その399 じゃんけんの勝敗

「……わお」


 そこは、特注品のディズニャー・グッズがズラリと並んだホテルの一室でした。

 一見、お姫様の部屋って感じの豪奢な部屋ですが、――


「うーん」


 何となく違和感を覚えながら室内を進むと、すぐにその正体に気付きます。

 この部屋、窓がないみたい。

 だからでしょうか。こんなにも息苦しく感じるのは。

 だいたいこの部屋、調度品がごちゃごちゃしすぎて、掃除が大変そう。

 空気も澱んでいるし、どう考えても住み心地は最悪でした。

 廊下の先には、一人で住むにはちょっと広すぎるリビングルームがあって、そこは大量のカップ麺やペットボトルの空き容器、それにパンの袋などが散乱しています。


「汚部屋だぁ……」


 麗華さん、片付けとかできない系女子っぽい。

 引きこもり生活は嫌いではありませんが、そんな私ですらこの部屋に籠もるのは辛い、かも。


「あのーぅ。すいませーん」


 声をかけますが、人気はなく。

 足元のゴミを踏みながら部屋奥に進むと、……それも無理はありません。どうやら別室に、防音室があるようでした。


「むう」


 私、ちょっとだけ肩透かしをくらいつつ、分厚いドアを押して、――瞬間、少し胸に重いものを感じます。


 それは、根源的な不安でした。

 何かを忘れているような。

 家の鍵を閉め忘れているような。

 火を点けっぱなしにして出かけてしまったような。

 自分が何か、大きな失敗してしまっているのではないか、という。


 ”攻略本”を持つ七裂里留くんが恐れていた、”何か”。

 彼、私がこのまま突き進むと、最悪の事態が待ち受けているみたいに考えていたようですが……ふうむ。


――ダイタイ、未来ってのは自分の手で切り開いていくモンダ。こんな本に書かれてるコトに左右サレルものじゃナイヨ。


 トール・ヴラディミールさんが話した言葉に勇気をもらい、私は扉を開きます。

 するとその先では、室内を映し出した映像が、壁一面に投影されていました。

 そこには、私の姿もあります。どうやら映像は録画されているみたい。

 どうやら、じゃんけん勝負の行方はちゃんと保存されるようでした。

 玉座を思わせる椅子に腰掛けているのは、さきほど画面越しに挨拶した女性。

 志津川麗華さんです。


「あー、……来ちゃったかー」


 彼女、どこか諦めに近い表情で、くるりと椅子を半回転。こちらに顔を向けます。

 その手はご丁寧にも、先ほど彼女とビデオ通話した時の形を保ったままでした。


「はい。来ました」

「ざんねん」

「お覚悟を」

「お覚悟を……って、こわぁい。”名無し”さん、ひょっとして私を殺すつもり?」

「問答無用でそうされてもおかしくないんですよ。最初に殺そうとしたのはそっちなので」

「え?」


 彼女、そこに関しては本気で意外そうに、


「あれ? ひょっとして”飢人”たち、あなたを殺そうとしたの?」

「……ええ。たぶん」

「それ、勘違いじゃあない? 私が彼らに頼んだのは、あくまで足止めよ?」

「えっ?」


 そうだったかしら。

 まあ言われてみれば、――どうにかして私を後戻りさせようとはしていた、ような。


「まあ確かに、死ねば永遠に足止めすることになるからね。――彼らが勝手にそう判断したのかもしれないけれど、それは私の意志ではないわ。もし死んだとしても、きっと優先的に蘇生していたと思う」

「…………」

「うーん。ぜんぜん納得してないって顔ね。やっぱり”魔王”なんかと取引するのが間違いだったのかしら?」

「そ、そうですよ。なんであなた、そんなことをしたんです?」

「えー? だって”魔王”って、結構ちゃんとした人だったよ? ――残念ながら、”飢人”たちはそうでもないっぽいけど」


 世界をこんな風にしといて、”ちゃんとした”もクソもない気がするんですけど。


「でも、本当に期待外れ。あなた、本当に”飢人”をみんなやっつけてここまで来たの?」

「みんな? ――いいえ。みんなはやっつけてません。倒したのは一体だけでした」

「えっ。……流爪は?」

「彼とは、会いませんでしたね」


 流爪さんも居残り組のようなので、突如現れてもおかしくありませんが。

 麗華さん、眉間にくっきりと皺を寄せて、


「最悪っ! ”飢人”ども、絶対にあなたをここに近寄らせないって言ってたのに! クソの役にも立たないったら……!」

「ご愁傷様です。きっといろいろ、立て込んでたんですよ」


 どうも彼女、”魔王”に危機が迫っていることを知らないっぽい?

 確かに、当初の予定通り”飢人”たち全員でかかってこられたら、私に勝ち目はなかったでしょう。


「これなら、多少無理させてでも舞以に戦ってもらえば良かったわッ」

「もしそうなっても、三対一ですし。何より彼女、あんまりやる気、なかったですよ」

「いいえ。あの子は私に着いてたわね」

「いーえ。彼女は私のトモダチです」

「絶対裏切らないって言ってたし」

「こっちだって、きっと彼女は裏切りませんでした」

「……ふんっ」


 麗華さん、ぷくーっとふくれ面になって、


「まあ、いいでしょう。それより、さっさとじゃんけんを済ませてしまいましょう」

「ええ」


 麗華さん、私に手を差し伸べます。

 その形は、”チョキ”……に、見えますが。

 私、ふっふっふと不敵に笑って、


「ダメですよー? そんな子供だましには引っかかりません」

「む」


 その実、彼女の親指が控えめに立てられていること、見逃していませんでした。


――あっ、それと一応、ズルなじゃんけんの手はぜんぶ無効ってことで。

――”無敵チョキ”とか”ピストル”とかね。


 わざわざこんなルールを付け加えた時点で、もう読めていたんです。


「その手、”無敵チョキ”でしょ? 無効手ってこと」

「うげ」

「ってことは、そっちでさりげなーく開いている手、――”パー”がじゃんけんの手だ。違いますか?」

「うげげ」


 というワケで私、包帯でぐるぐる巻きにして作った”チョキ”を出します。


「うーん……負けたぁ!」


 すると麗華さん、思ったよりも素直に負けを認めました。

 おや?

 こんな小細工を仕掛けてくるくらいだから、もっとごねるかと思いましたが。


 何にせよ、このじゃんけん勝負、私の勝ちです。


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