その371 噛ませ犬にならないために
七裂里留と”本”の出会いは単純だった。人に語る価値もないほどに。
ぼんやり道を歩いていたら、落ちていたのだ。
少し興味を引かれて、それを拾った。
中身を見ると、最初の頁に一行、こう書かれていた。
『噛ませ犬になりたくない君へ』
と。
ただ、それだけの話。
▼
風がびゅうびゅうと鳴いていた。
七裂里留は、眼下にいる女性を見下ろして、胸の、心臓の辺りをぎゅっと掴む。
静まれ、静まれ恋心。
男女の情など一時のもの。離婚した親を思えば明白な事実だ。
真に尊ぶべき愛は、――家族の情である。
先に口を開いたのは、”名無し”の方だった。
「まず一つ、疑問があります」
「はい」
「その本、――どこで手に入れたものです?」
「わかっているはずでしょう?」
「……”実績報酬”?」
わざと応えない。ブラフのつもりだ。ただでさえ強い彼女に、これ以上手数を増やされるのは困る。
「条件は?」
「言えません」
そうですか、と、彼女は読めない表情で嘆息する。
彼女の吸い込まれそうな目を観ていると、ひどく不安な気持ちになった。
何もかも見抜かれているのではないかと。
「それともう一つ」
「何か?」
「もしかして、その本を片手に私と戦うつもりで?」
「はい」
「実戦の最中ですら攻略本を手放せないとは。これが昨今のゲーマーの風潮ですか」
”名無し”は、ぷんすか腕を組みながら、
「まったく、いけませんねー。そういうことだから、自分で考える能力を失っていくんですよ?」
と、少し間の抜けた指摘を行う。
対する里留は、そういうひょうひょうとした態度そのものが彼女の強さだと知っていた。
「俺、正確な情報を元に戦略を組み立てるタイプなんすよ」
「ネタバレあんまり気にしない人?」
「ええ、まあ。大抵はあらすじと攻略WIKIを全部読んでからゲームしますし」
「マジかー。よくキャラに感情移入できますねえ」
「あんまり物語に感情移入とかはしないんす」
苦笑する。
さすがにこれは、話題が脇道に逸れすぎだ。
とはいえ、彼女が時間稼ぎにのってくれるのであれば、こちらとしては非常に助かる。
デートならば話を合わせるところだが、今回はあえて、彼女とは別の意見を展開することで、話を引き延ばそうとした。
「ゲームは所詮、それを通じて人と付き合うためのコミュニケーション・ツールだ。俺、ドラマとかでも二倍速とかで平気で観ますよ。最速で内容を確認できればいい」
「ふむむ」
彼女は唇を尖らせて、ジト目でこちらを見上げる。
「あなたとはいずれ、じっくり話し合う必要があるかもしれませんねえ」
「ははは……」
残念ながら、その日はきっと訪れないであろうことを知っていた。
恐らくは、――永遠に。
▼
二ツ。
彼女を留めておく手段としては、二ツの作戦が提示されている。
里留は、片目を”名無し”に、もう片目を”攻略本”に向けて、その内容をほぼ自動的に頭の中にインプットしていた。
『BOSS ”名無しのJK”戦。
これまでのBOSSと違い、凶悪な戦闘力を誇る強敵。
通常の戦い方では勝つことができない上、負けても物語が進行するため敗北前提のバトルのように思えるが、実は特定の戦略をとることで勝利することが可能。
ポイントは、この戦いに時間制限が設けられていることだが、真っ正面からの打ち合いでも勝つことができる。
詳細な”名無しのJK”攻略法はP109を参照してほしい。
●”名無しのJK” 勝利報酬
”非現実の王国”名声値(+20)
”国民守護隊”名声値(+10)
麗華との信頼関係(協調→友情)
VP 10万ポイント
七裂蘭の早期蘇生
※なお、ここで”名無しのJK”と敵対行動をとることにより、完全に恋人ルートを破棄したことになる。彼女とのデートイベントを楽しみたい場合は、必ず”名無しのJK”に協力すること。』
▼
静まれ。
静まれ自分の恋心。
『”終末”ガイドブック』に書かれた情報は絶対。
この本には未来を予知する力がある。
その上で。
――絶対に避けなければならない展開がある。
《魂修復機》が破壊されるルート。
この戦いに勝てば、少なくともそれだけは避けることができるはず。
七裂里留は決意を元に、109頁を開く。
決して”噛ませ犬”にならないために。
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