クリスマス特別篇『まんがか』

 それは、――”非現実の王国”に到着する、数週間ほど前。

 マンションの自室にて、のほほんと過ごしていた頃のことです。 


 とある昼下がり、私が池袋近くの家具店から持ってきた羽毛布団ですやすやしていると、


「どーも、センパイ!」


 ばたーんと扉を開けて、明日香さんが開口一番、こう叫びました。


「聞きました? マンガ化ですよ、マンガ化! マンガ化するんですって!」

「ふにゃ」


 私はすばやく布団にくるまり、自身の防衛力をより強固たるものに変じます。

 しかし敵軍の侵略は思いのほか激しく、一塊の人体が、お布団の中にぬるりと入り込んできました。


「ほらほらほら、起きて起きて起きて起きて! マンガ化!」

「にゃむ……」


 薄目を開けると、明日香さんがものすごい勢いで頭頂部をぐりぐりしてきます。

 私の聖域に、甘いシャンプーの匂いが満たされていきました。


「ちょっ、明日香さん……いい年してその甘え方は……」

「マンガ化マンガ化マンガ化マンガ化!」

「うう……」


 ぺたぺたぺたぺたとほっぺたを叩かれ、首筋、肩、二の腕、そして胸……に到達する直前で、私はそれを受け止めます。


「ノー。それ以上は法に触れますよ」

「ちっ」


 そしてお布団をはねのけ、爽やかな朝の空気を吸い込みつつ眼鏡を装着。


「それで……なんです? 何がどうなるって?」

「いやだから、マンガ化です」

「ナニガ?」

「そりゃもう、センパイの活躍が、ですとも」


 ふむ……。

 私はしばし眉間を揉んで、


「話が読めませんが、それはつまり、どういう……?」

「この前、私と林太郎くんで救助したのがね、なんと! マンガを描く人だったんです」

「ほう」

「その人、しばらく鈴木朝香先生のところで働いてたんですけど、――最近、センパイの噂を聞いたらしくて。それで、センパイを主人公にして、この辺りで起こったできごとをマンガにしたい、と」


 なにそれ、すごい初耳なんですけど。


「あんまりそういうのに詳しくないんですけど、つまりノンフィクションのマンガを描くってことですよね?」

「はい♪ ちなみに、もう大分前から作業に取りかかってもらってます!」


 頭に浮かんだのは、小学校の図書室にある、ハードカバーの学習まんが。

 一瞬、『ポケモンをつくった男 田尻智』の隣に自分の名前が並んでいるところを幻視します。


「……ええと、許可を出した憶えがないんですけど」

「許可は私が出しておきました!」

「マジか」

「いやー、楽しみだなぁ。ゆくゆくは図書館にセンパイの名前が並ぶ日が来るんですね! よっ、現代のジャンヌ・ダルク!」

「ジャンヌの逸話って要するに、頭おかしい女の人が利用されただけだって説を聞いたことがあります」


 幻聴を聞いていたとか、妙に被るところがあるのでご勘弁いただきたい。


「ま、こまけーことはどーでもいいんですよ! 大切なのは、センパイの活躍が物語になるってこと! そしていずれは小説になったり! なんなら舞台になったり! ラジオドラマ! 映画化! なんつって! アッハハハハ!」

「……はあ」


 なんかこの娘、妙にテンション高くない?


「それでそれで! もし役者が必要になったら、ぜひとも私を雇っていただきたく! もちろんセンパイ役でねッ! 約束ですよ! 予約しましたから!」

「お、おう……」


 なんか、明日香さんの壮大な計画に巻き込まれた気がする。

 まあ、今どき役者で身を立てようとするのであれば、なりふり構っていられない、ということなのかも。


「というわけで! 本日はマンガ化企画の第一歩としまして! できたてほやほやのネーム原稿を持ってきました! もしセンパイにご助言などございますれば、どしどしどうぞっ!」

「はあ」


 そしてぎゅうぎゅうと押しつけられたのは、分厚い茶封筒。中にある原稿用紙を覗き込むと、こちらが想定していたものを遙かに上回る熱量で描き込まれたネームが見えました。


「おお……っ」


 目を見開いて、それを丁寧に取り出します。

 この世に存在するオタクは全て、漫画家か声優を志す時期があると聞きます。

 例外に漏れず、中学時代は福本伸行先生の模写に夢中だった身としては、それをぞんざいに扱うことを許しません。


 どうやらこれ、いわゆる生原稿というやつみたいで(パソコンが使えない状況なので当たり前かもしれませんが)、いくつかのページには修正液を塗った跡が見られました。


「ネームとはいえ、これはなかなか……」


 気合いが入っている、というか。

 「自分の生きた証を遺したい」という強い想いが伝わってくる出来です。


「ほぅら、よく描けているでしょう?」


 明日香さん、自分が描いた訳でもないのになぜか自慢げ。


「ちなみに、詳しい内容は私も初見なんです♪ 一緒に読みましょ」

「……はい」


 私は唇を真っ直ぐに結んで、原稿をおこたの上に並べていきました。

 どうやら出来上がっているのは、明日香さんが登場する回までみたい。



 それから、数十分後でしょうか。

 私と明日香さん、二人で原稿を読み終えて。


「……ふぅーむ」


 JK二人分の嘆息が、室内に漏れました。


「とりあえず、……いま頭に浮かんでる感想、言い合いましょうか」

「ですね」


 そして、二人同時に、


「「ちょー恥ずかしい」」


 と、ハモります。

 この原稿がしっかり清書されて、ゆくゆくは平和になった国会図書館とかに並ぶことを考えると、なんだかムショーに全身を掻きむしりたくなるのでした。


「……これちょっと、可愛く描かれすぎてませんか?」

「いやいや。センパイはこんなもんですよぉ。それより私です。……なんか中学時代、自画像を少女マンガの主人公みたいに描いていたころを思い出しました」


 とはいえ、多少の美化はマンガに付きもの。

 思ったよりもコミカルに描いてくれているので、こちらから特別指摘することもありますまい。

 それより何より、気になるのは……、


「このマンガ、なんでこんな……こと細かに私の内面を描写できてるの? 最初に”ゾンビ”を殺したところとか、誰にも見られてないはずですよね? ひょっとして私、監視されてる? いまこの世界で起こっていることはやはり『トゥルーマン・ショー』的なサムシングだったということ?」

「ああ、――それは、以前、センパイが語ってくれた内容をそのまま、私が漫画家さんに話しておいたからです」

「ええーっ。……プライバシーもくそもない……」

「どーせマンガになるなら、正確な情報があった方が良いでしょ」


 だからそもそも、私は許可出してないんですけど。


「それにしてもこれ、よく取材してますねぇ。私が最初に殺した”ゾンビ”――田中さんのデザインとか、マジで本人そのまんまだし」

「生きてた頃の写真が遺ってましたからね。きっとそれを参考にしたのでしょう」

「にゃるほどぉ」


 そして再び、部屋の中にJK二人分の吐息が広がっていきました。

 ずらりと並べたマンガのネームを、一枚ずつ並べ直して、


「ま、とりあえずわかったのは『漫画素人の我々に指摘できるようなことはなにもない』ってことです」

「おっしゃるとおりですね~」

「あとはこの漫画家さんの才覚にお任せしましょう」

「ですね。そう伝えておきます」


 結局のところは何ごとも、餅は餅屋ということです。


「それでこれ、いつ、人目に触れるんですか?」

「あー……そうですね。漫画家さん、しばらく描きためてから、まとめてみんなに見せたいって言ってたので……年末の、12月……26日くらいになるかしら」

「ほう。クリスマス直後ですか」

「ええ。クリスマスはね、いろいろ忙しいでしょうからね。みんな、最低でも六時間はお布団の中でもぞもぞしていると聞きますし」


 そうかなぁ。


「ところでセンパイ、クリスマスのご予定は?」

「いま八月ですよ? そんな先の話をされても……」


 だいたいこれから、やることが山積みですし。


「でも、もし何もなかったら、――みんなと一緒に過ごせればいいですね?」

「そうですねぇ」


 しみじみ語る明日香さん。


「年末くらいは、世界が平和でありますように」

「そう、祈っておきましょう」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 というわけで、明日の12月26日、マガポケにて『JK無双』の漫画版が連載開始するようですよ。ウレシイ……ウレシイ……


 三巻は漫画の単行本に合わせて、ということでちょっと遅くなる(五月くらい?)ようですが、気長にお待ちいただけると幸いです。

 

 あ、それと、めりくり(申し訳程度のクリスマス要素)。

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