その396 猛毒

「ちょっと、それ……ッ!」


 ナナミさんが目を剥いて、しゅうしゅうと白い煙を上げている、グロ画像みたいになった私の両手を見ます。


「てへぺろ」

「いや、古いし。笑えないわよ……何これ? どうしちゃったの?」

「いやはや。ちょっとやらかしまして」


 私自身、なんとか平静を保てている理由は一つ。

 いま、自分が侵されている毒の正体に心当たりがあったためです。


「”盗賊”のスキルの一つ、――《猛毒の刃》の影響でしょう」

「知ってるの?」

「ええ」


 前世の”私”から引き継いだ記憶のお陰で、基本的なジョブ・スキルの効果とその対策に関しては、ちゃーんと予習済みなのでした。


「とはいえこれは、通常の《猛毒の刃》ではありません。私が握ったのは、”光の剣”の柄だけでしたからねー」

「ってことは?」

「”チート化”されています。敵は”飢人”なのでしょう」

「……”鏡の国”で会った、浜田みたいなのがいるってこと?」

「ですね」


 ナナミさん、あの時を思い出したのか、ぶるぶるっと身を震わせます。ちょっと可愛め。


「彼の場合は《雷系魔法Ⅲ》でしたが、今度は、《猛毒の刃》を変化させているようですねー」


 あまりのことに、ナナミさんも綴里さんも、どっと冷や汗をかいています。

 この状況から推理できることは、明白でした。

 

 ”不死隊”の子たちをわざわざ捨て駒にしたのは、あるいは彼女らにこの事実を知らせたくなかったから、かも。


「うへええ……あの女、思ったよりよっぽど闇が深いじゃん」

「ええ」

「でも、とりあえず、目先の問題だね。その手、どーする?」

「ご安心を」


 私はあくまで、自信満々に胸を張りました。ここでパニックを起こしているようなところだけは見せられません。


「《猛毒の刃》の効き目は遅効性です。傷を受けた者をほぼ確実に死に至らしめますが、実際にそうなるのは数日後、とか。”チート化”して効果が強くなっているとしても、数時間は保つはず」

「死、……って……ッ」


 ナナミさんが、ぎょっとします。


「いやいやいや! あなた、怖くないの!? ち、《治癒魔法》を使えば……ッ」

「残念ながら、この毒には《治癒魔法》が効かないんです」

「じゃ、じゃーどーすんの!?」

「”盗賊”には、相手を毒にするスキルがいくつかあって……そのどれもに、共通の回復手段があるんです」

「どうすんの?」

「《解毒の術》というスキルで作りだした専用の解毒薬を飲むんです」

「《解毒の術》……」


 ナナミさん、一瞬だけこめかみに人差し指を当てて、


「あ、そっか……! ”賭博師”んところのツレが確か……ッ」

「はい。タマちゃんに力を貸してもらいましょう」

「わかった。もーこうなったら、一秒だってあの女の庇護下なんかにいられない。全面戦争を仕掛けてやる」

「おんしゃーす」


 順序を追って説明したお陰で、話はかなりスムーズに進んだ印象。

 ナナミさん、てきぱきと連絡を取ってくれています。


 これでいい。

 これでもし私が斃れても、”賭博師”さんが志津川麗華を倒してくれるでしょう。

 そこで、眉をひそめた綴里さんが、


「でも”名無し”さん、一人で行く、というのはどういうことです?」

「”飢人”との戦いは、レベル差があまり当てにならないんです。相性が悪ければ、一瞬で全滅してしまうこともある。そういう事態は避けたい」

「しかし……」

「私は、万一助からなくても、必ず”飢人”を殺します。二人は”賭博師”さんの到着を待ってから、後を追って下さい。……もし私が失敗した場合、交渉はこれを使って」


 言いながら私が”マジック・ポケット”から引っ張り出したのは、一塊の金塊に見えるもの。――”マクガフィン”。


――物々交換の時に出すと、これは相手にとって何より魅力的に思える。


 これできっと、クーデターは成功するはずでした。


「こんな貴重なもの、……いいんですか?」

「いいんです。私はジャンケンをしにきただけ」


 それにこの場で、もっとも捨て駒にふさわしいのは、私でしょう。

 別に、投げやりになっているわけではありません。

 万が一のことが起こっても、”賭博師”と”遊び人”のコンビなら、きっとこの苦境を抜けられるだろうと信じているのです。


「ってわけで、いってきまぁす」


 私が、近所のコンビニでお弁当を買ってくるみたいに言うと、綴里さんは悲痛な表情で、こう言いました。


「あの……ッ!」

「?」

「か、神園を。神園優希を、おねがいします……ッ」


 それが、自分の望みだけを優先する恥ずべき言葉だとわかっていたようですが、彼はそう言わずにはいられないようでした。

 私はそれに、ぐっとサムズアップして応えようとしましたが、どうも指に力が入らない様子。


「……………」

「あの、“名無し”さん、どうかしました?」

「いーえ? なんにも」


 努めてそれを仲間に悟らせないように気をつけながら、持ってきた包帯で両の手をグルグル巻きにします。


 しかし、――志津川麗華さん。


 よりにもよって、”飢人”と組んでしまうとは。

 奇妙な人だと思っていましたが、どういう了見でこんな真似を。

 とはいえこれで、”魔王”側の考えが読めるかもしれません。


 前世の記憶を引き継いだ私には、わかります。


 どうもこの”魔王”、……前世でみたあの人とは、全くの別人らしい、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る