その388 ミステリーツアー

「ちょっとちょっと! ちょいちょいちょーい! 待って待って! なんでそんな冷たいこというのよー、ぷんぷんっ!」

「ぷんぷん、って……」


 早足で通り過ぎていく私たちを、舞以さんが追いかけてきます。

 《すばやさⅤ》を取っている関係か妖精のようにちょこまか動く彼女に、


「ちょっと。そうやってこちらの注意を逸らすような真似は止めて下さい」

「止めないよ! だって私、ホントに親切心でここに居るんだし!」

「それなら、私たちに関わらないでくださいよぉ」

「べつにそれでもいいけどさ、――それだとこの部屋から先、進めないよ?」

「は?」


 首を傾げて、周囲を見回します。

 私たちがいまいるのは、恐らくアトラクションに入ったゲストを一時的に待機させておくための、八角形の部屋でした。

 そこには、灰かぶり姫シンデレラや白雪姫、眠れる森の美女、その他数多くの童話の登場人物の絵画が飾られています。そしてそれらの中央には、意味深に置かれた一枚の鏡。

 もちろん、順番待ちとは無関係な私たちは、そこを通り過ぎようとしますが……、


「あれ? ――……”名無し”さん、これ、おかしいです」


 と、綴里さん、こんこんと扉をノックしたり、ドアノブを捻ってみたりして、


「この扉、イミテーションですね」

「ふむ……」


 確かにその扉、壁に直接貼り付けられてるだけみたい。


「どうします。なんなら、私が爆破しますが」

「ちょいちょいちょーい! そ、そーいうことさせないために私がいるんだって!」

「は?」


 綴里さん、さっきからおどけた口調の舞以さんが気に入らないみたい。瞳孔が開くタイプの苛立ち方をしています。

 それに気付いたのでしょう、舞以さんは少しだけ声を低くして、


「ぶっちゃけこの建物、耐震強度がヤバいらしくて。下手に暴れられると、建物ごと倒壊しちゃうかも」

「だからといって、あなたを信用するわけには……!」


 珍しく語気を強める綴里さんを制して、


「いいでしょう。わかりました」


 私は彼女の申し出を受け入れます。


「ただし、条件があります。少しでも遠回りしていると感じた場合は、すぐさまあなたを始末します。あと、絶交します。いいですね?」

「うん。りょーかい!」


 応える彼女は、満面の笑み。少なくとも邪気は感じられません。

 ふうむ。やりにくい。


「それじゃ、さっそくはじめるね!」


 と、そこで舞以さん、日頃の憂鬱など吹き飛ばすほど晴れやかな声で、朗々と台本を読み上げました。


「それでは! みなさんっ。この部屋をごらんくださーい! もうお気づきかと思いますがここには、邪悪な心の持ち主、ディズニャー・ヴィランを滅ぼした、心美しきプリンセスの肖像画が……」


 と、その時です。

 部屋全体が暗転したかと思うと、どんがらがしゃーんごろごろーんという、耳を突くような音が。

 そして、男の声が鳴り響きました。


『まてまてーい! 黙って話を聞いていれば、テキトーなことを抜かしおって!』


 それは恐らく録音でしたが、私たちは全員、刃物と銃火器をむき出しにして身構えます。見ると、部屋に飾られた大きな鏡に、CGアニメーションによる人の顔が投影されていました。

 舞以さん、声に応じて、


「なーによぉ。脅かすんじゃないのよ、魔法の鏡!」


 多分ですけど、このアトラクションにここまでマジで反応したお客さん、世界で我々きりでしょう。


『ふん! 正義も悪も、時代と共に移り変わるもの。しょせん貴様らの押しつけじゃろーがい! 時代が味方をするならば、この城の絵なども……それーい!』


 ふたたび、部屋が暗転。そしてぴしゃーんごろごろごろ……と、雷鳴が鳴り響きました。

 同時に、プリンセスたちの絵画が、世にもおどろおどろしい悪役ヴィランの絵に変貌しているではありませんか。


「きゃあっ! なんてことなの!?」

『ふっふっふ。……さ・ら・に……見ていろぉおおお』

「ええええっ」


 その時、私たちが進むべきと思われた扉……とは全く反対側にある壁が、ぱかっと開きます。


『いま! 貴様らの正義がいかに脆いものかを教えてやろうじゃないか……さあ! 正しい心を持つ者たちよ! 真の勇気があるのなら、この先に進むが良い……』


 なるほど。こういう仕掛けだった訳ね。


「これ、ちゃんとやらないと先に進めないんですか?」

「そうだよ!」

「あっそう」


 私は嘆息して、


「ちなみに、まさかとは思いますけど、この茶番に付き合わせることで時間切れを狙おう、なんて間抜けなことは……」

「それはない」


 否定したのは、ナナミさん。


「前、Dオタの友だちに聞いたことがある。ミステリーツアーは、客入れの関係で2つのルートがあるそうだが、どちらもおおよそ十五分くらいで終わるってさ。早足で進めば、もっと短くなるだろ」

「……さいですか」


 なら、いいんですけど。


「それより一応、戦う準備をしておいた方がいいよ」

「?」

「気付きなよ。さっき暗転したときだと思うんだけど……君野明日香だっけ? あの娘、いなくなってる」

「え」


 振り向くと確かに一人、仲間がいなくなっていました。

 私は顔をしかめて、険しい顔を作ります。

 なんだやっぱり、罠じゃないか、と。

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