その395 光の剣

「これが”光の剣”ですか」


 私は、台座に収められたそれに歩み寄ります。

 その背景には、巨大な絵が壁一面に描かれていました。


 光り輝く剣を持つ、勇ましい青年の一枚絵。

 刃を向けた先には、恐れおののくディズニャー・ヴィランたちの姿が。


 なお、絵の下に書き殴られているタイトルは、


『暴力的コンテンツ』


 とのこと。

 それが何者かの手による落書きなのか、そういう演出なのかはわかりません。


「それにしても、――麗華さんは他に、どんな策を用意してるんでしょう?」


 ぽつりと、疑問が口に出ます。


「さて、どうでしょう。案外、さっきの女の子たちで終わりなのかも」

「えー? そうかなあ」

「その程度の相手だったということですよ、きっと」

「敵戦力の過小評価は危険ですよ」


 少なくとも私のレベルは向こうも承知のはずですからね。

 麗華さん側から喧嘩をふっかけてきたからには、それ相応の策を用意しているはずでした。

 いろいろ考えて、最もあり得そうな手段として考えたのが、――内通者の存在。

 ただ、ナナミさんのあの感じを見るに、どうもそういう雰囲気ではないですし。

 じゃ、なんだろ?

 これ以上、格上である私の不意を突く攻撃手段はない気がします。


 ”光の剣”の柄に触れると、例によって”魔法の鏡”によるアナウンスが流れました。


『なるほど。あの宝石にも惑わされぬとは、よほど強い心の持ち主と見る。

 しかぁし! お前は今、すでに気がついているはずだろう!

 正義も悪も、表裏一体! 紙一重であることに!

 ……それでも、お前はその剣を抜くのか?』


 私、『それでも、おま』あたりで”光の剣”を引っこ抜きます。

 同時に、電飾が内蔵されているらしいそれが、ぴかぴかと光を放ちました。

 するとどうでしょう。あっと驚く大仕掛けが、我々の目の前で展開されます。

 壁一面の絵が消失し、そこに一枚の“魔法の鏡”が現れたのでした。

 3Dディスプレイに投影されたそれは、ミルクとコーヒーが混ざり合うようにして形を変えていき、――やがて、一匹の巨大な怪物に変貌しました。

 最新のコンピューターグラフィックスによって描かれたそれは、別名、チェルノボグとも呼ばれる怪物。――”死者の王”。

 尊大に玉座へと腰掛けるその姿は、悪魔そのものです。

 闇色の肌に、金色の眼光がぎらりと輝くその怪物は、それまで描かれてきた人間味溢れる悪役たちに比べ、一切の容赦を感じさせない絶対悪でした。


『ふっふっふっふ。それでよいのだ、正しき者よ』

「うっす。どもっす」

『結局のところ、弱きものの言葉には意味がない』

「せやろか」

『この世は全て、勝者だけが善悪を決めるのだからな……!』

「あー……、そーいう感じに話の決着つけるんですか」

『来い! 最後の決闘だ! ウオオオオオオオオオ!』

「ヨッシャこい!」


 私は、映像に合わせて”光の剣”を掲げ、”死者の王”に振り下ろします。

 するとどうでしょう。ちゃんと私が剣を振った方向に、怪物が切り刻まれて行くではありませんか。


「うわー! これ、よくできてる!」

 

 すっかり関心して、何度か剣をぶんぶんすると、あっという間に”死者の王”はみじん切りにされていきました。

 やがて怪物は、壮絶な断末魔の叫びを上げます。


『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

「あ、”名無し”ちゃん、従業員用の出入り口、見つけたよー」


 それに、ナナミさんの事務的な報告が重なって。

 彼女、部屋の入り口付近にある鉄扉を指し示していました。


「……あ、まじ?」


 わりと感情移入していたからか、ちょっと冷や水を浴びせられた気分。


「うん。うまいこと死角に隠されてたけどね」

「おーっ。よかった」


 私は”光の剣”をほっぽり出して、死にゆく怪物の映像に背を向けます。


『結局、歴史は繰り返すのか……。

 しかし正しき者たちよ、忘れないでくれ。

 我々悪役にも、人情ってものがあることを……』


 そういえば、ナナミさんから事前に聞かされてましたっけ。

 麗華さんの部屋に通じる通用路は、”死者の王”の玉座からが近いって。

 わりとアトラクションが良い出来だったので、ちょっと忘れかけてました。


「ところで、ナナミさん、――綴里さん」

「どした?」「はい?」

「ここから先は私、一人で進みます」


 二人は、少し不思議そうな表情になって、


「しかし、まだ”敵”がどこかに待ち受けているかもしれませんよ?」

「わかってます。”敵”はすぐそばいます。間違いなく」

「えっ」


 綴里さん、何かを察して素早く周囲に視線を走らせますが、やがて頭に?マークを浮かべて、


「どこです?」

「いやあ。そこまではちょっと、わからないんですが……」


 私その時、ほっぺたを赤くしていました。

 というのも、その危機に気づけたのは、――ほとんど、私の軽率な行動が原因であるためです。


「どういう、――って、あ……ッ!」


 そこでようやく、異変に気付いたのでしょう。

 綴里さん、ぎょっと目を見開きます。


「”名無し”さん、その、手……」

「ええ。イヤー、マイッタマイッタ」


 私の両手は今、まるで絵の具に浸けたように、毒々しい紫色に変色しているのでした。

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