その389 女王の好物
「――《喪心の刃》ッ」
一秒後、私は一切の躊躇なく舞以さんに斬りかかっていました。
彼女、それを鞘に収めたままの短剣で受けながら、
「すと……すとっぷ! すとっぷ、マジで! 違う違う違う! 私じゃないって! まじ! これまじ!」
「他に、――誰がいるんです」
「わかんないよぉ! わ、わわわ、私だってこんな段取り、聞いてなかったし……」
「段取り……?」
「私が麗華さまにに言われたのはホントに、みんなを案内することだけなんだって! それだけ! 私、中立!」
「だったら、今すぐ明日香さんを戻して下さいよ!」
「そんな無茶な」
「明・日・香! 明・日・香!」
「あわわ……」
ヒートアップする私を宥めたのは、ナナミさんでした。
「まって。落ち着いて」
「なにを……ッ」
「明日香、――彼女がやられたのは自己責任だよ。言っちゃあなんだが、油断する方が悪い」
「そんな」
「あたしにはわかる。麗華の狙いは、ここであたしたちを喧嘩させることだって。きっと、舞以をここに来させた理由もそうだ。あいつ、他人の内輪もめが大好物だからさ」
「そうなんですか?」
「うん。アイツにとって、サークルクラッシュは趣味みたいなもん」
「へ、へえ……」
同じサークラ女のナナミさんが言うと、重みが違うぜ。
「敵ではない。かといって味方でもない。……だからこそ、あたしらの不和は本物になるの。――あの女の考えそうなことだわ」
まあ確かに、これならいっそ「敵でーす☆」と言ってくれた方がやりやすくはあります。
「あいつ、妙な奴でね。人生の望みと、心の在り方が矛盾してるんだ。誰よりも他人の幸せを望んでるくせに、人の不仲を眺めるのが、何よりも好物だときてる」
その口ぶりからは、すでにナナミさん、何らかの被害に遭っているらしいことが窺えました。
と、そこで彼女、唇を私の耳元に寄せて、
「それに、――舞以のやつ、たぶんマジで何も知らされてないっぽい」
「そう、……ですか?」
「ああ。付き合いの長いあたしを信じてほしい」
ふむ。
そこまで言うなら、信じてみる価値はありますが。
「しかし、明日香さんはどうします? このまま放っておくわけには」
「落ち着け。いくら麗華でも、殺しはしないさ」
「それは、――」
まあ、そうでしょう。
麗華さん側としても、そこまでやるメリットがありませんし。
「とにかくあたしたちは、先に進むんだ。……もし道中で敵に襲われることがあっても、あなたは無視して進めばいい。所詮、子供向けのアトラクションなんだから迷うことはないだろうし。でしょ?」
「それはまあ、たしかに」
「だったら、ここでぐだぐだやってる時間が惜しい。一秒でも早く麗華の奴をぶちのめしに行こうよ」
「はい……」
別に私、麗華さんをぶちのめしに来た訳じゃないけど。
▼
今後の方針が固まって。
「えーっとえーっと。……その。私それじゃあ……、どうしよう……?」
と、一人、すっかり困っているのは、舞以さんでした。
無理もないでしょう。いま彼女、完全に自分の立ち位置を見失ってます。
私は小さく嘆息して、
「案内、再開お願いします」
「いいの?」
「ええ。舞以さんは、友だちを裏切る人じゃないと信じていますので」
「…………」
「ただし、」
一瞬、彼女の気が緩んだところを見計らい、
「――《魔吸の刃》」
私は素早く鯉口を切り、彼女の胸元を袈裟懸けにぶった切りました。
「わあっ!」
驚いてひっくり返り、しばらくパンツ丸出しの格好でじたばたもがいたあと……、
「あれ? いたくない? あれれ?」
と、道化のように大袈裟な仕草で、自身のお腹を撫でます。
「で、で、でも……おなか、すいた……」
「《必殺剣》の能力で、魔力を吸収しましたので」
「ひどい……」
「最低限、身動きできる程度の力は残しているはずです。これで、下手な真似はできなくなった。でしょ?」
「うう……。完全に信じてくれたわけじゃ、なかったのね」
「当然です。リスクは排除しなくてはならないので」
ちきん、と、刀を鞘にしまって、
「でも、これからは信じます。悪さしようにも、無力ですから」
「わかった……けど、この体調でこの後、大丈夫かしら」
「ダイエットだと思っていただければ」
「私、体型の管理は完璧よ。これ以上痩せたら、あばら骨が浮き出ちゃうわ」
「……。ま、まあ、難しいようなら、置いていくだけです」
「うーん、……わかった。がんばるわ」
「ほな、よろしゅうに」
私が雑にお願いすると、舞以さんは大きく深呼吸。
「えーっと。それじゃあみんな……、足元に気をつけて、ゆっくり進みましょ……この先、何が待ち受けてるかわからないけれど、悪者なんかに負けてられないわっ」
すると、『うへへへへへへへ……』と、地下から不気味な笑い声(録音)が。
「ちなみにその茶番、続ける意味、あるんですか?」
「それが、あるのよ。本当はこのお城のアトラクション、近々運営が再開することになってたんだって。だから、最新の音声認識装置が備え付けられてて……直前のセリフに反応してアトラクションが次に進むようになってるから……」
あー。
そういうことだったんだ。
私が納得していると、地下へと続く松明……に見せかけた赤色のライトが、次々と灯っていきます。
その階段の先は、まるで地獄の底に通じているかのようでした。
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