その405 哀しい呪い

「なるほど。だいたい事情はわかった」


 腕を組み、”賭博師”は志津川麗華の部屋をぐるりと歩き回る。

 傍らには、無口な相棒、――”タマ”が、VIPルームにしかない隠れニャッキーを探していた。


 連絡を受けた二人を待ち受けていたのは、”遊び人”ナナミと、”解放者”綴里。


「まったく、オレサマがいない間に、勝手に活躍しやがってよぉ」

「しょーがないじゃん。間に合わないトラ子が悪い」

「くそっ」


 せめて一言くらい言ってくれれば……などと、愚痴は言えなかった。

 先日の徹夜が災いして、さっきまでうたた寝していたのである。”王国”での生活が長すぎて、平和ボケしてしまっているのかもしれない。


「ゲームは”名無し”の勝ちで決まりなんだろ?」

「うん。でも、何が起こるかわからないじゃん?」


 それはそうだ。用心するに越したことはない。

 だいたい、麗華の守りについた”飢人”が一匹だけというのが気に入らない。

 話によると、この国に入り込んだ”飢人”は複数いる、という話だったから。


 四人は、台風が通り抜けるように遠慮なく、志津川麗華の部屋を漁る。

 ”名無し”がここに来たことは間違いない。ビデオの録画がある。

 だが、その後の消息が不明だった。

 恐らく、”魂修復機”の方向へ向かったことは間違いないが……。


「結局、”魂修復機アレ”はどこにあるんだ?」

「わかんない。手がかりも残ってないみたい」

「くそっ。毒に侵されてるってのに、どーして一人で行くかなー?」

「……けど、”名無し”ちゃんらしいよ」

「あいつらしいって?」

「あの子、――どこか、全部背負いたがる癖があるからさ。”鏡の国”を脱出するときも、あたしたちが止めなきゃ、一人で責任を取るつもりだった」

「……うむ」


 それは、わかる。

 最適解に囚われて無理をしすぎてしまうのは、”名無し”の長所であり、短所でもあった。

 だいたい、人間は完璧な生き物ではないというのに、彼女はそれを望みすぎるのだ。

 あるいは、自分の甘さが原因で仲間を死なせてしまった過去が、あの娘をそうさせているのかもしれない。

 だとするとそれは、ある種の呪いだ。

 憎むべき対象の存在しない、哀しい呪い。


「どーする? あんたの《無限のダイスロール》を使う?」

「いや。無理だ。この複雑な城の分かれ道一つ一つにダイスを振ってたら、オレサマの魔力がもたない」

「うーん。……どーしたものかな」

「待機しか、ねーだろ」


 やむなく、どかっと埃っぽいソファに座る”賭博師”。

 苛立っているのは、活躍の機会を奪われた悔しさだけではない。

 友人の身を案じているのだ。


「あいつ、気付いてるのか? いま、自分が孤立しちまってることに」


 あるいは、それがわかっていてなお、優先すべきことがあるか。


――あり得る。


 例えば、”仲間の蘇生”とか。

 爪を噛む。

 ”終末”後は控えるようにしてきた癖だが、遂に再発してしまった。


「アイツらしくねえな。焦ってやがるのか?」


 すると、メイド服の天宮綴里が、


「そうかもしれません。……別れ際に私、くれぐれも優希のことを頼んだから……」

「ハ! もしそうだとしても、自己責任ってやつだよ」


 だが、気持ちもわかる。

 だいたい、死者の蘇生だなんて、生き物の道理に反することを目の前にして、冷静で居られる方がおかしい。


――あるいは、”名無し”自身、奇跡を夢みてるのかも知れない。


 彼女、”終末”以前に家族をみんな死なせているという。

 もちろん、”魂修復機”の仕様上、それで家族を取り戻すことはできないだろう。

 だが、もしそれが可能であるとチラつかされた場合、そこに隙が生まれてしまってもおかしくはない。――本人ですら気付かないほどの、小さな隙が。


「とにかくオレたちは、最悪の事態になったときのことを考えよう」

「最悪、というと?」

「わからん」

「わからないって……」

「だから、最悪の事態っていうんだ。ここにいる、誰も予測できないこと……」


 ”賭博師”は、ぎざぎざに噛まれた爪を、ちょっと見て。


「”裏切り者”、とか」

「裏切り者?」


 綴里は目を丸くする。


「それ、誰のことです?」

「いや、テキトーに言ってみただけだけど」

「なんだ。ナニか根拠があるのかと」


 ほっと嘆息して。


「そりゃ、わからんけどさ。例えば、そーだな。――君野明日香だっけ? あいつ、どこいった?」

「わかりません。さっき攫われちゃって。ひょっとすると、どこかに閉じ込められたままなのかも」

「……そっか」

「でも、明日香さんは違いますよ。彼女、仲間想いですし」

「ふん」


 だがこの世には、”仲間想い”だから裏切るようなケースも起こりうる。

 再び、”賭博師”は爪を噛んだ。


「ところで、――そういえば、”賭博師”さん」

「あん?」

「あなた、ここに来るまで、例のあのアトラクションを通ってきたんですか?」

「ああ。……こっちのルートが一番手っ取り早いって聞いたからな。それがどうした?」

「その道中で、誰かに会いませんでしたか?」

「そりゃ、何人か見かけたぞ。オメーらにボコられた”不死隊”連中とか」

「そう、ですか」


 綴里は、少し考え込んで。


「……彩葉ちゃん」

「あ?」

「羽喰彩葉ちゃんは、どこに?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る