その400 不気味な勝利
「……とにかく。これで私の勝ち、です」
私、足元に散らかっているゴミの間からG的な何かが飛び出すんではないかと恐れながら、志津川麗華さんを見つめます。
「いやあ。おみごとね」
すると彼女、ババ抜きに負けた程度の感じで微笑みました。
うーんやっぱり、ちょっと不気味。
「一応言っておきますけど、――約束は守ってもらいますよ」
「わかってる。だからほら、」
彼女、我々二人を録画しているカメラに目配せして、
「動画はネット上に自動アップロードされてるわ」
「……………」
正直、それはかなり不気味な行動でした。
自分に不利になるようなことを、そこまで積極的にやる理由がわからなかったのです。
「私、嘘つきな施政者にだけはならないって、最初に決めていたもの」
さすがに、この台詞がカメラを意識してのものだということくらいはわかりました。
……まあ、いいでしょう。
少なくとも、こちらのやるべきことは決まっています。
「えーっと。では」
私は、ちょっと咳払いをして、
「まず、”不死隊”全員を下がらせてください」
「それはさっき、あなたがこの部屋に入った瞬間にアナウンスしておいたわ。『ゲーム終了』って」
明日香さんを人質にとる……つもりもない、と。
「では、いまあなたが”女王”として所有している全てを譲っていただきたく」
「ん。おっけ」
「おっけ」ってそんな。おかし譲るみたいに。
「でも、一つだけ、いい?」
「何か?」
「私の、――命を保障してほしい。殺さないでほしいの」
「ええっと、」
「じゃんけんに負けた私には、こんなことを頼める権利はないかもしれない。けれど私、一人っきりで生きていけるほど強くないから」
いま、「じゃんけんに負けた」を強調した感じ、微妙に印象が操作されている気がします。
それこそ、この申し出を断ったらそれだけでもう、人でなし扱いを受けても仕方がない、ような。
これは、……なんでしょ。
彼女に、負けるつもりがなかったことは間違いありません。
ただ、負けることもある程度は計算に入れていたんじゃないかな。そんな感じがします。
「もちろん、命まで奪うつもりはありませんよ」
「そう。良かった!」
「でも、私はそうするつもりでも、あなたに恨みを持つ人がどう思うかは……」
「いいの。いま、あなたが突然私の首を刎ねないって、それだけ約束してくれれば」
……?
なんでしょ。
まるでその口ぶりだと、この場さえ安全に逃れることができれば、今後ずっと安泰でいられる、とでも言わんばかりの……。
「ではまず、《魂修復機》の所有権を譲って下さい。話によるとあなた、あれに爆弾を仕掛けているとか」
「ん。わかった。いまからそれを解除しに向かいましょう」
そして彼女は、ビデオの録画を点けっぱなしにしたまま立ち上がり、よたよたとした足取りで防音室を出て行きます。
そこで初めて気がついたのですが、彼女、足が悪いみたい。
”プレイヤー”であれば《治癒魔法》を憶えているはずなので、外傷などではなさそう。どうやら生まれつきのもののようでした。
「ごめんね。私、内反足なの」
「はあ」
「知ってる? 先天性の内反足って、早期治療が原則なのよ。でも私、子供の頃、親に放っておかれたから。ずっとこうなの。”奇跡使い”になれば治せるかなと思ったけど、そうでもなかった」
言外に、「だから虐めないでね」とも聞こえます。
実際どうも、彼女には”プレイヤー”としての戦闘力そのものが欠如しているように思えました。
とはいえ、油断している訳ではありません。経験上、最も恐ろしいのは、自身の能力を正確に把握して、その使いどころを間違えない相手なのですから。
私はなんと返事するか、しばらく迷った末、
「まあ、人それぞれ、親もそれぞれで。事情というモノがありますから」
と、無難に答えておきます。
歩みの遅い彼女の少し後ろを進んでいくと、どうやら我々、アビエニア城の最も高層にあるエリアに向かっているらしいと気付きました。
道中、麗華さんはおしゃべりをするつもりはないようでしたが、
「ねえ、麗華さん」
私の方から、声をかけます。
「なあに?」
「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「あなた、かつて死刑囚だったと聞きますが。リンチ殺人を行ったとかで」
「うん」
「どうして、そのような事件を?」
「そんなことが気になるの?」
「いやいや、そんなことで済ませられる話じゃ」
「でも、今どき人殺しなんて珍しくもない? あなただって試したことがある。そうでしょ?」
私は視線を逸らします。どうやら彼女、私に《カルマ鑑定》をしたあとみたい。
で、あれば、知っているはず。私が過去、人殺しに手を染めたことを。
「言い訳するつもりはありませんが……、今の状況でする人殺しと、かつての安定した社会で行った人殺しは、……意味が少し、違う、ような」
「そーお? 人の命を奪う行為に、社会情勢は関係ないと思うけれど」
「それは、そうですけど」
「でもまあ、――そうね。理由はいろいろ、ある」
彼女、遠い昔を懐かしむように天井を見上げて、
「一つは、理想を追いかけすぎると……人は自分の正義に酔うことがある……ってことかな」
「?」
わかるような、わからんようなことを言いますね、この人。
「足立克也」
「?」
「近藤亮平」
「??」
「木田幸司、坂田敦、家田和子」
「???」
「粕谷りつと、その赤んぼう」
「なんです、急に」
「今も忘れないわ。死んだ七人の名前よ」
私は眉をひそめました。
最後の、赤んぼうを殺したという言葉に、胸が悪くなるものを感じたのです。
「どうして……?」
「まず、最初に言っておくけれど私、自分の手で人を殺したことはない。これまでも、きっとこれからもね。嘘だと思うなら、私を《カルマ鑑定》してごらんなさい」
それでも、司法が彼女を”死刑囚”としたということは、彼女に罪があったということでしょう。
「でも、ちょっと笑っちゃう。十数年前は結構、話題にもなったはずよ。テレビにもいっぱいでたし。本にも、映画にもなってるって。『みやま山荘事件』っていうの。でも今の子って、それすらも忘れちゃってるんだから。変な話」
「十数年前なら、その頃は私、五歳とかですよ。知らなくてもしゃーないっす」
「そうね。ふふふ。だから私、あなたたち若い子が好き。とっても愚かで、すばらしく教化しやすいから……」
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