

 でも、それでも向こうがゴネるなら、――……そうね。都内に散らばっている”プレイヤー”たちとも協力して、”中央府”や”魔王”と一戦交えたっていい」


 一方的にそうまくしたて、麗華さんは冷たいお茶を飲みます。

 私は、すっかり感覚が麻痺している両の手を見て、


「……それより、もしよろしければ、”賭博師”さんとタマちゃんを連れてきてもらっても良いですか」

「ん?」

「私の腕が必要なら、――両手が使えないのはまずいでしょう。文字通り」

「えー、イヤだ。”名無し”ちゃんが行ってきなよ」

「私はここを動きません」

「こっちだってそのつもり。あなたもわかってるでしょ? 私、”名無し”ちゃんのことは信用してるけど、他の連中のことはよくわからないし。ここに来る間、変に疑われて酷い目に遭わされたくないもの」

「ふむ……」


 みんながそこまで短絡的な真似をするとは思えませんが……まあ、それを彼女に説得するのも無理があるか。


 仕方ない。

 とりあえず優希さんを蘇生して、――間違いなくこれが”魂修復機”であることの確認をとってから、もう一度あの長い階段を降りることにします。

 で、みんなと合流して、今後の方針を話し合う、と。


 私が頭の中で納得すると、その時でした。


 こん、こん、と、異音が鳴ったのは。

 音は、扉の外から。

 どうやら、意図的に鳴らされたようです。


「……ノックの音?」

「みたいね」


 私は一瞬、志津川麗華さんと目を合わせます。

 彼女はふるふると首を横に振りました。


「この場所を知っている人は?」

「”不死隊”と”飢人”たち、かな」

「じゃあ、そのうちのだれかでしょうか」

「え? でも、何のために?」


 そりゃあ……、


「”魂修復機”の奪取、……とか?」


 何も知らなかった頃は、それも我々の選択肢の一つでしたし。


「爆弾を取り外したから、早速ってこと?」

「はい」

「うーん、どうかしら。仕掛けてくるなら、もうちょっとタイミングってものがあるんじゃない?」

「というと?」

「お風呂入ってる時とか、トイレ行ってるときとか。少なくとも、――化け物みたいな”名無し”ちゃんとぶつかる可能性の高い、今じゃあない」

「…………」


 彼女がどこか、信用できないところがある気はしていました。

 でも、その言葉に嘘はない、ような。


 ドアノブが捻られると、……ゆっくりと扉が開いていきます。


「って、ありゃ? ごめん。私、……鍵閉め忘れてた」

「は?」

「しゃーないじゃん。こっちも緊張してたし」

「いやいや、緊張って……」


 驚きながら、開いていく扉の向こうに目を見張っている、と。

 突然でした。

 我々が警戒しているのと、全く反対側、――天井に大穴が空き、一つの巨大な人影が飛び込んできたのは。

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