その397 平凡な敵

「……ふう」


 後詰めを仲間に任せる格好で、私は従業員用の非常扉を後ろ手に閉めます。

 んで、一人っきりになってから、改めて両手をチェック。

 包帯の隙間から見える私の指は、紫色を通りこして、すでに黒色にまで変色しつつありました。

 いやー。やばいなあ。

 毅然と振る舞ったつもりですけど、うまくやれたかどうか。

 《猛毒の刃》に関する説明に、嘘はありません。

 しかし、それが”チート化”した場合、――どれほど恐ろしい力に変異するかまでは正直、よくわかっていませんでした。

 特に、浜田さんの《雷系魔法Ⅲ》なんかは、私の想定を遙かに上回る強さでしたからねー。


「――よしッ」


 とにかく、気合いを入れて。

 両手でほっぺをぱちんとできないことが物足りませんが。


 これから私、(この場に何人か潜んでいる可能性がある)”飢人”を、可能な限り始末しなくてはなりません。

 正直に言いますと、この時点で半分くらい自分の命を捨てていました。

 とはいえ、自棄になっているわけではありません。

 最終的にチームが勝てば、蘇生できるわけですから。


 廊下は、すっきりと整理整頓された一本道。一応、VIP用の部屋に通じるためか、床には立派な絨毯が敷かれています。

 ナナミさんによると、”女王”が住まう部屋はここから歩いてすぐ、小学生でも迷わないレベル、とのこと。

 足跡を殺しながら、ゆっくり先へ進んでいくと、――なるほど確かに、その部屋はすぐに見つかりました。

 最初の曲がり角を左に進んだ先に、ニャッキーの彫刻が彫られた立派な扉があったのです。

 そしてその前には、一人の男が立っていました。

 その顔には、……見覚え、なし。

 特徴らしい特徴のない、平凡な顔つきの、二十代男性って感じ。指名手配されたら「中肉中背の男」って表現されちゃうタイプ。


 ただ、明確に常人と違うのは、――やはり、”飢人”としての特徴でしょう。

 深海魚を思わせる、澱んだ目。

 マニキュアでも塗ったような、赤黒い爪。

 鍾乳石を思わせる、白い肌。


 彼はいま、虚空に向けて、ぶんぶんと鉄パイプを素振り中。

 彼が手に持つそれは、先端部に釘を溶接した手作りのもので、――


『よく来たなッ! ”名無しのJK”!』


 得物の先端をこちらに向ける形で、彼は不敵に笑います。凡庸な見た目に反して、声は大きめ。ある意味、それだけが彼の特徴らしい特徴と言えるのかも知れません。


「……どうも」


 彼は、鉄パイプをかつんと床に立て、仁王立ちになります。

 どことなく、決闘に挑むガンマンのような格好。


――堂々たる、真っ向勝負。


 そのたたずまいからは、彼の意志が伝わってきました。


『”ルール”を説明してやろう! お前はオレの首を刎ねて殺す。オレはそれを防ぐ。この先に進むには、それ以外に方法はない』

「……まあ、でしょうね」

『知っての通りオレは、直接手に触れた刃物を、《猛毒の刃》によって有毒化することができるッ』

「ふむ」

『さらに言うならば!

 ①有毒化できる刃物の定義は広く、模造品であっても効果は発動する。

 ②有毒化した刃物は、手に持つだけでも影響をもたらす。

 ③毒は”飢人”には効かず、人間のみを害する。

 この三点を付け加えておこう。――まあ、猿並みの知性でも、それくらいのことはもうすでに推測しているだろうが!』

「…………」

『……と、いうことで! 我々の足元には、文房具屋から盗んできた大量のカッターの刃をばらまいておいた! 一歩でも足を踏み出せばお前は、たちまち毒に侵され、数分と掛からずに死ぬだろう!』


 彼の宣言どおり、我々の足元には、銀色のきらきらした刃が散乱していました。

 ふかふかの絨毯に立てるように配置されたカッターの刃は、邪悪な子供が思いつく最上級のイタズラって感じ。


『で、あれば、空中を飛べば良い、――お前はそう思っているんだろう? ……短絡的な犬めッ! もちろん、その対策も考えてあるッ! オレはここにッ! たっぷりの投げナイフを用意しておいた! 練習もバッチリ! 百発百中ッ! そして我々の飛距離はッ、おおよそ十数メートル! 寝惚けていても外さん!

 ……ふ、ははははは! それにしても、笑いが止まらんなァ!

 お前が、――愚かにもあの”光の剣”を手に取ってくれたことは、実に幸運だった! お陰でオレは、最も強力な武器を使えない相手に、実に有利な条件で戦うことができるからなあッ!』


 長台詞をそこまで聞いて、ふへ、と、我ながらちょっと気の抜けた笑い声が漏れます。

 それが癇に障ったのか、”飢人”は不機嫌そうに言いました。


『……なにがおかしい?』

「いや、――なんというか。ちょっと疑問に思うことがあって」

『あ?』

「”飢人”もやはり、死を恐れたりするんでしょうか」

『な…………?』

「そんな風に長々と話すのは、不安だからですか? こうこうこういう理由があるから、自分は強い。だから自分の生命は安全だって、自分に言い聞かせたいんじゃないですか?」

『なんだと……ッ』


 理論武装して自分を安全だと思いたい気持ち。ぶっちゃけ私もそういうとこあるから、よくわかります。

 しかし、彼はその言葉を挑発と受け取ったのでしょう。

 歯を食いしばって、


『……ふん。まあ、なんと言おうが、オレがそちらに近づくことはないがね。この有利な地の利を逃すことなど』

「――ところで」

『ん?』

「あなたがさっき振り回していた鉄パイプですけど、――それ、どこで拾いました?」

『鉄パイプ? ああ、これか』


 彼は、傍らに立てかけたそれを、軽蔑するように見て、


『なかなか良いモノだろう? 以前、仕留めた人間の得物でな――。戦利品にもらっておいたのだ』

「そうですか」


 私は、少し眉をひそめて、


「それ、私の友だちの、日比谷康介くんって子が使ってたものなんですけど」

『何、――?』


 名も知らぬ”飢人”が眉を段違いにした、次の瞬間でした。

 私は、右手を大きく引っ張って、その手首と結びつけた刀を引っ張り出します。

 そのまま、


「――《飛翔の刃》ッ!」


 飛ぶ斬撃。《必殺剣Ⅳ》を起動しました。

 するとどうでしょう。目を丸くした、いかにも間抜けた表情のまま、その”飢人”の首から上がポンと刎ね、――カッターナイフの散らばった絨毯にころりと転がりました。


『――へ?』


 まず、一匹、と。


 ってかこの”飢人”、両手を封じただけで刀が使えないって、――なんで思い込んじゃったんでしょ。有利な情報だけを拡大解釈しちゃったのかな。

 自分もいずれ、そうならないよう、気をつけるようにしよっと。

 私と彼、少し似たところがありますから。


――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!


 お。ひさびさ。

 やったね。

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