その398 オレの名は
『ア、ア、ア、ア、ア、ア、アッ! ちっくしょう!』
喉から下をぶった切ったお陰か、倒した”飢人”さん、まだおしゃべりできるみたい。
生首が毒づく絵面にはさすがにドン引きですが、――《猛毒の刃》の効果が切れるまで、近づくのは危険ですねー。
『ちくしょう! ちくしょう! くっそ! 松村の奴……ッ! あのクソ野郎ッ! 嘘を、……嘘を吐きやがって! この、この、この方法なら、助かるって言ってたのに、――クソ!』
む。
これひょっとして、情報ゲットのチャンスでは?
「松村、――って、どなた?」
『あ? オマエ知ってるだろ、松村
ほう。松村若人さん。
ええと、……(かつて記録したメモの内容を思い出して)……そうそう。
”ギルド”の一員で、たしかジョブは”伝承使い”、生前はレベル75だった人ですね。両馬さんと同じく、彼も”飢人”になっていたわけですか。
「その人がどうしたんです?」
『あいつ、オレのことを裏切りやがった! オレを捨て駒にしやがったんだ。腐った羊の肉みてーに……ッ』
「ほうほう。そりゃひどい。許せませんねえ」
『ダロォ!? あいつ、こうなるって絶対わかってた……ッ。外道め!』
「ふむ? こうなるってわかってた?」
『ああ、――あいつ、未来のことがわかる本を持ってやがるからな』
「あ、攻略本?」
『知ってるじゃねえか』
へえ。あの本って、一冊だけじゃなかったんだ。彼のレベルが高かったのも頷けますね。
「あ。ってことはひょっとしていま、松村さんはここにいないんですか?」
『おうよ。奴はいま……、おっとアブねえ! お前、オレのこと、便利に使うつもりだろうがッ!』
と、そこでようやく私の意図に気付いた様子。
まあもうすでに十分、便利に使わせてもらってますけどねー。
「でも、どっちにしろあなた、これからすぐ死んでしまいますし。それなら、私に情報を受け渡してから死んだ方がマシじゃないですか?」
『……ふん! 敵に情報を売れってのか?』
「ありてーにいうと、そーです」
『バカめ! なんの見返りもなく、オレがそんな真似をするか!』
どーでもいいですけどこの人、結構長いこと生きますね。首から上だけなのに。
「では、――そうですね。もしあなたが情報をくれれば私、この手帳に、こう遺しておくことにします。”すっごく強くて立派な人”だったって」
『な……ッ?』
すると、ハーレム系漫画に登場する負けヒロインよりもチョロく、彼はメス顔になりました。
『ほ、ホントか……ッ?』
「ええ。ついでにこう付け加えましょう。”イケメンにしてイケボ、服装もオシャレでスマートな着こなし。敵ながらあっぱれ”、と。ちなみに私はいずれ手記を出版してベストセラー作家となり、老後を豊かに暮らす予定です」
『ふむ……』
”飢人”たちは”魔王”と精神が繋がっている影響か、性格に共通点が見られます。
以前に戦った浜田さんが『俺のことを、忘れないでくれ』とか言ってましたし、彼らきっと、そーいうところにツボがあるのでしょう。
『では、手記にはこういう筋を付け加えておけ。”互角の戦いを繰り広げた末、我々には友情を超えた感情が芽生えた。勝者へ敬意を払い、オレはお前にヒントを遺した”……、みたいなの』
「うーっす」
私、少々苦心しながら、ポケットの中の手帳を取り出し……感覚のない指で、下手くそな文字をカリカリ。
……たぶんこーやって歴史って歪められちゃうんだな。
「はい、書けました」
『ホントか?』
「ええ」
『ちょっとここからじゃよく見えんが』
「約束を守らないほど無粋じゃありませんよ」
『……。いま、《猛毒の刃》は解いた。もっと近寄れ』
えーっ? それホントォー?
私、ちょっとだけ鞘の先っぽでカッターの刃をちょんちょんします。
どうも彼のスキル、見た目的に変化がないのでよくわかんないんですよね。
『信じろよッ! こっちだってお前を信じてるんだぞ!』
「むう」
私、こんどはつま先でカッターの刃をちょんちょん。
……問題は、ないみたい。
で、なるべく刃を踏まないよう近づき、彼の見える位置に手帳をかざしました。
『……ふん』
「(どきどき)」
『ミミズがのたくったような字だな……』
「誰のせいだと思ってるんですか、誰の」
『それに、……もっとこう、劇的な文章は書けないのか。思いがけず好敵手に巡り会えて感動した! みたいなの』
「この短時間で、無茶言わないでくださいよ」
『まあ、いいだろう。教えてやろう。いま、ほとんどの”飢人”は、”中央府”に向かっている』
「え? なんで?」
『決まってる! ”魔王”様の元に向かうためだッ!』
「ほうほう。……ってか”魔王”って”中央府”にいるんです?」
『その通り! 人間が最も集まる、最も安全なあの場所で、――”魔王”様は人混みに紛れておられる』
「へー。そうだったんですか」
道理で、この辺りではぜんぜん”魔王”の噂を聞かなかったはずです。
「それで、松村さんが”魔王”の元に向かったというのは、――」
『知れたこと。――”勇者”が接近しているようだからな』
「なんですって」
思わず、声がうわずります。
”勇者”、――犬咬くん。
私がここでぼんやりしている間に、関西にまで移動してたんですか。
「それでそれで? いま、どうなってるんです?」
『……知らん』
彼、眉をぐっとしかめて、
『オレは居残り組だからな』
「でもそれ、変じゃないですか? ”勇者”と戦うのに、わざわざ戦力を分散させるなんて」
『知らん。それだけこの”王国”は、放っておけん拠点なのだろう』
「ふむ……」
私、一瞬だけ考え込んで。
”勇者”の動きも気になりますが、いまはとにかく、自分のことも考えないと。
「居残り組って、他に誰がいるんです?」
『……いま、”王国”に居るのは、オレを除いて二人』
「ほうほう」
『一人は、まあ、無視してもいい。お前の敵にはならんだろう、まだガキの”飢人”で、足手まといだったやつだ』
「ふむふむ」
『もう一人は、――流爪とかいう……いや、ちょっとまて!』
「?」
『何か忘れてると思ったらオレ、名前を言ってないじゃないか!』
「……ああ、そういえば」
『やれやれ。危ないところだった……いいか。ちゃんとメモれよ。オレの名は、』
その次の瞬間でした。
『グェエ、エ、エ、エ、エ、……』
彼、突如として舌を出し、白目を剥きます。
「……ありゃ?」
口をぽかんと開けて、生首をちょんちょん。
返事がない。ただのしかばねのようだ。
どうやら、時間切れだったみたいですねー。
うーん、できればもうちょっとだけ話が聞きたかったんですが。
でもまあ、ええか。
思ったよりもかなり有力な情報を得られたし。
私、傍らにある鉄パイプを見て、少しだけ名残惜しく思いながら、扉を開きます。
遺品、――きっと持って帰りますからね。康介くん。
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