その367 じゃんけん

 私は、スクリーン上に投影されている志津川麗華さんを訝しげに見上げて、


「じゃんけん、ですか?」


 二人きりで?

 それってなんというか、よほど暇な人でもやらないやつでは?


「もちろん、タダとは言わない。もし貴女が勝てば、なんでも言うことをきくわ」


 ん? いまなんでもって言った?


「ええ。私の権利でできることなら、なんでも」

「例えばその、……タダで死者を蘇らせる、とか」

「そんなことでいいの? それなら、《魂修復機ソウル・レプリケーター》を寄越せと言えば良いじゃない」


 私は少し眉をひそめて、


「では極端な話、あなたに変わって”王国”の女王になる、とかでも?」

「ええ。あなたがそれを望むなら」


 私は内心、彼女が酔っ払ってしまったのかと疑います。


「いくらなんでもそれ、この場のノリで話してるだけでしょ?」

「そうかしら」

「もし約束を破られたとしても、こっちにはそれを証明する方法もないですし」

「それなら、あるわよ。ここでの会話は、全部記録されることになってる。あとでクドリャフカからデータを受け取れば良い」

「それでも……」

「それ以上の保障となるなら、――まあ、私を信じてもらうしかないわねー。私、かつてのこの国の政治家とは違うものになりたい。”嘘つきな女王”にだけはなりたくないの」


 そういう彼女は確かに、嘘をついているようには見えません。

 もちろん、土壇場になったら意見を翻す可能性は十分にありますけど。


「でも、いいんですか? そんなことして。あなたにメリットがないでしょ」

「メリットならあるよ。言ったでしょ。ずっと退屈してたって。私ずっと、遊び相手が欲しかったの」


 ここまで聞いて、思い浮かぶことは、たった一つ。

 彼女の話す”じゃんけん”にはそもそも、私には絶対に勝てない仕掛けがあるということでしょう。


「もちろん、受けますけど。その”じゃんけん”、普通にやるんじゃないんでしょう?」

「勘が良いわね。……あなたが思った通りこの話、それほど甘ぁい話じゃない」

「ですよねー」


 彼女の良い”遊び相手”であるよう、私は愛想笑い。

 しかし麗華さん、それにはぴくりとも反応しませんでした。


「私とやる”じゃんけん”の条件は五つ。

 1、あなたは、私と直接、顔を合わせて手を出さなければならない。

 2、私は、最初に出した手を絶対に変えないし、この場を動かない。

 3、あなたは後出しをしても許される。

 4、ここに来るまでの間、一切の”実績報酬アイテム”を使わないこと。

 5、それ以外は、魔法を使っても仲間の手を借りてもOK。

 ……あっ、それと一応、ズルなじゃんけんの手はぜんぶ無効ってことで。

 ”無敵チョキ”とか”ピストル”とかね。いかが?」


 アイテムはNG。魔法はOK、ですか。


「いいですよ。わかりました」

「それと、制限時間があった方が楽しいわね。……それじゃ、一時間以内にあなたが私の前に現れ、じゃんけんの手を出さなければ、あなたの負けってことにしましょう」


 一時間。ちょっとお昼寝してても間に合う距離ですね。

 もちろん、なんの妨害も起こらなければ、の話ですが。


「それじゃーいくわよー♪ じゃーんけーん、ぽん!」


 そして麗華さん、テーブルに肘を置いたまま”チョキ”の形を作ります。

 彼女は後出しはできないはずなので、この手は変えられないはずですよね。

 つまり、私がすべきなのは、今から”アビエニア城”にいる彼女の部屋を訪ねて、”グー”を出すこと。


「わかりました。では、今からそっちに行きますね」

「うん。できれば早めにね。ずっとチョキ出したまま待ってるの、疲れるから」

「承知しました」

「あ、その前に! これだけ聞いていくといいかもしれない」


 麗華さん、画面に手を写したまま、空いた手で別のスイッチを操作します。

 すると、ぴんぽんぱんぽーん♪、と、いつも彼女がみんなに演説を聞かせる時のチャイムが鳴って、ポケットのスマホから、音声が鳴り響きました。


『ハロー! ヴィヴィアン! バズってる?


 いつも毎日、楽しい動画をありがとー!

 私もみんなの動画、いーっぱい見てるよ!


 それでねー。今日は、日頃の感謝を兼ねて、みんなと一つ、ゲームをやろっかなって思ってるの!


 ゲームの内容はー♪ ”名無しちゃんを捕まえろ!”ゲーム!

 今からみんなに、――”名無しのJK”を捕まえてもらいたいの。

 一時間後までに”名無し”ちゃんを捕まえていられた人に、……ななななーんと! 十万VPプラス、知り合いの誰かを無料で蘇生する権利を進呈しちゃう!

 つまり総額、三十万VPのプレゼントってことね! すごい!


 ちなみに報酬は一時間後、”名無し”ちゃんに触っていた人みんなにあげちゃう! 太っ腹!

 ”名無し”ちゃんはいま、お城の方角に向かってるところなので、いそげいそげ~!

 みんな、がんばってねー♪』


 そして、ぷちりと音声が途切れます。


「なるほどなるほど。そーいうかんじね」

「びっくりした? 卑怯だと思った?」

「いいえ。想定の範囲内です。これくらいしないと楽しくない。そうでしょ?」

「うんうん! あなたも楽しんでくれてるようで何よりね!」


 私は深く嘆息し、


「でもこれ、じゃんけんっていうより、――鬼ごっこじゃない?」

「じゃんけんよぉ。ただ、勝負に挑むまでに試練が待ち受けているだけ」


 ……そういう風に穏やかに窘められると、こっちとしては返答に窮しますが。


「私、あなたがどれほどの人気者なのかが知りたい。あなたの価値がどれほどか知りたい。あなたが本物ならみんなは、私の”報酬”よりも、あなたの”意志”を尊重するはず。――みんなに邪魔されず、私の元までたどり着けるはず」

「私が何者であっても、死人と比べられては勝ち目はありませんよ」

「でも、それならあなたは、暴力で状況を切り抜けることだってできるんでしょう?」


 と、そこで私、彼女の意図をなんとなく理解します。

 この人そもそも、――私にほしいんじゃないかしら。

 私がみんなにとっての”英雄”ではなくなるように。


 とはいえ、まんまと彼女の策略にひっかかったとは思いませんでした。


 それならそれで。

 押し通るまで。


 もとより私、みんなの人気者ってキャラじゃないんですからねえ。

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