その366 謁見

「それで、――あなたは何者?」

「”名無しのJK”と呼ばれてます」

「ああ、聞いたことがあるわね。なんか最近、やたら伸びてる新人がいるって。あの豚さんのゲーム動画、見たわ。”実況姫”とコラボしてたやつ」

「それです」


 答えながら私、「おや」と思いました。

 というのも最近では、”名無し”と聞いてまず頭に浮かぶ私の活躍は、――動画の伸びというよりは”鏡の国”の避難民を救出したことの方が有名だったもので。

 この人案外、部屋に閉じこもってばかりで浮世離れしてるのかもしれません。


 そして彼女、ウイスキーを少しとたっぷりのリンゴジュースをグラスに注いで、ブルボンのチョコレート菓子と一緒にぺろりと嘗めます。


「うーん、おいしい!」


 ”プレイヤー”になる利点の一つに、いくら食べてもほとんど太らない、ということがあります。

 ディズニャー・プリンセスっぽい服装の彼女がそうしていると、なんだか妙に俗っぽく見えますねー。


「ところで、この国での暮らしはいかが?」

「まあ、なかなか楽しい場所だとは思います」

「でしょでしょ?」


 麗華さん、まるで自分が褒められたみたいに屈託なく、


「娯楽制作に特化した国――”非現実の王国”の構想は、私の理想がたっぷり盛り込まれているの。ほんとうはもっと、世界がまともだった頃に実現したかったのだけれど……」

「そりゃ、ちょっと無理があるのでは?」

「そう? なんで?」


 この人、真っ直ぐな目でこっち見てきますねー。


「いや、だってそりゃ、遊んでばっかりで国が成り立つとも思えませんし」

「そうかしら? この世の中、カスみたいな仕事が溢れてるでしょう? そういう仕事に就いてる人って、みんな暗い顔をして、つまらない人生を送っている気がするの。私、そういう仕事はみんな外国の人にやらせて、この国の人は楽しい仕事ばかりやっているべきだと思う。みんなで競い合えばきっと、世界中の人たちが夢中になる、最高の芸術と娯楽の国ができあがる。そうでしょ?」

「”カスみたいな仕事”って?」

「ありとあらゆる、クリエイティブな発想を必要としない職業よ。特に肉体労働系ブルー・カラーは論外ね。本当に優れた国民にはふさわしくない」

「えぇ……」


 淡々とした口調でそう断ずる彼女に私、ちょっと背筋が寒くなりました。

 なるほど、みんなが言うとおり、この人とはちょっとわかりあえない。

 根本的な人生の解釈が、我々一般人とは違っている気がします。

 この人に比べれば、壱本芸大学にいた明智さんとかの方がまだ理解し合える気がしました。


「それで、――相談ってなあに?」

「あっ、ええと……」


 私は少し視線を泳がせて、


「《魂修復機ソウル・レプリケーター》の件なのですが」

「なに? ”黄泉がえり”希望ということ? それなら、指定の端末からVPを振り込んでもらって……――もうそろそろ、例の”怪獣”事件の犠牲者も蘇生し終わるから、ちょっと待ってもらえる?」

「ああ、それはわかっているのですが」

「じゃ、どういう?」

「私、《魂修復機ソウル・レプリケーター》を、みんなに解放して使うべきだと思うんです」


 すると麗華さん、本気で驚いた顔を作ります。


「え? 解放してるつもりだけど?」

「そうですか?」

「ええ。だって私、国民を無償で蘇生しているし。知ってる? 私の”非現実の王国”は、たぶん人類史上初めて、子どもの死亡率がゼロの国なのよ」


 ああ、そういうことが言いたいんじゃなくて。


「例えば、《魂修復機ソウル・レプリケーター》を”中央府”に持ち込むとかして……」

「どうして私が、――他国の人を助けなくちゃいけないの?」

「えっ」


 いやでも、私たち、同じ宇宙船地球号の乗組員なわけですし。


「わからないなあ。『もの申す会』の子達ですら、そんなことは言い出さなかった」


 私の意見、ちょっと良い子ちゃんすぎるかしら?

 いや、そんなことはないはずです。今だって都内では”ゾンビ”たちに襲われ、少なくない子どもの命が散っているのですから。

 しかし”王国”の主は、まったく淀みない口調で、こう続けました。


「私は、私の大切な人たち、――私の”王国”に住む人たちを優先して蘇生する。彼らの幸福が最大になるように行動するのが、女王の務めよ。それの何が間違っているの?」


 ぐむ。

 意外にも彼女のその言葉に、つけいる穴はなく。

 謁見に来た人たちが手こずるわけだ、これ。


「それにあなた、外国の人だって蘇生しないわけじゃないこと、知ってるでしょ? そのためには、たくさんVPを稼ぐ必要があるけれど」

「なるほど」


 ちっとも納得していませんでしたが、私は頷きます。

 もし彼女を説得する日が来るとしたら、――それは、彼女の信念が変わる時。

 そしてその日は、私の脳髄が絞り出す言葉では、永遠に訪れない、かも。


 ただ正直、ちょっと自分の見通しが甘かったのも事実。

 

 《魂修復機ソウル・レプリケーター》を無事に手に入れたとして、それを誰の管理に任せるべきか? どのように使うのが最も公平か。


 当初はなんとなく、”守護”を通して”中央府”に引き渡せば何もかも解決してくれる。――そんな風に考えてましたけれど。

 そもそも私たち、”中央府”がいまどういう状況なのかも詳しくは知らないのでした。


 でも、だからといって正直、自分たちで独占して使うようでは、麗華さんとやっていることが変わりません。何なら彼女に管理を任せた方が安全な可能性もあります。


 はてさて、どうしたものかしら。


「ねえ、”名無し”さん」

「?」

「私ね、最近ずーっと退屈してて。そうしているとね、色んなコトを頭に思い浮かべてしまうのね。色んな……どーでもいいこととか。忙しくしてると気付かないことなんかを」

「ああ、それはなんとなくわかります」


 武器にしたら強そうな形の都道府県とか。


「私、ときどき思うのよ。――人が人を惹きつける理由って、なんだろうって」

「はあ」

「私ちょっと、貴女に興味がある。貴女のように、短期間で数字を取れるようになった”ヴィヴィアン”って、かつていなかったから」


 それは、どっちかって言うと、機会に恵まれただけですけど。


「それで私、あなたと一つ、ゲームをしたいわ」

「ほう」


 ゲームというと、前に”賭博師”さんとやった『ポークマンズ・クエスト』のようなものでしょうか。


「いいえ。私、テレビゲームはしないの。遊ぶのはもっと単純なのがいいな」

「と、いうと?」

「”じゃんけん”なんかはどう?」


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